ショッピングモールリオンの正面には巨大な『駐車場』が存在する。
この無機質なコンクリートの駐車場は、シンヤとアグレストの激しい戦闘により崩壊し、今はもう見る影もない。止められている自動車のほとんどが燃えており、漏れ出したガソリンがコンクリート地面を火の海に変えている。
アグレストは燃え上がっている地面を歩きながらゆっくりとシンヤに近づいた。そしてシンヤは駐車場を覆っている木々や自動車を隠れ蓑にしながら、コルトガバメントの銃口をアグレストに向けている。
「はぁ、銃がさっきから全然効いてない。どうなってんだよ?」
シンヤは先ほどから何度もアグレストに銃弾を撃ち込んでいるのだが、BB弾の弾がアグレストに当たった瞬間、その部分に風穴を空けると同時に再生が始まってしまう。結果として無傷で立っているアグレストの姿に、シンヤは動揺を隠せない。
(こいつ、無敵? この武器じゃ倒せないってことか?)
アグレストの右腕が巨大化して、地面に叩きつけた衝撃を利用して空に飛び上がった。
「っく!? 馬鹿にしやがって!」
アグレストには余裕があるのか、まるでプログラムされた動きを永遠とこなすロボットのように、先ほどから全く同じ行動を繰り返している。シンヤは、そんなアグレストの戦い方に『手を抜かれて遊ばれている』と感じて舌打ちした。
上空のアグレストに向かってコルトガバメントを連射する。
ここでシンヤが狙うのは『頭』だ。ゾンビ映画を見ている人間なら理解できると思うが、ゾンビの弱点は基本的に頭がお約束。シンヤ自身もそれを理解しており、アグレストの頭部を目掛けて銃弾を撃ち込んだ。
「さすがに頭は再生できないだろ!?」
――ブッシャ!
アグレストの体勢が空中で乱れて、血の雨が降り注ぐ。
そのまま頭部を綺麗に吹き飛ばされたアグレストは、不規則に回転しながら燃えている自動車の上に落下した。火に包まれているアグレストの姿をシルエット越しで確認したシンヤは不敵な笑みを浮かべ……そして、絶望する。
「はは、なんでだよ?」
何故なら、アグレストがゆっくりと腰を上げた瞬間、消し飛んだはずの頭部と自動車の熱で溶けた皮膚が再生を始めたからだ。その圧倒的なアグレストの再生力にシンヤは目を見開き、声を出さずにはいられなかった。行き場のない怒りが込み上がり、アグレストに向かって叫んだ。
「頭を吹き飛ばしてもダメ、熱で溶けた皮膚も綺麗に再生する。こんなのどうやって殺せばいい。こんな化け物だらけの世界で、この武器ひとつで生きろってか!? 無理ゲーにも限度があるぞ!」
そのまま、シンヤは怒りに任せてコンクリートの欠片を拾うと、それをアグレストに投げつけた。サイズは石よりも少し大きい程度だが、そのコンクリートの欠片はアグレストの肩に直撃する。しかしアグレストは、何もなかったかのようにシンヤを見ていた。
瞳と瞳が重なる。
「どうしろってんだ。この銃じゃ、こいつは殺せない」
(もう何時間、経った? どれだけこの化け物と殺し合いをしたんだ?)
シンヤとアグレストが接触してからまだ数十分程度しか経っていないのだが、すでにシンヤの精神と肉体は極限状態だった。アグレストのワンパターンな攻撃は一度でも当たれば即死なのに対し、シンヤの攻撃は全くといっていいほど効いていないのだ。
時間の感覚が狂って、汗が冷たく感じる。
額や肩から流れる血が、己の死を連想させる。
そんなシンヤとアグレストの戦いを少し離れた場所から見ていたカオリは、安全な場所で何もできない自分自身に歯痒さを感じていた。
「頑張って、シンヤ」
シンヤは、その場で立ち止まっているアグレストに何度も銃弾を撃ち込んだ。頭、首、胸、肩、腕、股、足、全てにぶち込んだ風穴はすぐに再生してしまう。活路が見出せない状況に判断力と戦意が徐々に失われていき、気付いた時には青白い表情を浮かべていた。
そして再びアグレストの右腕が巨大化する。激しい衝撃と共にシンヤの体勢は崩れるが、上空に飛び上がったアグレストにコルトガバメントの銃口が向けられた。
「くっ、何度も同じ手ばかり……」
――しかし、ここで思わぬ事態が起きた。
「あぁ……ァァ……ぁぁ」
それはゾンビの枯れた声。
「きゃぁあぁっぁっぁぁ!!」
そして、カオリの叫び声だ。
「!?」
シンヤは目を見開き、反射的に声のする方へと視線を向けた。そしてカオリがゾンビに襲われる光景を見た瞬間、全てを忘れて大声でカオリの名前を叫んだ。
「カオリ!!」
そして風を切る音が耳に届く。
視線を上空に戻して、死を覚悟した。
そのまま瞳が揺れる。
思い出すのは屋上の光景、先生がアグレストに潰された瞬間だ。
「!」
アグレストがシンヤの頭上を影で覆いつくしていき、歯を食いしばりながらその光景をスローモーションで見ている。ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと、自分の体が潰される未来を想像しながら、恐怖が全身を包み込んでいく。
(死んだ。これは避けられない。なんで俺は、気を抜いたんだ?)
