「ナンダ……コレワ?」
真横に切り落とされた左腕が、回転しながら地面に落ちる。
「喋ってる暇が、あるのかニャン?」
鞭のように雷切を左右に振り回し、サチは腕を一回転させながら刀身をそのまま振り下ろした。しかし、その斬撃をクリムゾニックは背中に生えた羽を激しく動かしながら空中へと非難する。
そこからの戦闘は速度の世界。
空中へと避難するクリムゾニックにサチは雷切を投げ込んだ。その刀身は一直線に腹部へと突き刺さる。
そして手元から雷切が離れた瞬間、サチの記憶が不安定になるのを感じた。
嫌な気持ち悪さが全身を包み込み、記憶が侵食されていく感覚。この時サチは何となくではあるが、雷切を手放すと記憶が消えていくのだと理解した。
「あれれぇ? そう言う感じですか。っ!」
(あの武器が無いと記憶がスルスル消えていく感じ……これ、気持ち悪いなぁ)
舌打ち交じりにサチは地面を蹴り上げて空中へと飛び上がった。その高さはシンヤがショッピングモールリオンで戦闘を行ったアグレストに匹敵する。そのままクリムゾニックのふところへと飛び上がり、腹部に投げ込んだ雷切を握りしめた。
そして鉄棒でもするように刀身を強く握りしめて、自らの皮膚を切り裂きながらクリムゾニックの腹部に突き刺さった雷切の上に立つ。そのまま流れるような動作で雷切を蹴り上げてクリムゾニックの背後へと飛び上がり、両翼を鷲掴みにしてコンクリート地面へと落下した。
互いに激しく暴れ回り、落下音と共に地面を揺らす。
「ガハッ! ふふ。これ、私って人間じゃないよね?」
「ソウ、デスネ」
土煙と共に姿を現したサチとクリムゾニックは、互いに雷切を腹部に貫通させており、抱き合ったような体勢で倒れ込んでいた。どうやら地面に落下した衝撃でクリムゾニックの腹部と、その背後で両翼を握りしめていたサチにまでぶっ刺さってしまったらしい。
大量の血が口から噴き出し、サチの満面な笑みは影で覆いつくされていた。しかしその瞳は月明りを反射して、まるで化け物のような姿となってクリムゾニックを見つめている。
「ママよぉお!」
サチがクリムゾニックの顎を殴りつけて、雷切が刺さっている腹部から下半身までを無理やり切り裂きながらぶっ飛ばした。不規則に回転しながら住宅をいくつも破壊して、クリムゾニックは外壁をベッドに倒れ込んでしまう。
そのまま雷切が刺さっている腹部を無視して、サチは飛んでいくクリムゾニックを陸上選手のように走って追いかける。そして、抜刀でもするかのように自らの腹部を切り裂きながらその刀身を倒れ込んでいるクリムゾニックに振り下ろした。
それは無茶苦茶な戦闘スタイルであり、再生する肉体を持つが故に可能となる戦術だ。サチは極限状態に興奮してしまうマゾヒズムなのかもしれない。
そのまま瓦礫と共に見知らぬ住宅へと突っ込んだ。
そこは綺麗なリビングだが、人の気配は感じられない。
そしてサチの頬はこれまで以上に火照っており、下着姿であるにも関わらず一切の寒さを感じていない。いや、むしろ暑い。振り下ろされる雷切と噴き出す血しぶきが、これまでの退屈な日常を消し去っていく。
しかし、サチが振り下ろされた斬撃は刀身を横に殴りつけられる形で軌道をずらされてしまった。そして座禅しているクリムゾニックはゆっくりと立ち上がり「オチョウシ、モンガ……コロスゾ?」とその殺気を『猫背の体勢』になりながら体で表現している。
「この体で死ぬとかある訳?」
「カクヲォ、ハカイシマス」
ピクリと肩が揺れた。
(核を破壊? そんな部位は存在しないけど。ゲームみたいだね)
「ごめんね。私は恋愛シミュレーション専門なんだよね」
そのたった一言で、サチは目の前に立っている化け物の殺し方を理解した。核を破壊することでこの化け物を殺すことが出来るだと。
クリムゾニックは猫背の体勢でサチの元まで近づき、右ストレートが繰り出される。サチは右足を振り上げて、その拳を受け止めた。不安定な体勢から雷切を突き刺す。
