――何にこれ? ――何だこれ……何なんだよ! ……何だよ!!
シンヤの足にしがみついていた……下半身がぐちょぐちょと潰されている女子生徒と目が合い、訳も分からず何度も、何度も、何度も、頭を蹴って、蹴って、蹴って、踏みつぶして、それでも離れない女子生徒にシンヤは歯を食いしばり本気で……
――バキ……「っ!」
頭部を斜めから強く踏みつぶし、生々しい音が響く。シンヤはその女子高校生の首をへし折ってしまった。ヘタレ込んだように壊れた声が漏れる・
「ぁぁ……ちが……」
違う! 違う! 俺はやってない……、だってこの子はもう……助かるような状態じゃなかった……そうでしょ?
それと同時にその女子生徒は一瞬手を放し、シンヤは降りてきたはずの2階へ逃げる。地面に手を付けて、四足歩行でジタバタと上がって行く。
首がへし折れた音が頭から離れず「うわぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!」口を大きく開けて叫ぶ。もう完全におかしくなっていた、喉が枯れるほど叫んだ。体中の空気を全て吐き出すほど叫んだ。それでもまだ足りない。
……パチ。耳で聞き取れないほどのノイズ音、軽く頭を抑える。
(オブ・ザ・デットの雑魚ゾンビは音に反応する……声は抑えろ……)
「……?」
叫ぶのを止めた……何故かはわからない。ただ、何となくこれはいけない事だと深層意識レベルで警報が鳴った。
後ろを振り返るとゆっくりと、階段を上がってくるゾンビ達。だが決して遅くない……直ぐにでもシンヤを捕まえられるような距離感だ。
化け物に潰された生徒たちが、体のパーツを所々失いながらもシンヤを追いかけようとしている。その中には頭を失ってもいるにも関わらず、動き続けるゾンビもいた。
1階へと降りる階段はゾンビ達に塞がれ、2階の廊下は崩落している。逃げ道が完全に消えた。下を向き、絶望がシンヤを襲った。この後の展開何て馬鹿でも予想できる……噛まれたり、引っ掛かれたりすればどうなるかなんて。
「はぁ、はぁはは……死んだかも」
ここから逃げ出すための道を失ったシンヤは悟ったように天を見上げる。何となくだが死ぬ瞬間は空を見上げたくなる人間の気持ちが少しは理解できた気がする。
――パチ……。再びノイズ音……先ほどよりも強い。
(噛まれるな……ゾンビを蹴り落せ……3階の廊下だ……逆校舎への道がギリギリ生きてる)
天を見上げたシンヤは無意識に視線を動かしながら3階を見つめる。3階廊下から3mちょっと飛べば、南校舎へと続く廊下が生きていることに気付いた。
「ぁぁ……ァァ……アアア……」
ゾンビの呼吸音に気付き、すぐさま後ろを振り返る。
目の前に両腕を失った血だらけの男子生徒が顔をシンヤに近づけ、噛みつこうとしたので反射的に階段から蹴り落した。そのまま他のゾンビ達を巻き込んで盛大に階段から転がり落ちる。
シンヤは歯を「っく!」っと食いしばり、呼吸を吸いながら上をゆっくりと向く。
――死んでたまるか……死んでたまるか……死んでたまるかよ!! ――絶対に生きてやる!! 絶対だ!!