目を閉じて、真っ暗な光景がシンヤの視界に広がる。それと同時に、断片的な光景が一瞬だけ映し出された。そこに立っている金髪の少女は、いつもシンヤを見ながら泣いている。
きっと、どこかで『選択肢』を間違えたんだ。
パチパチ……激しいノイズ音が少し。
《やっと現れたかよ。――リア、会いたかったぜ》
落下するアグレストに点滅する赤色の銃弾が撃ち込まれた。それと同時に、シンヤの真上で大爆発を起こす。アグレストは上空で燃え上がり、シンヤから少し離れた位置で地面に叩きつけられた。そしてシンヤも、爆風に巻き込まれる形で吹き飛ばされる。
「っ!?」
数メートルほど飛び上がり、シンヤは左肘を地面に強く叩きつけた。
――パキ! ……「ぅう!」
そのまま左肘を抑えながら地面を激しく転がり、爆発音による影響で鼓膜が引き千切れそうなほど痛い。シンヤは体を丸めながら虚ろな瞳でカオリを見たあと、その隣でこちらに銃口を向けている『金髪の少女』に視線を移した。遠目で顔は良く見えないが、隣にいるカオリと見比べると一回り小さい。
(誰だ? 小学生の子供? なんでもいい頼む。カオリを助けろ)
カオリはゾンビにブレザー制服を掴まれており、ゾンビの頭を両手で抑えながら表情を青白くさせていた。そしてゾンビは激しく頭を揺らしながら口を大きく開けており、カオリの肉体を噛み千切ろうと暴れている。
金髪の少女は、そんなカオリに近づいて声をかけた。
「ひとつ質問なのだが、君はゾンビかい? それともただの生存者? あるいは私が探している兵器を持った人間?」
「ち、違う。助けて!」
カオリの肩に歯が触れようとした瞬間、少女の片足がゾンビの顎を貫いた。身長差を物ともせず、高く上げられた少女の足はそれだけで絵になっている。そのままゾンビは後ろに倒れ込み、銃口を向けてゾンビの額に銃弾が撃ち込まれた。
「私に付いてきたまえ」
「え、あ……はい」
(なにこの子、かっこいい。私よりも年下だよね?)
そのまま、少女はカオリを連れてシンヤの元へと歩き始めた。その途中で背後に銃口を向けてマガジンリリースボタンを押すと同時に、ゾンビが大爆発を起こす。シンヤとカオリは目を見開き、少女が持っている武器に驚愕した。
「なにこれ?」
(これって、シンヤが持ってる武器と似てる気がする)
「マジかよ」
(俺と同じような武器だよな? いや、俺のよりすごい……って、待て。金髪の小学生で、俺と同じような武器を持っている女。思い当たる節が、あるじゃんか!!)
シンヤは手紙の内容を思い出していた。
『天能リアが必ず現れる。金髪で偉そうな小学生みたいな奴だ。助かるための希望は、そいつが持っている』
そしてシンヤの目の前に、手紙の内容と合致する少女が現れた。
「まさか……天能リアか?」
「!」――【天能リア】は目を見開く。
リアは目の前で倒れているシンヤを見ながら少し驚くと、考える素振りを取りながら「私と君は初対面のはずだが?」と口にして、眉間にしわを寄せている。どうやら警戒しているらしい。
しかしリアは、シンヤが持っているコルトガバメントを見た瞬間に状況を大まかに理解して「いや、何でもないのだよ。死にかけているが、どうやら君が私の探している人間のようだね。どこで私のことを聞いたのか教えてもらってもいいかい?」と、的確な質問をシンヤにぶつける。
(マジで存在したのかよ。天能リア……これはラッキー過ぎるぜ!)
