「ふむ……」
馬車の窓から外を覗き、リュートは頷く。
「大分、街からは離れましたが……」
「ああ、そうだね」
イオナの言葉にリュートは上機嫌で応じる。
「珍しく機嫌が良い……?」
イオナが不思議そうに呟く。
「どうかしたかな?」
「い、いえ、なんでも……」
リュートの問いにイオナは首を振る。
「そうかい」
「あ、あの……!」
「ん?」
「何故、このような田舎……もとい、辺境の地に?」
「辺境の地か、ものはいいようだな……」
リュートは苦笑する。
「いえ……」
「田舎は田舎で良いだろう? 他になんと呼べばいい? ド田舎か?」
「ちょっと!」
イオナがリュートを制する。リュートは首を捻る。
「なんだ?」
イオナが馬車の前方を見ながら、小声で呟く。
「御者さんはこの辺のご出身だそうです……」
「ふむ、どうりで迷いなく進む、頼もしい限りだ」
「だから気を悪くするようなことは言わないで下さいよ……」
「田舎は田舎だ」
「だから!」
「別に馬鹿にしているわけではないさ、君のようにやや過剰に気にし過ぎる方がよっぽど馬鹿にしていると思うがね」
リュートが首をすくめる。
「む……」
「違うかい?」
「べ、別に私も馬鹿にしているつもりはありません!」
「それなら良いじゃないか」
「まあ、そうですけど……」
イオナが頷く。
「~~♪」
リュートが鼻歌を歌う。
「ふふっ……」
イオナが思わず笑う。
「どうかしたか?」
「い、いえ、鼻歌まで歌われるとは……よほど機嫌がよろしいんだなと思ったら、なんだかおかしくなってしまって……」
リュートの問いにイオナが答える。
「今、鼻歌、出てたかい?」
「ええ」
「本当かい?」
「本当ですよ」
「ふむ……」
リュートが顎をさする。
「なにか心が躍るようなことが?」
「いや、そう遠くない将来……」
「はい」
「俺は田舎でひっそりと暮らしたいと思っていてね……」
「ええっ?」
イオナが驚く。
「そんなに驚くことかい?」
「い、いや……スカウトマンを辞めてしまうのですか?」
「そりゃあ、いつまでもやる、続けられるような仕事でもないからね」
リュートが両手を広げる。
「生涯をスカウトに捧げるのかと……」
「人の生涯を勝手に決めるなよ」
「……スカウトは楽しくないですか?」
「……なんでそうなる?」
「いや、辞めるということはそういうことなのかなと……」
「だから、君の尺度で測るなよ」
「は、はあ……」
「スカウトマンの仕事にやりがいを感じてはいるよ。これまでを振り返って見ると、苦しいことも多いが、楽しいことも同じくらいあった」
「で、では……」
「問題は大きく分けて二つある」
リュートが右手の指を二本立てる。
「二つ?」
「ああ、一つはシンプルに体力的な問題」
「あ、ああ……」
「どんなに鍛えていても、肉体的限界というものは訪れる」
「なるほど……」
「もう一つ……こちらがより大事だ……」
「な、なんですか?」
「……目が悪くなる」
「……眼鏡を変えればよくないじゃないですか?」
「違う、そうじゃない……」
リュートが呆れ気味に首を左右に振る。
「ち、違うんですか?」
「この場合の目というものは視力のことではない。まあ、それも含めてのことではあるが」
「う、う~ん……」
イオナが首を傾げる。リュートがため息交じりで話す。
「ふう……センスだよ、優れたパーティーメンバー、冒険者を見つけ出すセンス」
「センスですか」
「ああ、肉体的なことは、例えば、こういう馬車の移動などでフォローすることが出来るかもしれない。ただ、こればっかりは誰かにフォローしてもらうものでもない……センスというものは悲しいかな、わりとすぐにさび付いてしまうものだからね」
「そ、そうですか……」
「だから、辞めることになるだろうね。そう遠くない将来……」
「そ、それは近いってことじゃないですか?」
「さあね」
「さあねって……」
リュートが窓の外を指し示す。
「まあ、そんな話はいいじゃないか? 見たまえ、この美しい田園風景を!」
「……最近の隣国との小競り合いで結構荒らされましたよ……」
御者が呟く。
「……あの雄大な山を!」
「質の悪いモンスターどもが住み着いて、難儀しています……」
「……村の人々はあったかいぞ!」
「冒険者連中が幅を利かせているからか、わりと冷めていますよ……」
「……田舎最高!」
「随分と食い違いがあるようですが⁉」
イオナがリュートのテンションに困惑する。
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