心臓に突き刺さる雷切と、左ストレートで殴られるサチ。
「ブフッ! ッチ」
(ここが核じゃ無いのかよ。最悪なんですけど)
雷切が手元から離れて、記憶が曖昧になっていく感覚が再び体中を包み込んだ。
それは派手な戦闘とは違い、殴られた衝撃で吹き飛ぶような事は無かった。しかしサチは殴られた瞬間にその場で膝をついてしまい、体中に力が入らないことに目を見開く。拳の衝撃が肉体の一点を貫く感覚だ。
(これはやばいかも)
「殴り殺し? 女の子には優しくしなさいって習わなかった?」
「ナゼ?」
「子供を産むように強制された体だからだよ」
「ムジュンシテイマスゥヨネ」
「矛盾? してないでしょ」
(こいつ、戦闘中に『救えます』とか言ってたよね? それに一言一言が何か悟りを開いてる感じ。ちょっと試してみたいけど、その隙が)
そこからは一方的な撲殺。クリムゾニックは歩きながらサチに近づき、そして殴る。その衝撃でフラフラと体の軸を揺らしながら、再び殴られた。
顎、脇腹、肩、頬、胸、鼻、サチは白目を向いている。
風を切る音、そして殴られた衝撃で表面の皮膚が弾けた。
徐々に記憶は遠のいてき、自分の名前が思い出せない。
(やばいやばいやばい、気絶したら死ぬって。記憶が、いけるかな?)
「死ぬって何?」
「スクワレナイニンゲンダ。ワタシワソレラヲスクイタァイ」
「!」
(やっぱり、宗教関連の信者みたいだね)
白目を向いているサチは正面に倒れ込もうとしていたが、素早く膝を前に突き出して、その足で踏ん張りながら正面に立っているクリムゾニックを睨みつけた。そして不敵な笑みを浮かべながら口を開いく。サチから語られる話は、誰でも一度は聞いたことがある有名な内容だった。いや、その感想と言うべきだろう。
「それは矛盾してる。そう矛盾してるの! 死ぬことは正しくなくちゃいけない。人間の原点であるアダムの罪はイブを生み出したこと。そしてイブの罪は知恵の実を食べたこと。神が『死と言う概念』を与えた事は正しい。しかし、人は一人では生きられないとアダムに伝えた事は間違いである。そして神の子供と呼ばれたイエス・キリストは再び生き返り、神となった事が罪でなければならない。人が神になる事は許されない。その力で少人数を救い、歴史が刻まれていくと同時に救った人間の命よりも死んだ人間の命がいずれは超えていく。ただの結果論に過ぎないけどね。人は死ぬことで存在したと言う罪を理解するべきなんだ」
それを聞いた瞬間、空中を飛んでいるクリムゾニックの目が見開かれた。そして、時が止まった様にその場で固まり、体中をピクリと動かす。そのまま怒鳴り散らすような大声と共に自らを抱きしめる。まるで癇癪を起した子供だ。
「ハ? ハ? ハ? ハァ……ッ! イタンシャガァア!!」
そしていきなり飛んでくる拳。
殴り殴られ飛ばされる。クリムゾニックの拳が鋭さを増していき、その速度は徐々に上がって行く。両腕が見えなくなり、その拳には不思議と怒りの感情が見え隠れしていた。どうやらサチの言葉に受け入れがたい屈辱を感じたようだ。
サチは力が入らない両手でその拳を受け止めた。
しかし、両腕が弾き飛ばされる。
そして血が噴き出し、笑いが止まらない。
「ナ!?」
「ハハハ! 会話してて思ったんだよね。化け物っち、君さぁ宗教が好きでしょ? でもそれなら日本に来ることはお勧めしない。君達の言う、異端者が多いいからね。でもね? そんな国だからこそ『平和』なんだよね。矛盾してるでしょ?」
「ック!?」
クリムゾニックの心臓へと頭を突き出し、その口で雷切を引き抜く。そのまま斜めに飛び上がり、一回転しながらクリムゾニックを切り裂いた。
周囲を飛び回っている目を操り、それをサチにぶつけて距離を取る。
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