そして正面に立っているラミリステラの存在感に当てられ、シンヤは『ハッ!』っと正気に戻る。リアがこちらをじっと見ており、視線を外しながら「いや、ごめん」と謝罪の言葉を口にした。
「――死にたまえ」
「おい」
「――死にたまえ」
「うっ」
「状況判断も切り替えも出来ない人間は死ぬだけなのだよ。自身の命を軽く見ている自殺志願者を助けるほど、私の器は大きくない」
リアの言い分に言い訳の余地がない。しかしリアの行動にも問題があったんじゃないかとシンヤは思う訳だ。いきなり抱きしめられたら、誰だって動揺するだろ? カオリがここにいれば「可愛いは正義」などと訳の分からない超絶理論を提唱しそうだが、ここは男女平等化が進んだ日本だ。
まぁ、崩壊寸前だけど。
しかし冷静に考えればリアの行動にも納得できる。先ほどシンヤは自分の意志に反してリアを攻撃してしまった。それを抑制するためにリアはあんな行動を取ったんだろう。リアに対する『不満』を『好意』に切り替えられたのだ。
『好きの反対は無関心で、好きと嫌いは逆転可能』っという格言をどこかで聞いた覚えがある。今更そんなことを理解出来てしまえるから、リアに対する自分の対応が死ぬほど恥ずかしい。
「――……」
だからだろうか?
リアとの会話を途中で打ち切り、シンヤはラミリステラに殴りかかっていた。
鋭い拳を顔面に目掛けて振り伸ばす。
しかし……その寸前でシンヤは慌てて拳を引いた。
次の瞬間――ラミリステラの足元から鋭利な枝木が飛び出す。もしも拳を引いていなければ、シンヤの腕は引き裂かれており、蔓が体内に侵入して器官をぐちゃぐちゃに破壊されていた。
そんな身の毛もよだつ未来がいくつも見えており、ラミリステラの底が見えない脅威に喘息の発作を起こしたような苦しげな息遣いをしている。
そしてこの一連の流れに数秒もかけていない。
恐ろしいほど速い戦闘が行われていた。
ラミリステラは人差し指をゆっくりと伸ばして『クイッ』っと手招きをする。
行った動作と言えばそれぐらいだ。
そして地面から恐ろしいほど長い『丸太』が、シンヤの真横を高速で通り過ぎていった。丸太はここから数キロほど離れた『山の頂上付近』に突き刺さり、一直線上に細い通り道を生み出す。
そして丸太はシンヤの頬を掠っており、頬から血が滲み出ている。
まるでレーザービームのように地面から生えてきた丸太に度肝を抜かれてしまい、背後から聞こえる衝撃音に目を見開く。今まで戦ってきた化け物が可愛く見えてしまうほど、目の前に立っているラミリステラは異常だと感じてしまう。
「なぁ、これって戦っていいレベルの相手なのか? リアは余裕で殺せるみたいに言ってたけど、今まで出会った化け物の中で別格なんだけど?」
「余裕で殺せるわけないだろう? 私一人だと心許ないから、シンヤがここにいるのだよ。それほどの強敵で、後々厄介な存在になるから今のうちに討伐しようと言う話さ」
「一狩り行こうぜ! みたいな気楽な感じで言ってたじゃん!? そこまで苦労しなさそうな感じで言ってたじゃん!?」
「この程度は修羅場のうちに入らないのだよ」
「リアの基準で聞いてた俺が馬鹿だった」
「シンヤを説得してくれたカオリには感謝だね」
「本当に戦いたくない。この力があればどんな化け物でも殺せると思ってた時代が俺にもあったよ……そんな都合のいい現実は無かった」
もしもラミリステラの放った丸太に直撃していたら、体の一部に大きな風穴が空いていたに違いない。貫通せずに吹き飛ばされて、山の頂上付近まで一直線に飛んで行ったパターンもあっただろうか?
