天使の羽を自らに投与したリアは、その人間離れした動きに小さく笑みを浮かべる。その冷たい視線を理解すること無く、ゾンビは無策にもリアに近づき続けていた。
ゾンビの血塗られた両腕がリアの動きを止めようと掴みかかる。
「邪魔……」
鋭い蹴りがゾンビの腹部に当たり、全身をくの字に曲げながら鈍い音と共に正面に群がっているゾンビをなぎ倒す。そして「カツン!」っと、歯を叩く音が響き渡りリアの背後にカブリコが現れた。
「遅い……」
右足を一歩後ろに下げるとリアは横へ向き直る。その瞬間カブリコの振り下ろされた斬撃が目の前で空を切り、そのまま斬撃を回避した。流れるような動作でエクスプロージョンの銃弾を体中に浴びせ、カブリコは蹴り飛ばされると同時に大爆発で吹き飛んでいく。
地面に滴る赤黒い血の海を見ながら、今後の予定について考えていた。
「そろそろシンヤ達がここにやってくるね」
背後から近づく一体のゾンビに鋭い回し蹴りを突き刺す。頭部がシャンパンコルクのように回転しながら生首が上昇していった。骨が引きちぎれる感触が足先に伝わり、鈍い音がショッピングモールリオンに響き渡る。
そして上昇していく生首に銃弾を撃ち込み、大爆発させると同時に周囲のゾンビを吹き飛ばしながら、その爆風を利用してカブリコの正面まで移動した。
「悪いが、終わらせてもらうのだよ」
「コロ……ズ、コロス……コロ……ジデ、ヤデゥ」
「君では難しいね」
バネのように曲げられた膝が勢いよく伸ばされて、リアの左足がカブリコの喉に突き刺さった。喉の内側から皮膚が裂けていき、血管から大量の血が噴き出す。そしてカブリコの頭部が不規則に回転しながら二階までクルクルと飛んでいく。
「ほぉ」
しかし、それと同時にリアの体勢が少しだけ崩れた。視線を自分の左足に向けて、綺麗に切り落とされたその左足にクスっと笑みが漏れてしまう。カブリコの首とリアの左足から勢いよく血が噴き出し、賞賛の言葉が漏れる。
「言葉を訂正する気は無いが、見事だったのだよ。――お疲れ様」
リアはその場でバク転して、カブリコの股を右足で蹴り上げた。そのまま地面に倒れ込み、二階まで蹴り上げられたカブリコに向かってエクスプロージョンの銃弾を連射していく。
空中で何度も大爆発に晒されたカブリコは地面に落下すること無く、三階……四階……へと徐々に上がっていき、原型をとどめないほどの火力に全身を焼かれることになる。そしてガラスで出来た天井を突き破り、打ち上げ花火のようにカブリコは火の粉となって降り注いだ。
同時に、天井から降り注ぐ大量のガラスがリアを避けるようにゾンビの腕や足を切り裂きながら落下する。それが計算によって導き出された結果なのか……それは本人のみぞ知ることだ。
「さて、残りを片付けてかっこいい登場をしなければ……」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、バランスよく片足で立ち上がった。
その後は語るまでも無い。
■□■□
血液が滴る音と、スパイスが効いた銃声と爆発音が聞こえない。――ミカを担いでいるシンヤとカオリが一階の様子を見て驚愕した。周囲の店舗はガラスや柱が焼け落ちており、黒焦げとなったその一帯にはゾンビの山がいくつも出来上がっている。
リアはその山の頂上で座りながら、鼻歌を歌っていた。
何の曲か思い出せないが、クラシックで一度は聞いたことがある。
「――……遅かったね、シンヤ」
「――嘘、だろ!?」
「ふふ、どうだったかな? 私の交響曲第9番『新世界より』――今の状況にぴったりの曲だろう? なかなかとんでもない状況に陥っているじゃないか」
「他人事かよ……リアも変わらないだろ」
「そうだね。まぁ、今の私から見れば他人事さ」
屋上の出入口扉の前でしばらく待機していたが、リアの銃声や爆発音に反応したゾンビ達がシンヤ達の前から姿を消した。そしてしばらくすると銃声が止み、静かになったショッピングモールの様子をカオリと共に見に行ったわけだ。
リアの瞳の色は元に戻っており、切り裂かれた左腕は綺麗に再生している。
しかしなぜか、リアの左足が今度は無くなっていた。
「意味が分からない。――それにお前は、本当に天能リアか?」
今までと雰囲気が全然違う。
「その質問に答えるには、段階を踏んで説明しなくてはならないのだよ。それにこの近くにはどうやら【ラミリステラ】がいるようだしね。――厄介なのだよ」
