無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第3章【ゲームスタート②/ショッピングモール編】

第18話【天才少女の天能リア】

公開日時: 2020年9月23日(水) 12:00
更新日時: 2020年11月9日(月) 03:28
文字数:4,723

 視点を一転させて、話は大きく変わる。それは群集劇を眺めている様に、唐突なスタートになってしまうが、それが物語の深みへと変わる事を陰ながら願っている。


 これは天才少女と、伝説のゲームプレイヤーが出会うまでの物語。


 そして、この出会いは『必然』であり『偶然』では無い。


■□■□


 ノイマンに匹敵する頭脳を持つ少女――この大層な肩書は業界の一部で呼ばれていた称号のようなものに過ぎない。しかし、それは数学的な考え方ではなく、文学的な考え方に重きを置いていた。


 1から100を生み出す天才がいたとしたら、少女は1を10,000に変える可能性を秘めた天才だった。どちらに価値があるのかと問われれば、人それぞれの意見があるだろう。しかし、少女の周りにはそんな可能性を実現するための人材が揃っていた。


 天才少女として名をはせていたが、意図的に引き起こされた事故で『左足』を失ったことをきっかけに表舞台から姿を消す。世間では死んだ人間として扱われ、裏で働くことが増えた。「何故?」と、問われれば「その方が、得をする人間が多かったのでは無いかね?」と私は答える。


 左足を失った天才は仕事に復帰するまでの間――暇な毎日を過ごしていた。ベッドの横に積まれている数千もの資料を速読して瞬間的に暗記しながら、ネットで噂になっているとあるゲームを片手間にプレイする。


 タイトルは『オブ・ザ・デッド』――意味は『死者の』


 このゲームにタイトルを付けた奴はただの馬鹿か、その先の意味をあえて入れなかったに違いない。深く考える事は無かったが、不可思議な部分も多く見受けられる。


 そしてプレイした感想を述べるなら、楽なゲームだった。苦労した内には入らないが、唯一手間がかかった部分を述べるのであれば、東京に入る手前で登場した中ボス【カブリコ】ぐらいだ。


 両腕の骨を削って、刀の様にした化け物――瞬間移動しながら素早く移動するタイプの中ボス。こういった特殊な敵キャラクターが登場した時、ゲーム全体の考え方を変えた記憶がある。


 そしてオンラインゲームなのにも関わらず、誰一人として東京へと到着した人間がいない事に苦笑いしてしまった。完全攻略するにはゲームプレイヤーを10名集める必要があるというのに、これでは完全攻略が出来ないではないか。


「参ったよ。日本人はゲームが得意だと思っていたのだがね」


 途中で投げ出す事が嫌いな少女は東京に溢れた化け物を無双しながら、残り9名のプレイヤーが来るのをのんびりと待つことにした。そして、そんな彼女の手元にはオブ・ザ・デッドのほぼ完璧な攻略本が出来ている。


 そこに満足感は無い。やる事が無かったから、作ってみただけ。


 ネットで公開すれば東京に到着するプレイヤーも増えるだろうが、少女はそうしなかった。職業病と言うべきか、研究成果を盗む輩をたくさん見てきた少女は、情報を公開する恐ろしさを知っていたからだろう。


 それから3年後――少女はゲームをクリアする。


【天能リア】――少女は紛うこと無き天才だ。オブ・ザ・デッドで東京に到着した最初のプレイヤーであり、他のプレイヤーを引き連れてゲームクリアまで導いた『リーダー』でもある人物。


 そして少女には、この後の展開も予想できた。


【5月5日(水曜日)/13時00分】


 ゴールデンウィークという貴重な休日に、信条シンヤは無理ゲーをクリアした5名で集まる事になっていた。ゲームをプレイしている間に、今日集まる5名とは連絡先をすでに交換をしていたため、集まるのは簡単だ。


 東京の新宿――集合場所である喫茶店でカフェオレを頼み、レジスターから横にずれたスペースでドリンクを受け取る。その正面には円形の机がいくつか置いてあるが、シンヤは窓際の立ち席に向かった。そこでカフェオレを飲みながら、高鳴る鼓動を抑えてその人達を待つ。


 それから数分後、窓から外を眺めていると後ろから声をかけられた。


「やぁ、信条シンヤ君……こんにちは」


 振り返るとそこには、小学生ぐらいの子供が立っていた。季節に合わない白黒のゴシック服に、金髪ツインテール。両手に握られた杖を正面に持って来て仁王立ちしている。


(――誰だ? てか、なにこの格好? あれか、コスプレ……いや、ゴスロリって奴か!? 何で俺の名前知ってんだ?)