どちらも悲惨な結果しか見えない。
そしてラミリステラは丸太の上を歩き始めた。まるで子供が公園の遊具で遊んでいるような無邪気さを感じさせる。片手を正面にかざすと、丸太の一部が形を変えてラミリステラの手元に収まった。
それは『黒い靄』が刀身の周りに帯びている木刀だ。
そして黒い靄が刀身に吸収されて――『黒刀』へと姿を変わる。
ラミリステラがその黒刀を握りしめると、全身に巻き付いている土で出来た布のような物が激しくなびいて、まるで伝説の剣を抜いた勇者のような立ち居振る舞いだ。
その間にリアはシンヤの隣に並び、互いの瞳から漏れ出す淡い光が渦のように周囲を包み込んでいる。そして武器を構えてその目を鋭く尖らせていた。
「それでもやるしかないのだよ」
「分かってるよ……ふぅ」
「「――殺してやる」」
「不可能です。 ――死にますか? 殺しますよ」
シンヤはコルトガバメントを連射しながらラミリステラの元まで走り出した。しかし銃弾は瞬く間に黒刀によって切り裂かれる。その隙に丸太へと飛び乗り、ラミリステラに接近しようと心見るが、黒刀の鋭い斬撃で距離を詰めることが出来ない。
ラミリステラに焦った様子は無く、シンヤはその斬撃を避けるので精一杯だ。未来を見てなんとか対応出来ているが、避けきれていない。所々に切り傷が出来ていた。
「くっ! 近づけねー」
そしてラミリステラがシンヤに気を取られている間に、リアは背後からエクスプロージョンの銃弾を撃ち込んだ。しかしその銃弾はラミリステラの背後から現れた『枝木』によって防がれてしまう。
まるでラミリステラ本体を守るかのように、地面からいきなり生えてきた枝木だ。どうやらあらゆる場所から木々を生やすことが出来るらしい。
「しかし、甘いのだよ」
マガジンリリースを押すと同時に大爆発がその場で起こり、ラミリステラとシンヤが乗っている丸太が『バッキリ!」っと折れた。シンヤはその未来がすでに見えており、体勢を崩すことなくラミリステラを殴り飛ばす。
「グベ!?」
真下へと叩きつけられたラミリステラは衝撃で一瞬だけ空中へと浮かび上がり、その隙を逃すことなくリア鋭い蹴りが腹部に突き刺さる。全身が『くの字』に曲がり、そのまま真横に吹っ飛ばされた。
「ガハッ!」
そしてシンヤは、地面に小さなクレーターが出来るほどの脚力で斜めに飛び上がり、飛んでいくラミリステラの横っ面にかかと落しを食らわせて地面に埋める。
「ベッフ!?」
すかさず地面に埋もれたラミリステラを殴ろうとしたが、ラミリステラのモスキート音に似た怒鳴り声で両耳を塞いでしまった。
「調子に乗るなぁぁああぁぁああ!! ――死にますッガア!?」
顎に鋭い蹴りを入れられてしまい、シンヤの生首が半分ほど裂ける。そのまま縦回転しながら夜空へと吹き飛ばされてしまった。そして黒刀を素早く振り下ろしてシンヤの体を斜めに切り裂く。
その光景に目を見開き、本来なら届くはずのない斬撃に驚愕する。
ラミリステラはカブリコと違って斬撃を飛ばすようなことは出来ない。それは丸太の上で戦った時に確認している。だから、吹き飛ばされたシンヤはその斬撃が何なのか理解できなかった。
――何が起きた?
