そして現在、世界中で起きているパンデミックの影響を最も受けていた国は日本である。その中で関東地方――特に東京・埼玉・千葉・山梨・神奈川を中心とした『特殊な化け物』による被害が甚大だ。
これに対して総理大臣と防衛大臣とで会合を行う予定だったのだが、ゾンビの影響により関東地方からの脱出作戦が優先されていた。自衛隊東部方面隊は駐屯地を放棄して、市民の保護と同時進行で関東からの避難が最優先される。
「作戦はしっかり頭に入ってるな! 我々第四小隊はこれより中央方面隊と合流する。岐阜県に建てられている駐屯地が最終目標だ。そこからの指示は、向こうの上司に委託される」
運送ヘリの中で【武半マド】隊長の声が広がった。
しかし、その表情には苛立った雰囲気が窺える。
当然と言えば当然の話だった。実弾が装てんされている銃火器を部下たちは身に着けており、部隊を分断して個別での脱出作戦が決議されたのだから。本来、自衛隊は団体行動が基本であり、少数部隊を危険に晒す作戦は禁止されている。
つまり、それだけ異常事態がこの世界で起きているという事だ。
そしてマドには、その場で発砲許可を出す権限のおまけ付き。
これではまるで戦争では無いか。
そして隣に控えている自衛隊の高井が口を開いた。
「民間人の救出はどうしますか? 上からは無理するなと言われていますが」
「いや、民間人は可能な限り保護する。当然だ」
「分かりました」
それから数時間ほど運送ヘリでの移動が行われていた。ここにいる自衛隊はニュースや書類でしかゾンビや化け物を見ていない。つまり、実戦任務は初である。
今まで厳しい訓練をこなしてきたが、人殺しの経験はない。
部隊全体に緊張感が走るのは当然のことだった。
そしてこれからのことにも不安が残る。何故なら、日本はたった一日で東部方面隊を解散したのだから。この脱出作戦は、言い方を変えると『日本は関東を捨てた』ということだ。
新宿に建てられている『アヴァロンタワー』では、現在進行形で大量の虐殺が行われていた。建物に避難している民間人はゾンビになっていないが、化け物による虐殺で生存者は見込めない状況だ。
人工衛星カメラからアグレスト・カブリコ・ターミナルと言った特殊な個体が確認されているが、それに対抗する手段を持ち合わせていない。
そして時刻が22時頃――埼玉県のとあるショッピングモールの屋上から数十名ほどの生存者が確認される。運送ヘリの操縦を担当していた自衛隊員はマドに「生存者を確認。救出しますか?」と問いかけた。
「人命救助は最優先だ。運送ヘリに生存者が0では笑い話にもならん。――これより第四小隊24名は、ショッピングモールに残っている生存者の救出に向かう!」
……「「「「「「「了解」」」」」」」……
そして上空を飛んでいた運送ヘリは激しい音と共に屋上へと着陸した。決められた動きを取りながら周囲を警戒し、作戦行動を実行する。しかしこれはシンヤとリアが様々な出来事を『森の中』で行っている途中の物語であり、カオリの運命を大きく変える分岐点でもあった。
■□■□
従業員用の個室で静かな時間が三時間ほど続く。そしてシンヤは、リアの不自然な行動に違和感を抱いていた。本来のリアならすぐにでも行動を開始するはずなのに、律儀にツキの起床を待っている。
「リア、お前妙にミカとツキに優しいな?」
「そんなこと無いのだよ。どちらも疲労が溜まっている……今後の行動を考えれば今のうちに疲労回復を優先するのは当たり前なのだよ」
「嘘が下手だな。――借りでもあるのかよ」
「……君は本当に下らないことに敏感なのだよ。シンヤ、もしも私が私情で動いたら……君は私を軽蔑するかい?」
この返答には少しだけ驚いた。リアがその気になれば自分の浅知恵なんてすぐに論破できそうなのに。わざわざ不利になるような発言をするとは思わなかった。
「――いいや。そこまでお前のことなんて知らねーし」
「そう、だね」
