シンヤは、手に握られているコルトガバメントを見ながら、その銃口を部屋の壁に向けた。触れた瞬間からファンが回るような音と、銃の中に組み込まれている機械が動く音。見た目はただの銃にしか見えないが、普通のモデルガンと違うということぐらいはシンヤでも分かる。
引き金を引くと「――シュィン!」っと、電動ガンのような音と共に、壁に向かって勢いよくBB弾の弾が射出される。弾はそのまま部屋の壁に当たった。壁には小さな凹みが出来る程度の威力で、本物の銃と比べるまでも無いただの玩具だ。
「はは、やっぱりあり得ない。こんな玩具であの化け物を倒せると? 小学生でも引っ掛からないわ――そんな冗談」
シンヤはコルトガバメントを、もともと入っていたケースの中へ戻そうとした。しかしそこで、ケースの中に同封されていた手紙が出てくる。『これはゾンビが殺せる武器なんです』と書かれた手紙だ。
同封されていた手紙と机の上に置いてある手紙を見比べながら、どちらもこの銃であの化け物が倒せるという事を説明している。『同一人物が書いた物』という可能性は残っているが、試してみる程度には興味をそそられた。
シンヤは複雑そうな表情を浮かべながら、部屋の窓を少しだけ開ける。夜の街頭に照らされながら町中を徘徊しているのはゾンビだけであり、学校で生徒を皆殺しにした化け物のような存在は見当たらない。
フラフラと歩いている血だらけで腕が引きちぎれているゾンビに、窓の隙間から銃口を向ける。そのまま軽い気持ちで、試してみるかという感覚で、引き金を引いく。本気で死ぬなんて、考えてなかった。
電動ガンの静かな音と共に、BB弾はそのままゾンビの後頭部に当たるが、特に変化が起きた様には見えない。苦笑いと一緒に、多少期待した自分を馬鹿みたいだとあざ笑いたくなる。
「そうだよな……「ブッシャ!」――え?」
爆散したゾンビの血がシンヤのいる2階の窓まで届き、頬に血が付く。慌てて後ろに倒れ込み、呼吸を激しくさせながら青白い表情を浮かべて固まった。過呼吸というものを初めて体験したみたいだ。コルトガバメントを見て、慌ててそれをベッドに投げ飛ばす。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……なんだこれ? なんだよこれ!?」
(嘘だろ。今、俺は何をしたんだ? 人を殺したのか……? あんな軽い気持ちで!? 嘘だ、嘘だ、嘘だ!! こんな玩具で死ぬわけ――だって……そうだろ?)
「あ……あぁぁあ、ッく! ――なんで、ことを」
ヘタレ込むような体勢で項垂れながら、やってしまったという罪悪感が体中を震えさせる。ゆとり教育で一般的な生活を送って来ただけの高校生には、ゾンビであったとしても『殺した』という事実がネチネチと心を傷つける。
別の人間が勝手に人殺しをして、それを第三者として偽善らしく悲しむのはいい。自分自身の手を汚したくは無かった。第一人者にはなりたくなかったのに……これじゃ、人を襲うゾンビとやっている事は変わらない。
そして自分自身を守るように『やりたくてやったわけじゃ無い』『殺せるなんて思わなかった』『ごめんなさい、ごめんなさい』そんな事を思いながらも、内心ではホッとしていた。いざという時に、これを使えばギリギリ生きていけるんじゃないかと。
クズじゃない、それが『人』だ。シンヤの外見だけ見れば、同情の声を送る人間もいるだろう。しかし、内心を覗けばその行動がどれほど軽い物かが馬鹿でも分かる。
そして犯罪者のような瞳で、机の上に置いてある手紙を焦点が合わない視線で手に取った。シンヤが読んでいる部分は『天能リアが必ず現れる。金髪で偉そうな小学生みたいな奴だ。助かるための希望は、そいつが持っている』の部分である。
天能リアと言う聞き覚えの無い名前を反復しながら、思い当たる節すら見つからない。知り合いに金髪の奴なんていないし、小学生の友達など見当もつかない。(いや、小学生みたいなってことは、小学生では無い?)などと考えてみたものの、それは罪悪感を誤魔化すための口実だ。
シンヤはしばらくその手紙を眺めていると、部屋のドアからカオリが入って来た。風呂上がりの少し濡れた髪に、眼鏡は付けていないようだ。男物のTシャツを着ているカオリの姿はとても可愛らしいく、普段のシンヤなら赤面しているだろうが今は全く反応できない。
「シンヤ君、お風呂ありがとうね。――え? なにこれ……」
髪をパタパタと乾かしていたバスタオルを地面に落として、シンヤの頬に付いている血と窓に付着している血を見比べながら目を見開いた。トラウマを蘇らせたようにガタガタと震えており、シンヤを見る目が変わる。まるで化け物を見ているような目だ。
「いや、もう大丈夫」
「ほ、本当に? あの化け物がこの部屋に入って来たんじゃないの! 本当にここは安全なの!? ねぇ、答えてシンヤ君! どうなの? シンヤ君は化け物にならないよね。何で何も答えてくれないの? 質問してるでしょ!」
焦りを表に出して声を荒げる。今のシンヤに気遣う余裕など無く、状況を整理するために頭を使いたいのだが、カオリの声がそれを許さない。お互いのタイミングが噛み合わず、シンヤはイライラしながら声を上げた。
「安全だって!! 悪いけど、俺もシャワー浴びるからどいて」
「ま! って……ごめん」
「……」
言った後で後悔する。カオリとすれ違うように1階へと降りながら、更に罪悪感がグルグルとシンヤを包み込んでいき、一人になりたいと思った。