死を覚悟したためか、それとも脱出への道が見えたからだろうか。体中に武者震いが走り、生きることへの願望が強くなっていく。
シンヤの体は吹っ切れたように軽かった。ため息と一緒に恐怖が抜ける。
震えて動かせないはずの体は、知らないうちに自由に動くようになっている。そのままシンヤは3階へダッシュで駆け上がった。
廊下と階段を接合する部分が生きており、斜めに3mちょっと飛べば南校舎へと繋がる一本道が綺麗に残っていた。
普段のシンヤであれば少し助走を付ければ飛べる程度の距離だが、3階から飛ぶとなると緊張感が違う。命がかかっているのだから当然と言えば当然。
「行けるか……? 落ちたら骨折、下手をすれば死ぬぞ……? いや、どっちみちゾンビに殺されるか」
それに飛んだ瞬間にシンヤの体重で足場が崩れる可能性だってある。出来れば、崩れにくい場所まで行きたい……4mは飛びたい。
深呼吸と共に猛ダッシュをするシンヤ。
その瞬間だけはオリンピックに出る選手並みの緊張感と苦痛がシンヤを襲ったに違いない。勢いよく飛んだシンヤは体を一直線に伸ばして南校舎に続く廊下へとダイブした。
そのままゴロゴロと回りながら北校舎と南校舎を繋ぐ廊下へと到着する。
「はぁー、はぁー、いけた……いけたぞ!!」
そのまま急いで立ち上がり、崩落しないうちに廊下を渡りきろうと、シンヤは走り出す。
■□■□
昼休みが始まり、皆がそれぞれの行動をとる中【皆音カオリ】はクラス委員長として、先生と共に職員室へ資料を持っていく。
決められた礼儀作法にのっとり職員室へ入室したカオリは資料を先生の机に置いて、その場をあとにした。気さくなカオリに声をかけて小さな手伝いを頼む先生は多い。――それが辛いと考えるか付き合い上手と取るかは人それぞれだろう。
その後カオリはそのまま特別教室が並ぶ3階へ上がって行き、茶道室・美術室・書道室などが並んでいる廊下へと足を運ぶ。
生徒たちが作成した作品を見ながら笑みが漏れる。大勢の生徒がいるにも関わらず、この場所に来る生徒はほとんどいない。
「あぁあああ~~!!」
少しだけ大声を出してみる……、誰かに聞かれていたら顔を真っ赤にして逃げ出すが、カオリの大声を聞く生徒は誰もいない。何となく誰もいないこの場所が自分の所有物に感じた。
ちょっとスキップをしてみたり、回ったり、変わった行動を取ってみたくなる。
そこで窓から反対側の校舎を覗く……「!」
目を凝らす……そしてまじまじと確認をするのは北校舎の屋上。
カオリのいる3階からでは屋上の様子は見えないが、立っている人影が一つ見えた気がした。その人物は学校の裏門の方、つまりカオリとは反対方向に向かってしまい、ギリギリ見えなくなってしまった。
屋上の出入りは出来ないようになっているはずだが、そこにいた人物のことが気になり見に行こうとした。
そして足を進めようとした瞬間だ……そこで小さな揺れが学校を襲う。
カオリは立ち止まり、窓を開けてその場にしゃがみこんだ。地震が起きた時の対応をそのまま行う。
「地震?」
しかし不規則に起こるこの地震はとても不自然で『取り壊し工事を行ってます』と言われたほうが納得できるタイプの揺れだ。
その後、開けていた窓から複数の叫び声が聞こえた。それは次第に大きくなり数十人の合唱のような音がカオリの耳に入る。
何? ……何なの? 不審者?
地震と叫び声に関係性が見えない――、この程度の地震でいちいち叫び声をあげるのはヒステリックすぎる。窓から叫び声の様子を窺おうとした。
「――っ!?」
窓は真っ赤に彩られており、中の様子が外から見えなくなっている。一面真っ赤にペンキをぶちまけたように何も見えない……それが生徒の血だと普通は思わないが、カオリの中で嫌な連想が頭の中で続く。
何あれ――血なの? 誰か怪我……、いや……そんなレベルじゃない。
――ドン!! ……ガシャン!! パリパリパリ……パキ……
今まで以上の地震がカオリを襲い、体勢が崩れて開けた窓にしがみ付く。そして真っ赤に彩られたガラスがすべて割れ落ちていった。
カオリはその光景に目を見開く。そこには一人の化け物が歩いていた。
右腕を巨大化させた化け物。
化け物はゆっくりと右腕を振り上げる。その下にはカップルだろうか、彼氏が彼女を守って両手を広げている。
何するつもり? ちょっと待って……! 何を。
――グチャ……
「――……ぇ?……ぅ! ――!?」
勢いよく振り下ろされた右腕に、カップル2人は血の海となっていた。プレス機に人間をかけたように綺麗に潰れており、それが人だと認識できないレベルだ。
それと同時に先ほどと同じ地震が起きる。
この地震があの化け物によって起こされたものだとすぐに理解させられた。力が抜けてへたり込む。あまりにもショッキングな物を見てしまい、叫び声すら上がらない。
口を押えてゆっくりと立ち上がる――、場所は先ほどまで居た職員室。
警察を呼ぶ、先生の助けを呼ぶ、放送をかけてもらう……何をするにしてもまずは職員室へ向かわなくてはならない。
授業終了後すぐに先生に呼び出されたカオリは、現在連絡手段が手元にないのだから。
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