不思議だ。出会って数時間程度の付き合いのはずなのに、何となくずっと前から知っているような――モヤモヤする雰囲気。この空気を何となく壊したくて、リアとの会話を無理やり続けた。
「そう言えば、外に出た後はどうするんだ?」
「あぁ。――私達と同じような人間を探すのだよ」
「同じような人間?」
リアはエクスプロージョンのマガジンリリースボタンを手順通りに押した。するとエクスプロージョンの形状が変わり、空中に日本地図が表示される。
初めて見る機能にシンヤの目が見開いた。
「マジか。そんな機能まで付いてんのかよ」
「ほぉ、シンヤはこの機能を知らないのか。つまり、武器それぞれに特殊な機能が付いていると考えた方が良さそうだね。この赤色に点滅しているのが私なのだよ。――そして、その隣で点滅しているのがシンヤ……君だ」
確かに埼玉県の辺りで赤色の点と青色の点が重なっている。しかし、そこでシンヤは疑問を口にした。
「他にも青色の点があるじゃねーか」
「そう。つまり私とシンヤが持っている特殊な武器……それを持っている人間が少なくともあと三人存在するのだよ」
「――っな!?」
瞳を大きくさせながらリアに近づき、その隣で地図を凝視する。リアが言っていた『私達と同じような人間を探す』という言葉の意味を理解し、少しだけ考え込む。
これはシンヤにとって朗報だ。
リアは戦力で言えば十分すぎるほど優秀だ。それに近い存在と手を結べば、少なくとも生存率は大きく上がる。しかし嫌な予感もあった。この武器には謎が多く、集まれば集まるほど危険な出来事に遭遇するんじゃないかと本能が告げている。
俺と同じような武器を持った人間があと三人……日本で五人だけ? 少なくとも俺とリアだけが特別扱いを受けてるわけじゃ無いってことか。
シンヤの考えていることがリアにばれたのか、続けて言葉を発した。
「この武器には何か意味があると私は考えている。――グリップ部分を見たまえ」
シンヤが手に持っているコルトガバメントを見る。そしてグリップ部分には校章のようなものが埋め込まれており『SEED』と記載されていた。これはシンヤが初めて自分の部屋で見たときと同じだが、意味はよく分からない。
「この意味、リアなら分かるか?」
「そうだね、そのまま直訳すれば様々な意味になるのだよ。根源や種子や子孫……そんな感じだったかな?」
そんな会話をしていると、カオリがこちらへやって来た。
「何の話をしてるの? それ、日本地図だね……そんな機能まで付いてるんだ」
カオリの後ろにはミカが立っており、地図に興味があるのかマジマジと見つめていた。しかし男性に畏縮しているため、シンヤと目を合わせようとしない。先程まで隣で気絶している男に酷い目に合わされていたため、仕方ないが。
何となく寂しい。
「あぁ、これは私達がこれから目指す場所についての相談だ。それとミカ……大丈夫かい? もう少し、早く助けに来れればよかったと反省しているのだよ」
「いえ、もう大丈夫です。助けてくれてありがとうございます! ――リアさん」
ミカはシンヤが持ってきた男性サイズの上着を羽織っており、リアが元々着用していたキャロットスカートを履いている。確かに男性の心を掴むような雰囲気があり、カオリに似た女子力を感じさせる。
シンヤは隣で気絶している男に視線を送り(まぁ、気持ちは分からなくもない)っと、内心で両手を合わせる。出くわしたのがリアじゃ無ければ、こんな目には合わなかっただろう。
ミカに気を使い、シンヤは少しだけ女性陣から離れる。
もし声をかけて怯えさせたらリアとカオリに怒鳴られるだろうし、俺自身がショックで泣いちゃいそうだ。
ショックで同じく気絶したツキが起きる様子は無い。そして、意外にも最初に意識が戻ったのは素っ裸で縛られている男の方だった。
「――なんだ? 俺は一体……っは!? ――てめぇ」
鋭い男の視線が、リアと重なる。
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