(あとで謝ろう)
■□■□
【4月6日(火曜日)/23時21分】
天能リアが目を覚ます。
そこは月明かりが窓から差し込み、それ以外に照らす物が見当たらない部屋。そこは見知らぬベッドの上で、腰を上げて現在の状況を確認する。リアは自分の体に視線を向けると、体中には大量の血が付着しており、制服の所々が焦げて破れていた。
「どこだい、ここは?」
そのまま自分の寝ていたベッドを触り、その温かみと血の固まり具合から3時間ほど気絶していたことを理解する。そのあとベッドから立ち上がり、辺りを見渡しながらフローリングに付着している足跡の血痕に視線を向けた。
自分が履いている靴のサイズと、フローリングに付いている血痕のサイズが一致している。(土足で他人の家に入るとは、随分と私は無作法な振る舞いをするようになったものだ)などと考えながら、記憶と現状の誤差が大きすぎる。
学校で化け物に襲われた所までは覚えてるが、そこからの記憶が無い。気付いた時には数時間以上経過しており、見知らぬ住宅地で目を覚ます。そしてこの部屋には数時間以上、私以外の人間が入った形跡が見当たらない。
つまりリアの頭の中では『この部屋に入ったのは私自身だが、その記憶は無い』という事になってしまう。意味が分からない状況に多少の混乱はあったものの、学校で起きた惨劇を思い出した。
「つまり、私はここを隠れ家に使ったわけか。――精神的なショックで記憶が飛んでしまったのかな? 随分と可愛らしい一面を見せてしまったようだ」
学校でのことを思い出して、歯を食いしばる。
【カブリコ】から逃げ回るリアの姿。そして、目の前で殺された先輩の姿がフラッシュバックする。頬を流れる涙は、その瞳は、獣のように獰猛さを増していた。冷静な表情を浮かべながらも、失ったものの大きさと、その怒りは内側でマグマのように燃えているのだから。
ベッドの上を軽く見渡して、そこにエクスプロージョンがあることに安堵した。それは、昨日届いた謎の兵器だ。無意識にスポーツバックの中に入れていたことが功を奏したというべきか、今生きているのもこの武器の存在が大きい。
「生存率を高める意味でも、これは有効活用させてもらうのだよ」
リアはその後も部屋の探索を進める。すると、机の上にメモ帳が置いてあることに気が付いた。それはいつもリアが制服の胸ポケット入れているメモ帳だ。そこには以下の事が記されてた。
『セイフティーレバーを入れた状態で、マガジンリリースボタンを5回。2秒待った後に再度3回。地図の一覧が表示されたら最も近くにいる人物を探せ。青い点滅は味方であり、赤い点滅が自分自身――幸運を祈っているのだよ』っと。
メモ帳に記載されている字が自分自身の字とそっくりなことに疑問を抱き、リアは眉間にしわを寄せた。こんな文章を書いた覚えはない。(これは、私が書いたものなのかい? 記憶にないのだよ)などと思いながら、その内容を読み解く。
少しだけリアは考えた。
「ふぅ、これでも普通の高校生だと思っていたのだがね。2重人格というやつかい?」
言葉で発してみたが、しかしピンと来ない。ここには目的がしっかりと記載されており、少なくとも今の自分以上に状況を理解していることが読み取れる。過去に同じような体験をした記憶も無い。となると、2重人格というよりは『今の状況をより理解しているもう一人の自分がいる』という例えの方が正確だろう。
「いや、信じられないことだが、今の状況をより理解している別の天能リアが私の中にいる。という事になってしまうのだよ。中学生が起こす病気にでもかかってしまったかな?」などと冗談めかしてクスリと不敵な笑みを浮かべるが、その瞳は笑っていなかった。
部屋を一通り調べた後に、リアはベッドに置いてあるエクスプロージョンを手に持ち、メモ帳に記載されている指示に従った。自分自身が書いたメモであるなら、騙す理由が無い。つまり、メモ帳の内容を疑う必要も無かった。
指示に従ってマガジンリリースボタンを押していくと、気持ち悪いほど形状を変化させて日本地図が空中に映し出された。現代の技術より一歩先の技術と言うべきか、実現しているかしていないかで言われたら「多分してるんじゃない?」ぐらいの技術が扱われている。
そこには、赤色の光が1つと青色の光が4つ。赤色の光は埼玉県のとある住宅街で点滅しており、現在の場所が自分の通っていた学校からかけ離れている事に気付いた。そして現在地から数キロほど先に青色の点滅が見える。
地図を眺めながらリアの中で点と点が繋がり始めていた。メモの指示と、点滅した4つの光、そして自分自身が何故ここにいるのか? いろいろと分からない事はあるものの、大まかな流れは掴めた。
「なるほど、つまりこの武器にGPSのような物が付いていて、私と同じような兵器を持った人間が他に4名いる。そいつらを見つけ出してほしいという事だね。その後の目的までは分からないが、これは少しばかり期待が持てるのだよ」
リアは一通り調べ終えたところで「お風呂に入りたいのだよ」と言い残して、血が固まったガサガサの髪を手で直しながら1階へと降りていく。しかし考えることが無くなると、学校で起きた惨劇が脳裏に蘇る。
――地獄を思い出して、私はどんな表情を表に出しているのだろうか?
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