「ラミリステラ? さっきから意味わかんねーぞ」
「気にしなくていい。少なくとも現状、この場所は安全だ。――君とゆっくり話がしたいのだよ。少しだけ聞いてももらってもいいかい? こんな世界になった元凶についてだ」
「元凶について?」
三日月の光がショッピングモールリオンの天井からリアを照らした。ゾンビの山に座っているリアは、ツキを背負っているシンヤとカオリにこの世界について説明を始める。
「あぁ、全てはとあるゲームから始まったのだよ」
「は?」
「え?」
シンヤとカオリが間の抜けた声を出す。真面目なリアが冗談を言うとは思えず、真面目な表情と言葉のギャップにため息が漏れる。
「――えっと、リア……お前ふざけてる? 何でいきなりゲームの話を始めてんだよ!! そんな下らないことが理由じゃないだろ!?」
「はぁ。シンヤ……君はどの世界線でも私の話を聞かないね。死にたまえ」
「お前がふざけるからだろ」
「ゲームから全てが始まったというのは本当さ。――私とシンヤを含めた五名がそのゲームをクリアして、一千万と言う大金を手に入れた」
「俺はそんなゲームをやった覚えはない!」
「この世界の君じゃない。――別世界の話さ。コルトガバメントに入っていた天使の羽が一つ無くなっていたね。と言う事は、シンヤも会ったんじゃないのかい? 未来のシンヤに」
目を見開き、白い世界で白衣を着用した未来の自分を思い出す。
そして、リアの表情が少しだけ寂しそうに見えた。
「リア、お前はどこまで知ってるんだよ……」
「待って、シンヤ君もリアちゃんもさっきから意味が分からないよ。それに今のリアちゃんはリアちゃんじゃない……あなたは誰?」
訳の変わらない会話にシンヤが驚愕したことに、カオリが混乱している。リアが呆れた表情を浮かべながらため息をこぼした。
「今話した通り。――私は別の世界から、この世界の天能リアの肉体を借りているのだよ。まるでフィクションのような出来事で混乱するかもしれないが、信じてほしい」
「それを信じられるほど、俺は中二病じゃないつもりだ」
「少なくともシンヤには信用して欲しいのだよ。大体、そんなことを言ったらゾンビが人を襲う時点でおかしな話さ」
「「――確かに」」
「まずは一通り聞きたまえ。ゲームで得た賞金を元にクリアした五名は様々な研究に手を出した。タイムマシーンや自らの肉体情報を書き換えるような可能性をたくさん生み出した。と言っても、問題点が多すぎて実現出来るほどではなかったが。仮説を立てるのが関の山……しかしその研究成果を【道徳カイト】と言う男に複製された。――当時は誰もその事実に気付けなかったよ」
「道徳、カイト?」
「そうだ。――そして複製されたデータが【アイリス・時雨】と言う研究者の元へ渡った。本来完成するはずの無い物をアイリスは完成させてしまったのだよ。『ミヌティックドックウイルス』による肉体情報の書き換え。それをDNA四重螺旋構造によるミヌティックドックウイルスの浸食を阻害しながら制御を行う『天使の羽』――そして世界線移動と時系列の変換システム――『アカシックレコード』の書き換え技術。まさに夢物語……青いネコ型ロボット世界の完成なのだよ」
「それがこの現状と何の関係があるんだよ?」
「分からないのかい? アイリスは言ってしまえば『神』になってしまったのだよ。何でもありさ……しかし今がチャンスなのは確かだ。アイリスは絶対に犯してはならない禁忌に触れている」
「禁忌って、何だよ?」
「肉体と精神の『世界線ベクトル』と『時系列ベクトル』の移動――この世界には現在、アイリス・時雨が二人いる。世界を元に戻す方法はアイリスを殺すか、この世界線にいるもう一人のアイリスを会わせればいい。互いの存在を観測した時点で、矛盾を修正するために世界は書き換わる」
「もっと、詳しく話せないのかよ」
「シンヤもドッペルゲンガーぐらい知っているだろう? 自分と全く同じ姿と形をした人間に会った瞬間――世界から片方が消えるのだよ。そしてこの世界に持ち込んだ『タイムマシーン』や『ミヌティックドックウイルス』や『アカシックレコード』はこの世界線には本来存在しない。それはこちらの世界で生み出された物なのだから……この世界はアイリスさえ何とかすれば救われる」
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