「えっと、迷子かな?」


 ――バチン!


 シンヤはそのツインテール少女から鋭いビンタを受ける。頬を真っ赤に染め上げて、大きな衝撃と悲鳴声を上げてしまった。目を見開き、その金髪小学生を片目で見ると、少女は口を開いた。


「どうやら君は、状況判断もろくに出来ない馬鹿のようだ。私は声をかけずとも、君がゲームをクリアした人物だと理解できたというのに。――それと私は、君よりも多分年上なのだよ?」


 『ゲームをクリアした人物』という単語を聞いた瞬間に、目の前にいるツインテール少女が誰なのかを理解する。それと同時に、少しだけ睨みつけて文句の一つでも言ってやろうと思った。


「年齢、いくつなんだよ?」


「21歳」


「すいません!」(嘘だろ!? この見た目で、合法〇リだろ)


 年上だと分かった瞬間に腰が低くなるのは、年功序列を重んじる日本人の特徴と言うか、DNAレベルで刻み込まれた抗いようの無い本能と言っていいだろう。それと同時に、これから嫌な話し合いをしなければならない相手でもある。


 ゲームをクリアした5名には、1,000万という大金がそれぞれに振り込まれた。しかし、ボス戦に挑んだのは10名……想像はつくと思うが、クリア出来なかったプレイヤーが半数いる。そしてそのプレイヤー達には1,000万は振り込まれていなかったらしい。


 この話し合いはつまるところ「パーティーメンバー全員で協力したんだから、賞金は山分けにするべきなんじゃ無いですか!?」というクリア出来なかった人達からの提案を考えるための集まりである。


 そして話し合うまでも無い、結論は出ているような物だ。


(いやいや、顔も名前も知らない相手に500万円渡せってことでしょ? 嫌に決まってんだろ。馬鹿なのかな? 考えるまでも無いわ!!)


 そして他のクリアしたプレイヤーも同じことを考えているだろうから、表向きはただのクリアおめでとう会になる事を予想しつつ、気楽に参加している。しかし、クリアした5名の中で【カイト】さんのみがクリア出来なかったプレイヤーとリアルで対面してしまったらしく、その相談も兼ねている。


「ついでに、プレイヤーネーム。誰です? 自分はロベルト何ですけど」


「あぁ、女に成りすましていたね? まぁ、直ぐに男だと分かったがね」


 少女の口から語られた事を思い出して、目を見開いた。


(そうだったぁぁぁああ! ネカマプレイをネタバラシしてないじゃんか!? カイトさんとかすごい俺の事好きそうだったの、そういう事!? やばい、男だとばれたらぶっ殺されるんじゃねーの? うわぁ、帰りたくなってきたわ)


「つ、ついでに、何で男だって分かったんですか?」


「いや、気付かない方が可笑しいのだよ。男の理想を体現したような喋り方に、ロベルトという名前……どう考えても男だろう? ついでに私は本名をそのまま使っていたのだよ。プレイヤーネームはリア、本名はクリア画面に映し出されていただろう?」


 言われて思い返す。確かに、ゲームをクリアした画面にはプレイヤーネームでは無く本名が記載されていた。「いや、個人情報がバレバレだろ!」って、一人ツッコミをした記憶がある。


(リア! リーダーのリアさんの事!? ――てことは、天能リア!? このチビがあのリアさん? キャラが違いすぎるだろ。俺はもっと、こう、優しいお姉さんみたいだと思ってたぞ?)