しかしラミリステラはそれだけでは満足できなかったようで、怒鳴り声を上げながらジタバタと地団駄を踏んでいる。侮辱や屈辱を全身で表現しており、子供のような振る舞いをしていた。
「くっそがぁぁああ!! ――アカシックレコード申請――死にますか? 絶対に殺しましょう。そうしましょう」
(過去に議決されております。再度申請――否決された)
「チッ! 片翼が死んでますね。――自分で殺しますか? 死にますか?」
ラミリステラは両手を地面に叩き付けて、落下するシンヤに狙いを付けた。そして落下すると同時に無数の鋭利な枝木がシンヤの真下から飛び出し、人形のようなポーズを取りながら身動きが取れなくなってしまう。
全身に鋭利な枝木が突き刺さり、真っ赤な血で彩られたオブジェが完成する。
「シンヤ!!」
「だい……じょう……ブハッ!!」
そしてシンヤの瞳から淡い光が薄れて、徐々に意識が遠のいていく。リアは一瞬だけ取り乱したが、すぐに冷静な表所に戻り――淡い青色の光が『バチッ!』と弾ける。
ラミリステラはもう片方の手に『小刀』を生成して、黒刀の刀身をリアへと構えた。その二刀流の構えは日本人なら誰でも一度は見たことがある有名なものだ。
「君が真似をしても宮本武蔵を貶めるだけなのだよ。私はそう言った身の程知らずの馬鹿が嫌いでは無いのだが、今は不愉快だ!!」
ラミリステラが勢いよく小刀を振り下ろすと、その射線上から無数の枝木が地面から飛び出す。リアはエクスプロージョンの爆風で空中へと飛び上がった。すると黒刀を空中にいるリアへと振り下ろす。
「ん? ――『!?』――砂鉄か!」
リアはエクスプロージョン本体を正面に突き出して、黒刀から飛び出した『砂鉄による斬撃』を受け止める。シンヤがやられた攻撃の正体が分かり、暗闇でハッキリとしない状況では厄介だと判断した。
地面を滑り込むように着地して、ラミリステラの元まで走り出す。
小刀を振り下ろすごとに更地だった場所は鋭利な枝木で満ちていく。リアは切り傷を無視してエクスプロージョンの銃弾を撃ち込み、辺りを火の海に変えた。しかしラミリステラに当てなければダメージは入らないようだ。
体中の至る所を血で染め上げながら、リアはラミリステラに接近する。激しい黒刀の斬撃をエクスプロージョンで受け流し、隙を付くように銃弾を撃ち込むが当たらない。
小刀を振り下ろそうとすればリアは距離を取り、地面から無数に飛び出す枝木を避けた。接近戦と遠距離戦、どちらを取ってもリアが不利な状況。エクスプロージョンの威力は高いが、天使の羽による肉体強化とのバランスが悪い。
接近戦と遠距離戦をバランス良く戦えているのは、天能リアだからだ。接近している間は自分への被害が出るから爆発させることは出来ず、遠距離では銃弾が当たらない。
接近して銃弾を本体に撃ち込み、そして離脱するまでが一連の流れである。
リアがしゃがみ込むように足元に銃弾を撃ち込むが、ラミリステラは軽く飛んでそれを避ける。そして振り下ろされた黒刀を斜めに飛んで避けるが、バランスを崩した瞬間を狙われて鋭い蹴りを入れられた。
「うっ!」
そのまま後方に吹き飛ばされてしまい、鋭利な枝木が肩に突き刺さる。そしてラミリステラに避けられた銃弾を起爆させて、ラミリステラの背後で大爆発が起きた。
「無駄な攻撃が多いですね。――死にますか? もう死にますね」
「はぁはぁ、私が無駄な攻撃? あり得ないのだよ」
リアはラミリステラとの戦闘中――起爆させる必要がない爆弾をいくつも爆発させている。そしてシンヤに怪我を負わせないように、少しずつシンヤに突き刺さっている枝木を『焼き切る』ために行動していた。
つまり、解放されたシンヤの存在にラミリステラは気付いていない。
「頼んだよ……シンヤ」
ラミリステラの背筋が凍り付くほどの殺意。辺りが淡い赤色の光で出来た『不規則な線』に包まれており、気付いた時にはすでに遅かった。背後に立っているシンヤの存在に――肩が触れられるまで気付かなかったのだから。
「やってくれたなぁ……ラミリス君?」
「ェ!?」
振り返る瞬間すら与えない――渾身の前蹴りだ。リアがラミリステラの動きや視線を完璧に掌握していた。ほんの少しでも周囲に気を配っていればすぐに気付けただろう……しかしリアが囮として優秀すぎる。
シンヤは股間を蹴り上げて、ラミリステラの肉体に縦一直線の亀裂を入れる。
そして打ち上げ花火のように夜空へと飛んで行ったラミリステラの両手には『小刀』と『黒刀』が握られていない。蹴り上げると同時に手首を握りしめて引き千切ったからだ。
武器も持たずに夜空へと舞い上がるラミリステラは、リアから見れば舌舐めずりをしたくなるほど滑稽な的だった。
「見事なのだよ、シンヤ」
連射されるエクスプロージョンの銃弾は全てラミリステラに当たり、落下することも許されず何度も大爆発の海に沈んだ。上空で釘付けにされてしまい、爆発の中で断末魔を上げ続けている。
「ざまぁーねぇ……さすがだな」
シンヤは何も出来ずにもがき苦しんでいるラミリステラに視線を向けた。
しかし、その瞳に映る未来の光景に戦慄する。
――バグったように複数の未来が見えていたからだ。
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