それからしばらくの間、シンヤとリアは適当な会話を挟みながら目的も無くショッピングモールリオンを歩いている。リアのファンになってしまった可哀そうな人達に追いかけられるアクシデントも起こったが、気付いた時には20時を越えていた。
そんなシンヤとリアの姿を3階から遠目で覗いている女性が1人いた。アルビノによる影響で『白い肌』と『白髪』がとてもよく目立ち、例えるなら『雪』そのもの。
そしてショッピングモールリオンという人混みの中でその白髪女性は異彩を放っており、誰も近づこうとはしなかった。しかし、誰もがすれ違いざまに視線を向ける。
(日常茶飯事だね。まぁ、理由はそれだけじゃないけどさぁ)
「あれ~リアちゃん、男とデートしてるじゃない。どう思う?」
周りには黒服を着た数名の大男が並んでいた。
そして白髪の女性は大男達に声をかけるが、返事が返って来る事は無い。皆が理解していた。もしもここで白髪の女性に返事を返そうものなら、自ら人生に終止符を打ち込むことと同義であると。
故に無言を貫く。
「あんなに楽しそうな顔しちゃって、『化け物』の癖に」
白い皮膚に力が入り、顔中にしわが出来るほどの『憤怒の形相』をリアへと向けた。白髪の女性はスーツを身にまとっており、その上には白衣を纏っている。
マッドサイエンティスト――【アイリス・時雨】
リアと共に働いている研究者の1人だ。
そしてアイリスは、周りに聞こえる声でSPに指示を飛ばした。
「はいはいSP~、あのリアちゃんと一緒に歩いてる男を攫ってきてよ。リアちゃんの研究資料にあった『人類の進化』って言うふざけたタイトルの論文があるじゃん? あれの実験体が欲しい。リアちゃんが笑顔でデートとか胸糞すぎるでしょ!?」
「――分かりました。セカンドボス」
「っ!? セカンドって言うんじゃねーよ!」
そのままアイリスは大男の下半身に蹴りを入れた。ヒールが大男の大切な部分を貫き、悶絶する姿を見ながら不敵な笑みを浮かべて笑い出す。
アイリス・時雨――その存在は天能リアの代わりである。左足を失ったリアは、表舞台ではすでに死んだ人間として扱われており、その代理は全てアイリスが引き継いでいた。
(憎い……悪い、醜い! あぁ、殺してやりたいよ。だってそうでしょ!? セカンド――リアちゃんの代わりだよ?)
何も理解していない研究者たちは天能リアと自分を比べて口々にこういいやがる。「リアさんは天才であり、アイリスさんは秀才ですかな」・「アイリスさんの研究は素晴らしいですがリアさんの研究は我々の常識を逸脱している」・「アイリスさんとリアさんを比べたら? はっきりとは言えませんが、差は歴然ですよ」などと。
(ふざけるな、ひとりでは何もできない。可能性を生み出すだけの完璧を生み出せない人間が私よりも優れている? 何の冗談だ、リアは私の後輩だぞ?)
「ハハハハハ!! はぁ。あぁ、殺してやりたい」
リアとシンヤの元に、数十名の私服を着たエージェントが向かう。
■□■□
アイリスが指示を出した数分後、ショッピングモール1階の通路端に設置されているキューブ椅子に座りながら、自動販売機で購入した飲み物を飲んでいたリアは異変に気付いた。獣のような鋭い視線が、感覚が、これまで以上に警戒音を鳴らしている。
「はぁ、どうした? またお前のファンか? 両手が塞がってて飲み物も飲めないし、何かどれも高級そうな紙袋に入ってるから気楽にジュースを入れておけないんだけど? ペットボトルをポケットに入れちゃってるよ、俺」
「君は気楽なのだね。どうやら時間のようだ、シンヤ」
「どういうこと?」
シンヤは気付いていないが、二十名以上の一般客に紛れたエージェントに囲まれている。シンヤとリアの前で目的のない規則的な行動を取っている客に、ため息と一緒に悲しそうな表情を浮かべた。シンヤはそんなリアになんて伝えたらいいのか分からず、言葉に詰まる。
「迎えが来た。どうやらね」
「?」
辺りを見渡すとシンヤの元へ近づく大男が数名。目を見開き、何となく両手を上げてしまった。暴力沙汰にはならないと思うが、人に囲まれる経験など今までした事が無い。
「なぁ、昼食食べた時にリアが話した内容あるじゃん? あれって、断ったら殺されるとかないよね? 何か嫌な予感するからそれだけ教えてくれない?」
「今気づいたのだが、この男達は私の事が大嫌いな先輩の部下だね。すまないが、下手をするともう会えないかもしれないよ」
「え? リアの事が嫌いな先輩って、やばくない? 頑張れよ」
「いや、流石に私に手を出すような事はしないのだよ。問題があるとすれば」
「あるとすれば」
「君の事はどうにでも出来るのだよ」
「パッポイ?」
(ちょま!? え、嘘でしょ。意味がわからなさ過ぎて、意味わからない事を口走っちまったよ。なにこれ、死ぬの俺? 荷物持ちして?)