「手紙だ。お前に合えば助かるって書いてあった」
「手紙? それは『自分自身』が書いた物じゃなかったかい?」
「え? ――なにを言っているのか良く分からんが、部屋に置いてあったんだ。誰が書いた物かは知らない」
リアは額を指先で叩きながら思考を巡らせていた。
(この少年も私と同じようにメモや手紙の指示に従っているとすれば、その手紙を書いた人物によって未来の選択が変わるのだよ。その字が少年自身で書かれた物だとすれば、少なくとも私はこの少年と同じ立場にいる。しかし、その手紙を私が書いのだとすれば、私は今以上に厄介な橋を渡る事になのだろう。ただの勘だがね)
「その手紙を見せてもらってもいいかい?」
「あぁ、カオリが持ってる」
シンヤとリアの会話を聞いていたカオリは、ブレザー制服の内ポケットからクシャクシャになっていた手紙をリアに渡した。そしてリアは手紙の内容に目を通しながら、不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど、これは私が書いた物では無いね。とても不愉快な内容だ」
(つまりこの手紙は、少年が自分自身で書いた物の可能性が高い。自分の中にもう一人の自分がいると言う仮説に、残念ながら信憑性が生まれてしまったのだよ。それにしても小学生とは随分と私を馬鹿にしているでは無いか?)
「なぁ、それより俺達は助かるのか?」
シンヤは左腕を抑えながら立ち上がり、自分の胸よりも身長が小さいリアを見ながら、何とも言えない気分になっていた。包み隠さず言ってしまえば(なんか頼りない。ただの子供じゃねーか!)という事だ。本当にリアが自分たちの『希望』になってくれるのか、今の段階では何とも言えない。
そんなシンヤとカオリに、リアは冷たく言い放つ。
「知らないのだよ。少なくとも今の私では不可能だ」
目を見開き、シンヤは動揺した表情を浮かべながらリアの肩を掴んで口を開いた。
「どういう事だよ?」
リアはシンヤの手を叩き落とす。
「私は今まで普通に生活した、ただの『高校生』だと言っている。君達を救えるような力を持っている訳じゃ無いのだよ。」
「いや、小学生だろ?」
――パチン!!
いきなりリアにビンタされたシンヤは「へ?」などと間抜けな声を上げながら、そのあとリアを睨みつけた。そしてリアもシンヤを冷たい目で見ており、互いの瞳から火花が散っている。始まるのは感情をぶつけ合った口喧嘩だ。
「どうやら君は、状況判断も分析も出来ない馬鹿のようだね。私は君の命の恩人でもあり、君の恋人を救った人物でもあるはずだが? どこからどう見ても私は高校2年生だろう。そこまで歳は変わらないはずだ、君達の制服姿を見る限りね」
「こ、恋人!?」――カオリが動揺する。
「カオリを救ってくれたことには感謝してるが、俺はお前の武器で死にかけた。これでトントンな、左腕が確実に折れてる。それとどう見ても小学生にしか見えないぞ……お嬢ちゃん?」
「恋人は否定しないのシンヤ!?」――更にカオリが動揺する。
「死にたいのかい?」
(なんだい? このムカつく少年は? 初対面で小学生扱いとは人種差別撤廃条約に違反しているでは無いか。いいや、日本国憲法第14条をしっかりと理解した上で法律に裁かれないギリギリを攻めているつもりかい? ――っと、しまった。もうそんな小難しいことを考える必要もない世界になってしまったのだね)
「それはこっちの台詞だ」
(同い年!? ――いや、手紙に小学生って書いてあったじゃねーか。今更嘘ついてもバレバレだっての。それに金髪、探偵風の喋り方、キャラを盛りすぎだろ? ん? 『小学生みたいな奴』って手紙には書いてあったから小学生と言う訳じゃ無いのか?)
――その瞬間、再生を完了させたアグレストがゆっくりと立ち上がる。
「「「!?」」」
カオリはリアの後ろへと隠れて、シンヤは折れた左肘を抑えながらコルトガバメントの銃口をアグレストに向けていた。まさかあの爆発で生きているとは思わず、リアとシンヤの表情が少しだけ曇る。そして、アグレストの右腕が巨大化した。
コルトガバメントを握りしめたシンヤから、殺人犯に似た殺気が流れ出る。
エクスプロージョンを握りしめたリアから、獣に似た殺気が流れ出る。
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