 理想と現実のギャップがあまりにもデカすぎて、表情が表に出すぎている。リアはシンヤの表情を見ながら「とても不愉快な事を考えているね?」などと言いながら、睨みを利かせていた。


 それから数分ほど会話をしていると、集団客が入って来る。


 皆――印象的な人物であった事は言うまでもない。そして、この後に起きた事件がシンヤの人生を大きく変えた事もここではまだ、語られない。


「ふぅ、どうやら他のメンバーも来たようだ。始めようかシンヤ君、どうでもいい話し合いを」


 この話し合いの間、リアの左足が義足だと気づいた者はいない。ゴシック服や杖、そして金髪ツインテール。どう見てもコスプレをしている様にしか見えないリアを、本質的に理解する事は誰にも出来ない。


 ――本人以外は。


■□■□


【4月6日(火曜日)/16時00分】


 目を覚ますと、シンヤは自分の部屋のベッドで寝ていた。外を見ると夕日が窓越しに部屋を照らしており、部屋に置いてある目覚まし時計は16時をさしている。


「俺は確か、学校の正門にいて……っうぅ!?」


 あり得ない状況を思い出し、部屋の窓に慌てて視線を向ける。窓越しに映る光景に、表情を青白くさせ、吐き気が全身を包み込んだ。正面に映る住宅地はゾンビで溢れかえっており、その光景と学校で起きた悲劇が重なる。


「何で、俺は生きてる?」


 学校の正門で化け物が近づいてきた時、俺は死んだはずだ。しかし気付いた時には家のベッドで寝ている。自分自身がこのベッドで寝ているミラクルな状況に混乱が隠せない。


 とりあえず1階へ向かうことにした。現状、この家が安全とは限らない。ゾンビが1階のリビングで暴れ回っている可能性だってある。部屋に置いてあるギターを片手に、ゆっくりと階段を降りていく。


 小さな物音がドア越しで聞こえ、警戒心を更に引き上げた。


 心拍数が跳ね上がり、緊張感で体中の震えが止まらない。震える指先でゆっくりとドアを開けて、その小さな隙間からリビングの様子を見渡した。


「!?」


 同じ学校の制服を着た女子生徒がキッチンにいるのを確認し、その見覚えのある後ろ姿とゾンビらしさを感じられない機敏な動きに、警戒心を緩めてリビングへと入って行った。


「誰!?」


 ドアが開いた音に反応して、慌てた様子でこちらに包丁を向ける女子生徒。その人物がシンヤだと気づいたのか、包丁をゆっくりと降ろして安堵の声が漏れた。


「なんだぁ~、驚かせないでよ!」


「脅かしてごめんね。――皆音さん」


「カオリでいいよ。皆音じゃ呼びづらいでしょう?」


 いきなり名前で呼んでくれと言われてしまい、反応に困る。恥ずかしながらもたどたどしい感じで呼んでみる事にした。


「分かったよ――カオリさん。それより、今の状況って……」


「うん――夢じゃなかった。シンヤ君が学校からここまで運んでくれたんでしょ? ありがとうね――命の恩人だよ」


 言葉ではそう言っているが、喜んでいる様には見えない。言い方を悪くすれば、この地獄を引き延ばしただけだ。もしかするとあのまま気絶して殺された方が楽だったかもしれない。そんな事、口が裂けても言えないが。


(まぁ、俺が救ったわけじゃ無い。はず……あの時、俺も意識を失ってたから)


 しかし余計な混乱を生むわけにもいかず、とりあえずそういう事にしておいた。カオリ自身も、誰とも知れない人間に助けられるよりは気持ちが楽だろう。


「あぁ、それはいいんだ。これからどうする?」


「今ご飯作ってるから、食べながら決めない? 食欲あるか分からないけど」


「カオリさんの手料理なら大歓迎だよ」


 正直、食欲は無い。しかし学校で嘔吐してしまった今の胃袋は物を欲しているようで、タイミングよくお腹が悲鳴を上げる。そんな様子をカオリはクスリと笑いながら「もうちょっとだけ待っててね」と言ってくれた。


 調理しているカオリを片目に、シンヤは机に置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばした。今の状況を知る意味でも、そういった情報機器は活用するべきだろう。


 ゆっくりとスイッチを入れた。


 ――ポチ


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