大男たちが近づく。そして一歩、また一歩と、徒歩を進める。
距離がゼロに近づき、目と鼻の先に立つシンヤに向かって拳を構えた。
「ガチかよ!?」
(殴られたら慰謝料を請求してやる!)
シンヤは目を強く閉じる。次の瞬間に聞こえるのは生々しい打撃音と「うぅ」という痛々しい声だ。真っ赤な血液が地面に垂れる雫の音が耳に届くが、痛みを感じない。
「へ?」
役に立たない脳で、震える体を動かす。そしてゆっくりと目を開けた。
「な、ぇ!?」
目の前でリアが大量の血を口や鼻から流しており、地面に垂れる血液にシンヤは驚愕した。リアはシンヤに笑みを向けており「す、すまないね」などと謝罪までする。
リアがシンヤを庇っていた。
リアの頬は紫色に染まっており、奥歯が地面に落ちる。そしてシンヤは知っていた。リアが自分の恵まれた顔に自信を持っている事も、それをかなぐり捨てて自分なんかを助けてくれた事も。
女に手を出す奴は許せないなんてかっこいい事が言える人間じゃないが、シンヤにだって逆鱗ぐらいある。容量は限界を越えて、気付いた時にはその男の胸倉を掴んでいた。
シンヤの手に握られた大量の紙袋が地面に落ちる音。
「誰に手を出してんだよ」
「大丈夫だ、シンヤ。やはり私の先輩はこういったアプローチが大好きなようだね、全く。今頃、安全な場所でディナーと一緒に大爆笑しているのかな。君達! シンヤに手を出す事は許さない。君達の取り纏めは私の部下であるはずだ」
「いや、リア……喋るな。血が、血が出てるぞ!」
シンヤは慌ててポケットからハンカチを出してリアの頬に優しくあてる。自動販売機で購入した飲み物の水滴を吸収したためか、少しだけ濡れていた。しかし母親に「普段から持っときなさい」と言われていた口うるさい助言が、今日だけは役に立ったと認める。
(病院に、クソ! 何でいきなりこんなことになってんだよ)
「失礼しました。ボス」
大男たちは多少の動揺はあるものの、表情をほとんど変えることなくその場を立ち去ってしまった。シンヤは「ふざけんな!」と声を上げるが、その言葉は空を切るように届かない。
自分の無力さを感じる。
残るのは大勢の人混みと警備員による事情聴取だったが、リアが「必要ない」と言ったことにより、何事もなくショッピングモールリオンの裏口から解放された。向かう途中で、リアの事が大好きなファンからは「お前、男として最低だな」とか「ふざけんなよ? 訳ありなのは足を見ればわかるけど、守ってやれよ」と罵倒を浴びる。
シンヤは何も言い返せなかった。
罪悪感だけが震えとなって体中に残る。
そして裏口から解放されたシンヤとリアは、外の空気を吸いながら顔を合わせた。しかし、シンヤが目を合わせる事は無い。リアは苦笑いを浮かべながら口を開く。
「今日はすまないね。まさかアイリス先輩がいるとは思わなかった。最悪のタイミングなのだよ」
「アイリスって人が、こんなことをしたのか?」
「仕方が無いのだよ。決められていた事だが、私が悪いからね」
「関係あるかよ!? リアがそんな大怪我をして、それで、俺は何も」
「気にしなくていい。傷は残らないだろうし、抜けてしまった奥歯は昼間に飲んだ天使の羽で複製される。まぁ、成功していればの話だが」
「気を使ってくれてるのか? 嘘は言ってないみたいだけど」
「私が君に嘘を見破られる事は無いのだよ。それに、今日は楽しかった」
「そうかい」
(じゃあ、なんでそんなに悲しそうな顔をするんだよ)
リアの表情を見て、そう思ってしまう。その表情をどうしても変えたくて、今の自分に出来ることを口にしていた。
「なら、ならまた、ここへ一緒に行こう」
「出来るか分からないが、多分無理なのだよ」
「いや出来る。だって、俺がリアの研究を手伝えばいいんだろ? たかが1,000万だ。そのぐらいなら、あんたにくれてやるよ」
(あぁやっぱり500万ぐらいで、いや……男に二言は無い。はず)
そしてリアは目を見開き、小悪魔的な笑みを浮かべた。
(君はやはり、そういう人間なのだね)
「はは。そうかい、なら貰おうでは無いか。シンヤ、君は運がいいのだよ。私と言う天才と共に世界をひっくり返す事が出来るのだから。やってみたいこともあるしね」
「何だよ? それにテンションが高いな」
「タイムマシーンを作ったと言う話をしただろう? 『過去のシンヤに1,000万』を振り込めるか試してみたいのだよ」
「嘘だろ!?」
「まぁ、今の所ね。バタフライ効果なんて言葉もあるぐらいだ。世界の終焉でもない限り、そんなことはしないさ」
(この女が言うと冗談に聞こえないな)
そんな感じで、信条シンヤと天能リアのたった一日のデートが終わった。しかしこの先の未来で、シンヤとリアが再びショッピングモールリオンへ訪れる事は無かった。
――少なくとも、この世界線では。
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