無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第1.1章【天能リア編――β世界線】

第28話【無理ゲークリアした俺が、デートするわけないですよね!?】

公開日時: 2020年9月24日(木) 12:00
更新日時: 2020年12月18日(金) 01:51
文字数:3,377

 これは『オブ・ザ・デッド』をクリアした信条シンヤと天能リアの物語であり、全ての物語の『原点』とも言えるが、ここはあえて『分岐点』という事にしよう。


■□■□


【6月6日(日曜日)/13時00分】


 太陽の光と虫の鳴き声が嫌と言うほど睡眠を阻害しており、それは目覚まし時計を越えて、シンヤの脳に大音量のオーケストラを流し続けるがごとく『目覚めろ』と訴えかけてくる。


 そして熱がこもった部屋でゆっくりと体を起こして、欠伸交じりにベッドから起き上がった。テーマパークに行ったわけでも無いのにアトラクション酔いに似た気持ち悪さがシンヤを襲う。


(どうやら寝すぎたらしい)


 しかし、寝起きで視界がぼやけていていたとしても、どこに何があるのか手に取るように分かる。当り前だ、ここはシンヤの部屋なのだから。そして意識が覚醒するまでに数分ほど必要となったが、時計を確認して驚愕する。


「昼過ぎてるじゃんか!?」


 だが休日の昼間、特にやることも無い。


 友人に誘われれば即採用できてしまえるほど今のシンヤは激安バーゲンセールと言えなくもないわけで、1階へ降りていきながら今日の予定を考えていた。


 ルーティーンワークに則って、シャワーを浴びた後に『米・お湯・お茶漬けの元』を適当なお茶碗にぶち込み、口に流し込む。そして忘れてはいけないコーヒー牛乳。(まぁ、13時に起きた時点でルーティーンとか崩壊しているわけだが)


 いろいろ考えた末にゲーム以外の選択肢が欲しいと思ってしまったシンヤは、複数の候補を紙に書き込んでそこから選ぶことにした。


・友人を誘って何かする。

(特にやる事なく、時間を浪費しそう)


・とりあえず外に出て適当に歩く

(目的が無いなら家のクーラーがいい)


・本屋で本を買って休日を過ごす。

(決定、これだな)


・女の子をデートに誘う。

(緊張する、誰にしよう?)


・何もせずに二度寝する。

(一番あり得ない)


「本屋だな」


 決まってしまえば行動は早い。風呂上がりでパンツ姿のシンヤは、黒いチノパンと白いTシャツを着こんで自宅を飛び出した。そして、インターホンの横に置かれている自転車に鍵を刺し込み、目が合ったご近所の人に挨拶をしながら本屋へと向かう。


 しかし、本屋と言ってもここら辺に『これこそ本屋』と言えるようなお店は存在しないため、向かう場所は『ショッピングモールリオン』になってしまう。考えようによっては都会に住んでると言えなくもないが、ショッピングモールリオンの周りは木々で囲われており、『ド』が付くほどのド田舎だ。


 大体ここから自転車で向かえば20分で到着する。


 そして、特に語ることも無くショッピングモールリオンに到着した。何でもいいから語れと問われれば、自動販売機で飲み物を購入した時、お釣り取り出し口に10円玉が入っていた事ぐらいだろうか。


「これって持っていくと窃盗扱いになるらしいんだよな。テレビで見たわ」

 ここでシンヤがその10円玉を持って行ったかは、あえて語らない。


 ショッピングモールリオンの正面には巨大な駐車場があり、出入り口付近には駐輪所も設置されている。その他にも立体駐車所が隣接しており、多くの来店客が足を踏み入れるための設備が整っていた。


(人の出入りが激しいな)


 そして、入店したシンヤを包み込んだのは空調設備が整った心地の良い風。熱をため込んでいたシンヤの体を絶えることなく冷やし続ける。


「クーラーを開発した奴は天才だな。誰だか知らんが、お前のおかげで俺はこれからも生きていける気がするよ」


 そんなどうでもいい独り言を口にしながらエスカレーターで上がって行くシンヤは、その隣で下っていく『一人の女性』に目を奪われた。すれ違いざまに一瞬だけ視線を合わせたが、特に何も起こらず距離は離れていく。


 それは雪のように白い肌、まるでゲームやマンガに出てくる美少女だ。


 すれ違いざまの一瞬は、時が止まったように長く感じてしまい、声をかけられたら間違いなく恋に落ちていた。そのぐらいシンヤの好みを貫いている。


(すごいな、あんなに綺麗な人がこの世にいるのかよ。それにあの雰囲気、ゴシックロリのあいつにちょっと似てるな)


