喫茶店は扉を開けてすぐ右側にレジスターが置かれており、その下はガラス越しでパフェやパスタなどの食品サンプルが奥の壁際辺りまでズラリと並んでいた。レジスターの横と従業員が立っているスペースの壁際には商品の一覧表が文字や写真を使って飾られている。
数種類の木々が使われたシンプルで大人の雰囲気を感じさせる内装と、その店の空気に上手く溶け込んでいるリアとシンヤ。それとは正反対に異色の空気を漂わせているサチとカイトとリョウである。互いに視線を軽く交わした程度だが、全員が全く同じことを考えていた。
――多分、全員揃った。
全員が顔合わせをするのは初めてだが、何となくそうなんじゃないかと理解しており、リアに限っては確信していた。
シンヤとリアは壁際がガラス張りになっている円卓のミニテーブルのみが置かれた立ち席に円を囲む形で立っており、シンヤは壁際を背もたれにした体勢で店の入り口から入ってくる悪目立ちした3名の客を見ていた。
同時にため息とリアがビンタしてきた事を思い出して同じような雰囲気をまとっている3名の客に苦笑いする。
赤に青に緑、それに目の前にいる金髪……本当に日本人か?
それぞれの髪色を見ながらシンヤは、自分が一番まともだなと心の中で思いながら、第一声は隣にいるリアに任せる事にした。
一方、カイトとサチは目を見開くと同時にとんでもない物を見たように表情が固まる。プレイヤーネーム【ロベルト】である信条シンヤは美少女だと思っていたのにリアルは男で、我らがリーダーであるプレイヤーネーム【リア】こと天能リアはゴシック服を着た小学生ぐらいの子供にしか見えない。
サチは衝撃と共に『これはこれであり』と前向きな考えが出来るが、カイトのショックは大きかった。カイトはシンヤが3時間という長い時間をかけて生み出したロベルトと言うキャラクターを愛していたのだ。
――嘘だろ? ロベルトさんが男? いや、隣にいる金髪小学生がシンヤさんと言う可能性は無いか? あり得ないよな……リアさんは自分が女だとゲームチャットで言っていたし、だとしたら隣にいる男がシンヤさんって事だよな? いやいや、人違いの可能性はまだあるはずだ……夢だと言ってくれ。
「ふぅ、どうやら他のメンバーも来たようだ……始めようかシンヤ君。どうでもいい話し合いを」
「そうらしいですね。とりあえず呼んでみますか……何か固まってるみたいだし」
互いの距離感が掴めておらず、シンヤとリアはギリギリ会話を成立させているような当たり障りのない会話を続けていた。と言っても、リアの会話に不自然な点があるとすればシンヤを君付けで呼んでいる事ぐらいだろう。
リアが手を振ると同時にリョウは会釈し、サチは大きく手を振り返した。カイトは最後の希望が打ち砕かれたように下を向いて、唖然とした表情を浮かべている。
そのまま3人はレジスターの横に立っている店員さんの元へ向かい、サチは抹茶のスムージー、リョウは新作のトロピカルトマトミックス、カイトはブルーハワイフラッペを注文してリアとシンヤのいる場所へそれぞれ向かった。人数も増えたため、席を変えて店の中央にある円卓を囲むようにそれぞれが座り、リアはゆっくりと口を開く。
「確認なのだが、さっちーとカイト、それとZIONで合っているかい? こういった集まりは初めてでね。なかなかに興味深い体験をしている気分だよ」
「合ってるよぉ~。リアっちって、リアルでもリアっち何だね!! シンヤっちに関しては女だと思ったのに男とは、驚かされたよぉ!!」
「――すいません……サチさんですよね?」
「そそ! それにいいのいいのぉ~まぁ、カイトっちはかなりショック受けてるみたいだけどねぇ~。謝らないと刺されちゃうかもよ?」
「あぁ、カイトさん――騙すつもりは無かったんですが、すいません」
苦笑いしながらなぜ自分が謝らなくちゃいけないのかイマイチ理解できていない状況で、シンヤはとりあえずカイトに謝ったのだが、カイトは鋭い目つきでシンヤを睨むと同時に「絶対、許さないです……」と一言いい残して、視線を外されてしまった。
いや、想像してた以上に怒ってんな。こいつ、ちょっと面倒くせぇぞ!?
