無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第43話【ショッピングモール⑦】

公開日時: 2020年9月28日(月) 20:05
更新日時: 2021年2月21日(日) 21:08
文字数:3,948

「これは何だい……? なぜこのような服が紙袋に?」


「はい?」


 リアが出入口付近で座り込んでいるシンヤに見せつけたのは、未来の自分自身に頼まれていたゴシック服だ。すっかり忘れていたその衣服を真顔で眺めた後「っは!?」っと、リアに慌てて現状を説明した。


「それどころじゃ! このショッピングモールに大量のゾンビがやって来たんだよ!? 早くここから脱出しないと、俺らも殺されるぞ!」


「ん? ――シンヤ、悪いが少しだけ待っていたまえ」


 リアがシンヤの言葉に首を傾けると、従業員用の扉からショッピングモールリオンの三階表通路へと足を運んだ。そして三階から一階の様子を一通り眺めたリアは、ため息交じりにシンヤへと詰め寄る。その表情から余裕が消えていた。


「どうやら手遅れのようだ。一階はゾンビで溢れかえっているのだよ」


「な!?」


 シンヤも慌てて三階の表通りから一階の光景を一望する。そこはまさに地獄絵図だ。一面を覆いつくすゾンビ達が人だかりを作りながら二階へと広がっていく。このまま増え続ければ、いずれはここまでゾンビ達が押し寄せてくるに違いない。それは数分前までシンヤが見ていた光景とはあまりに違い、人の気配が感じなかった場所とは思えない。


「う、うそ……だろ」


「「「「「「「「ァァ……アア……ァァ……アア」」」」」」」」


 そこにいるゾンビ達は赤黒い海のように広がりを見せており、肉体の一部を失いながら動いている個体も見えた。しかし、学校で生徒や教師を皆殺しにした特殊な化け物の存在は確認できない。


 シンヤはゆっくりと後ずさりながら、出入り口付近に立っているリアに声をかけた。それも「どうすればいい……」なんて言う無責任な発言だ。不測の事態にリアを頼ってしまうのは本能的な部分が多いいだろう。


 自分には無理でも、リアなら状況を好転できるかもしれないと言う期待。


 リアは少し考える素振りを取りながら「現状では判断できないのだよ。何故ここに大量のゾンビが集まったか分かるかい?」と、質問を質問で返してきた。


「分かる訳ないだろ」


「だろうね」


(なら、聞いて来るなよ……)

「俺らはこれからどうすればいい?」


 多分、自分とリアだけなら助かる可能性は低くない。しかしこの場にはカオリや他の生存者もいる。それらを守りながらショッピングモールを脱出する方法を今のシンヤは持ち合わせていない。


「少しだけ待っていたまえ、こちらの準備が整ったら考えるのだよ」


 リアは緊張感のない言葉をシンヤへと送り、その表情は先程までと違って冷静だ。その表情からすでに何か策があるんだなとシンヤは理解し「分かった」と一言口にした。


 それからシンヤは従業員用個室の外で待っている。ゾンビが扉から入って来る可能性を考えて出入り口付近は、辺りに置いてある小道具が入った段ボールなどを積み重ねて通路を封鎖した。我ながら高校生らしい苦肉の策と言えよう。


 女性は身支度と買い物に時間を浪費すると言うが、本当らしい。

 結局リアが現れたのは30分後だった。


「待たせたね。シンヤ」


「おせぇー、ぅ!? はぁぁぁああああ!」

(え? どういう事……)


 シンヤが呆れた表情を浮かべ、愚痴をこぼしながらリアを見る。

 そして驚愕のあまり大声が出てしまった。

 なぜ? 決まっている。


 天能リアが『ゴシック服』を着用していたからだ。


 似合っていないと言えば嘘になるが、そういった衣服を着用するイメージが全くわかない。どちらかと言えばブランド品を身に着けた大人の女性が好みそうなファッションをするイメージだ。間違ってもコスプレ方面を好むとは思えなかった。


 確かに金髪とゴシック服はフランス人形のように特殊な魅力を放っているが、性格を考慮するとあり得ない。訝し気な表情を浮かべると、リアは自信満々に「似合うかい?」と聞いてきやがる。


「いや、全く」


「聞こえないのだよ。もう一度聞いてもいいかい? ――ついでにこの服は私にピッタリのサイズだったのだが、これをもしもカオリが知ったら何て言うのだろうね? カオリには、『この衣服はシンヤに頼んでおいた物』と伝えているのだが」


「とっても魅力的だよ。ッすごい綺麗だ」


「ありがとう。私もそう思うのだよ」


「――ん。(ただの脅しだろ!?)」


「私はとても気分がいい、君の服選びのセンスに賞賛を送っているのだよ。まぁ、他の服は全く魅力を感じなかったが、それでも君はファッションの天才を名乗ってもいい」


「マジかよ」


 リアのとんでもない欠点を見つけた気分だ。金髪、ロリ体型、コスプレ、毒舌、JK……一体どれだけの罪を重ねれば気が済むんだよ。


 ここで未来の自分自身が言っていた『ある言葉』を思い出し、それを何気なく口にした。それを聞いたリアは、眉間にしわを寄せながらシンヤに近づく。


「ラーメンのお返しだ。だっけか……」


「ラーメン? シンヤ、君は今なにを思い出したんだい?」


 小さなピースがリアの中に転がり落ちる。


「いや、別にどうでもいいことだ。それよりそろそろ中に入っていいか?」

(死の淵で未来の自分に会いました。なんて、リアに言える訳ないだろ)