 そしてシンヤはそのまま3階までエスカレーターで上がり、目を見開いた。


 何故なら、本屋の正面には長蛇の列が出来ていたからだ。それは遠目でも確認できてしまえるほどひどい状態で、通路が混雑している。


「嘘だろ。今日に限ってなんかのイベントか? それとも、隣の楽器店で誰かが演奏でもしてるのか? いや、あれは本屋だな」

(どんな感じなんだろう? ちょっと覗いてみるか)


 シンヤは、アイドルか読者モデルかコスプレイヤーを期待しながら本屋の正面まで足を進めた。そして、ガラス越しで店内の様子を覗き見る。視界に映るのは、本棚と本棚の隙間から揺れる金髪だ。


(あれ、どっかで見たことあるぞ?)


 シンヤは眉間にしわを寄せながらガラス越しで生暖かい息を吹きかけており、視線でその金髪を追いかけていた。それは周りから見れば不審者そのものだが、シンヤは全く気にしていない。しかし周りの女性客はドン引きしている。


(サイズからして小学生?)

 更に目を細めた。だが、決してロリコンではない。


 そして瞳に映るのは、ゴシックやメイドを連想させるような衣服を着ている少女の姿だ。あの服装にシンヤは見覚えがあり、考え込むように口に手を当てていた。


(マジで見たことあるな、芸能人か?)などと考えながら視線を下ろすと、とある光景が映り込み、目を見開く。何故ならその少女の左足が『義足』だったのだからだ。


 それと同時に、喉が破裂するほどの大声が出てしまった。


「――っ!? って、天能リアじゃぁぁああああああああん!!」


 これはまだ語っていないが、思い返すのはゴールデンウィークの後に【バルベラ】達によって引き起こされた誘拐事件である。あれからオブ・ザ・デッドの攻略者とは連絡を取っていないが、まさかこんな所で再開するとは思わず、動揺が隠せない。


 しかも、知らず知らずのうちに本屋アイドルになっていた。


(多分、あいつの事だから気にせず本に目を通していたら人が集まっていたパターンだとは思うが、それでも予想外すぎるだろ。再開の形が適当すぎる!)


 そしてシンヤの大声に多くの視線が向けられた。


 それはリアも含めての話だ。


 自分の名前が呼ばれた気がしたリアは、疑問顔を浮かべながらシンヤの方に視線を向ける。そして数秒ほど固まり、酷く落ち込んだような表情を浮かべながらため息をこぼした。そのあと、なにかに納得したように笑顔でこちらに近づくが、シンヤからしてみたら(いや、落ち込む必要は無くない? 泣くよ?)という感じである。


 ゆっくりと足を進めるリアに接触しようとする人間はいない。


 踏み出されるリアの義足に視線が奪われ、道を譲るようにしてシンヤまでの一本道が完成している。そんな光景をシンヤは黙って見ており、リアが何を思っているのか少しだけ考えてみた。


 例えば、車椅子に座っている人間の代わりにドアを開けたとしよう。


 常識的で素晴らしい行為だとは思うが、そういった特別扱いを日常的に受け続けている人間は自分自身に劣等感を感じてしまうのではないか? そんな人間に手を差し伸べたら、それはいじめと変わらないのではないかとシンヤは考えてしまう。


(考え過ぎなのは分かってる。自意識過剰と言われても仕方ないな)


 しかし誰かがそういった考え方をしなければ、人として生まれた意味がない。


 そう考えた時、シンヤの元へと近づくリアは笑顔だがなにかが違うように感じた。ゴールデンウィークの日は義手の存在にすら気付かなかったシンヤが言える事では無いが。


「君は分かりやすいな。私はそんなことを気にしないのだよ、シンヤ少年」


「はぁ、何で俺が考えることが分かるんだよ?」


「君は馬鹿で、私は天才なのだよ。君の表情を見れば私に解けない君自身の謎は無いのだよ」


 苦笑いと共に「参ったな」と口が開く。


 しかし、誘拐事件から気付いたことがある。馬鹿でも解けてしまう簡単な問題だが『天能リアは嘘を付くのが下手』だ。天才を自称するリアの弱点を、もう再会することが無いと分かっていても、今日のような出来事のためにシンヤは本人に黙っていた。


 信条シンヤ――高校2年生。

 天能リア――21歳。


 これは、少し年上のお姉さんとデートするようなお話である。

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