「アハッハ!! めちゃくちゃカイトっち怒ってるじゃん! でもリアっちは女の子で良かったねぇ~どうよ? リアっち、可愛くない?」
カイトはゆっくりと視線をリアに持っていくと同時にリアが軽く微笑み、頬を赤らめると同時に「――可愛いと思います」と飲み物を飲みなが下を向いてしまう。
「そうだろうとも……私は魅力的なレディーだからね」
「随分と喋り方がチャットと違うな? ――あぁ、俺は熱意リョウだ。正直、リアさんに会えて嬉しいと思うよ。ロノウェの件はすまないと思ってる」
「ふふ、私の方こそ会えて嬉しく思うよ……リョウ君。君とも色々と話したいと思っていたのだよ」
「そうかい」
「何々!? リョウっちとリアっちは知り合いだったの!?」
「「違う」」
「お互いに否定し合うのかよ……」
シンヤが軽くツッコミを入れると同時に、リアとサチがしばらく女子同士の話を始めてしまい、リョウとシンヤとカイトは男同士で特に話題も無いのでオブ・ザ・デッドの話を始めた。
「シンヤは数週間程度で東京に到着したって言ってただろ? あれって本当か!?」
「どうせ嘘ですよ……男だったんですから」
「おい……それは関係ないだろ。だが、正直俺もあんまり信じられないんだよな」
「まぁ、それは本当です。――正直レアドロップに救われた感じですけど」
「マジか!? ――俺は50回ぐらい死んだぜ? カイトはどのぐらいやり直した?」
「自分は4回ぐらいですかね? ――リアさんの次に東京に到着したので。シンヤさんが本当の事を言っているんだとしたらリアさんと同じですね。リアさんもデータは削除された事無いらしいのいですよ?」
「私の話かい? ――正しいのだよ。私もシンヤ君と同じで、データの削除は経験したことが無いね。暇を持て余すには十分すぎるゲームだったのだよ。このような機会も訪れたわけだしね」
「負けた!! リアっち、強すぎない!?」
「ん? ――女子組は何をしてたんです?」
「聞いてよ……シンヤっち。私これでも頭いい方なんだよ!? ――冗談半分でリアっちを目隠しチェスに誘ったら、ボロ負けした」
「え? 駒もボードも無いのに?」
「喋りながら頭の中で対戦したのだよ……シンヤ君もやってみるかい?」
「遠慮しておきます」
どうやらサチとリアはここにいるメンバーの中で頭一つ飛びぬけて頭が良いらしい。シンヤとリョウは苦笑いをしながら集まる会場を間違えたような表情を浮かべることしか出来ない。カイトが「じゃぁ、僕も少しだけチェスが出来るのでやってみますかリアさん?」なんて言い出すもんだから、シンヤとリョウは額を抑えながらため息が漏れる。
そんな光景をサチが大爆笑しながら見ていた。
シンヤは内心――いやいや、頭の中だけでチェスとか……そんな天才たちが集まる様な場所だったか? 駒の動かし方も知らねーよ。これでリョウさんまでやるとか言い出したら俺は帰りたくなっちゃうよ?
リョウは内心――あれ、チェスって何だっけ? クソ……麻雀しかやった事ねーよ。あれか!? 白と黒をたくさんひっくり返す奴か? 小学校の頃に先生とやった事あるな……てか今の時代は頭の中でやるもんなのか?
※それはリバーシです。
笑いのツボを刺激されたサチが笑い声を上げながらシンヤとリョウが頭を抑えて考え込むような光景を見ており、カイトは冷や汗を流しながらすでにクィーンを取られた挙句、リアのポーンがクィーンになるさまを頭の中で眺める事しか出来なかった。
結果は惨敗……リアに一度としてチェックをかける事も出来ずに負けた。
それから打ち解けるのに時間はかからなかった。リアも気づいた時には皆の事を呼び捨てで呼んでいたし、シンヤも途中からは敬語が消えており、何となく男女で綺麗な上下関係の様な物が完成している事にシンヤとリョウは互いに視線を重ねて思う訳だ。
――多分、この中で一番お前と仲良くなれる気がする。
気付いた時には1時間ほど経過しており「そろそろ本題に入りませんか?」というカイトの一言で、落ち着きを取り戻したようにそれぞれの瞳に熱が注がれる。重たい空気が店内を包み込んで、先程まで楽しげに会話していた客がいきなり静まり返る光景には店の店員も気になってチラ見してしまうぐらいだ。
「そうだったね。彼らと賞金の山分けをするかどうかの話し合いだった事を忘れてしまう所だったよ」
「あぁ~バルベラ達からリアルで連絡が来てるらしいね。カイトっち……詳しく聞かせてよ?」
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