「ぁ、あぁ。そうだね……それとありがとう。この服を用意してくれたことに関しての感謝の言葉を忘れていたのだよ」


 優しい笑みを浮かべながらリアはそんなことを口にする。


「――……調子狂うな。リアは俺が嫌いだと思ってたんだけど?」


「嫌いなのだよ。しかしそんな些細な人間関係を抜きにして心から感謝できるのが大人というものさ」


「まだ高校生じゃねーか」


「――そう言えば、そうだったね」


 リアは意表を突かれたように驚いて見せると、背を向けてカオリ達のいる従業員用の個室へと入って行った。そんな背中を遠目で眺めながら、少しばかりの恐怖をシンヤは感じている。


 多分リアと言う人間は、殺したいほど嫌いな人間に命を助けられたとしても、先ほどのように心からの笑みを浮かべるんだろう。それを大人とリアは言っていたが、本当にそうだろうか?


「――大人ね。化け物の間違いだろ……」


 心の底から思う。


 ショッピングモールの駐車場で初めて会った瞬間から直感出来ていた。


『信条シンヤと天能リアはこの世で最も、最悪な組み合わせだ』


 シンヤが従業員用の個室へと入ると、そこは修羅場と言っていいだろう。カオリは泣きながら体を小さくさせている少女の面倒を見ており、気絶した少女と素っ裸で気絶している男性がいた。リアはその中心でこちらを見ている。


「なんだよ、この状況。訳が分からなさすぎる」


「そうだろうね。まずはこの状況に至るまでの説明をするべきかな?」


「パパっと頼む」


 それからリアは、ミカとツキについてざっくりと説明してくれた。隣で縛られている素っ裸の男性についても一通り教えてもらったが、シンヤはため息交じりに「このおっさん、映画の見過ぎだろ?」とツッコミを入れてしまう。パンデミックの映画やアニメや小説で必ず一人は登場するクズキャラを思い出しながら苦笑いを浮かべた。


 色々と悪戯をされたミカと言う少女は辛かったと思うが、命を懸けたシンヤとカオリの逃走劇に比べれば迫力不足だ。女性の尊厳がどの程度なのかシンヤは理解できず、泣いているミカに優しく出来ない。


 口を開けば『そんなんじゃ、これから生きていけないぞ?』何て言ってしまいそうで、声をかけづらい。リアもシンヤの考えを理解しているのか、瞳で『余計なことを口に出すなよ?』と訴えかけてくる。


「まぁ、この男が最低のクズってことは分かった。それで、ツキさんとミカさん? は、どうするんだよ。――見捨てる訳じゃないんだろ?」


「安全な場所まで私が連れて行く約束をしてしまったからね。――シンヤにも付き合ってもらうのだよ?」


「分かった。――どうせカオリも協力するんだろ?」


「うん……ごめんね、シンヤ君」


「あぁ、問題ないよ。それでリア、これからの予定は?」


「とりあえずツキが目覚めるまで移動は難しい。脱出方法についてだが、私達がいる従業員用の通路を利用してこのショッピングモールから抜け出すのが現実的なのだよ。この通路はショッピングモールの裏口に繋がっているからね」


「なるほど、裏口にゾンビが集まったらどうするんだ?」


「私の武器で壁を破壊して脱出するギャンブルか、屋上でワイヤーアクションをするか選ばせてあげるのだよ。最悪、ここにいる全てのゾンビをシンヤと私で相手するのも悪くない手段だね。場所さえ選べば、特殊な化け物がいない限り問題ない」


「――問題しかないだろ?」


「別に冗談を言ったつもりは無いのだよ? それに従業員通路は生きている。ここにツキとミカと変態がいる時点で他の生存者もこの場にはいるはずだ。騒ぎが起きていないということは、この従業員通路にゾンビはいない。いたとしても対処できるレベルのはずさ」


 そこまで説明されればシンヤも頷くことしか出来ない。個室から廊下を覗き、奥に設置されているエレベータや一階へと続く階段に視線を向けながら納得した。確かにこっちで騒ぎが起きた様子は無さそうだ。


「分かった。もしもの時は壁を破壊してくれ」


「まぁ、それもツキが目覚めてからの話だがね」


「そうだったぁ……叩き起こすか」


「「ダメ!」」


 カオリとミカに怒鳴られてしまった。シンヤはツキを見ながら訝し気な表情を浮かべ「分かった」と口にしながらその場に座り込んだ。辺りを見渡すが、真ん中に置かれた机と壁際に並んでいるロッカー以外本当に何もない部屋だ。


 そして素っ裸で縛られた男性以外、全員女性。


 この場にいづらい……そして肩身が狭い。


 そして時刻は17時を過ぎる頃に突入し、パンデミックが起きてからまだ1日と半分ほどしか経過していない。感覚だけなら、とても長い時間を過ごした気がする。


 そのぐらい、濃密な時間を過ごしたのだから。


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