「……」
明くる朝、街の外に帝王軍が軍勢を展開する。
「むっ……?」
「……どうした?」
「いえ、馬車が一台、物凄い勢いでこちらに向かってきます」
「一台だと?」
「あ、止まりました……」
馬車から小太りの勇者が降りてくる。
「て、帝王軍め! 勇者である俺が相手だ!」
小太りの勇者が剣を構えて震えながら叫ぶ。
「なに? 勇者だと?」
「ど、どうやらその様で……」
「……知っておるか?」
「いえ、知らない勇者ですが……」
「し、四天王の次はお前らを倒してやる!」
「なにい⁉ あ奴めが、四天王を倒したというのか?」
「ほ、報告とは異なりますが……」
「ふむ……まさかここで嘘を吐くというのも考えにくい……」
「さ、さようでございますな……」
「なれば、見かけによらずの実力者か?」
「そ、その可能性もあるかと……」
「陣を見極め、余のところへ一直線にやって来たというのも頷けるな」
「た、確かに……」
「よし、余が相手をしてやろう」
「て、帝王さま、御自ら⁉ あ、危のうございます!」
「遅かれ早かれ、あの街の連中には、鉄槌を下してやろうと思っておったのだ。まずはあの勇者を血祭りに上げてやる……!」
陣の奥の方から、全身を黒い鎧で包んだ巨躯の男が小太りの勇者の前に進み出る。
「だ、誰だ⁉」
「帝王だ」
「て、帝王⁉ そ、そんなにデカいのか⁉ 俺の五倍はあるじゃないか⁉ 人間じゃない⁉」
「貴様ら人間などという下等な種族と一緒にするな……!」
「くっ……」
帝王の威圧に小太りの勇者が思わず後ずさりする。
「勇者よ、四天王が大層世話になったそうだな。借りを返させてもらおう……」
帝王が大きな鉄槌を取り出す。
「⁉ デ、デカっ⁉」
「食らえ!」
「坊ちゃま!」
「うおっ⁉」
飛び出したシャルが、小太りの勇者を抱えて、帝王の攻撃をかわす。
「ほう……なかなか良い動きだな、小僧……」
帝王が感心する。
「シャ、シャル……」
「坊ちゃまは馬車の方に下がっていてください……!」
シャルが剣を抜いて構える。帝王が鼻で笑う。
「ふん、貴様もその貧相な武器で戦おうというのか?」
「ば、馬鹿にするな!」
「それはこちらの台詞だ! そんなもので余の攻撃を受けきれるわけがないだろう!」
帝王が再び鉄槌を振りかざす。
「ならば、受けなければいい!」
「むっ⁉」
シャルが攻撃をかわすと同時に、帝王の手に斬りつける。
「くっ、指一本、斬り落とせないか……」
シャルが顔をしかめる。
「かわしざまに攻撃するとはやるな……だが、悲しいかな、一撃が軽い……それでは余の体に傷一つつけられはせんぞ……」
「むう……」
「少し助言させてもらおうか……」
「えっ⁉」
いつの間にかリュートがシャルの側に立っている。イオナが慌てて声をかける。
「リュ、リュートさん、危ないですよ⁉」
「それは分かっているさ……」
「それなら!」
リュートはイオナのことを制すると、シャルに語りかける。
「いいか? 生き物ならば、ほぼ必ず共通する弱点がある……」
「……そっ、そうか!」
シャルがリュートの言葉にハッとなる。リュートが笑みを浮かべる。
「ふっ、やはり君は勘が良いな……」
「……それっ‼」
「ぬおおっ⁉」
シャルの投げた槍が帝王の片眼に突き刺さる。
「おまけに筋もいい……思った通りだ……」
リュートが満足そうに頷く。
「お、おのれ!」
「くっ!」
「おっと……」
帝王の反撃の鉄槌が振り下ろされるが、シャルとリュートはそれをかわす。
「うわあああっ⁉」
小太りの勇者が風圧に吹き飛ばされ、馬車の方にコロコロと転がっていく。
「やれやれ運が良いというか、なんというか……」
リュートが呆れながら、小太りの勇者を見つめる。
「坊ちゃま! くっ!」
「勇者さまのことが心配なら着いていけばいい……」
「ええっ⁉」
「さあ……どうする?」
リュートがシャルに問う。
「い、いいえ!」
シャルが首を左右に振る。
「おっ?」
「ここで一度退いてしまったりしては相手に勢いを与えてしまいます! ここで帝王を必ずや討ち果たします!」
「ふむ、ようやく坊ちゃま離れしたな……勇者さまは俺たちに任せておけ」
「はい!」
リュートが馬車の方に向かって歩き出し、シャルがあらためて帝王の方に向く。
「うわああああっ⁉」
小太りの勇者がなおも転がり続ける。
「イオナくん、その球体を止めろ!」
「い、いや、私一人じゃ止められませんよ!」
「うわあああああっ⁉」
小太りの勇者が馬車の横を通過し、街の方へと転がっていく。
「仕方ないな……後で回収するか……」
リュートが後頭部をポリポリと掻く。シャルが剣を構え直して叫ぶ。
「帝王、覚悟しろ!」
「くっ、小僧! 貴様一人で何が出来る!」
「あいにく、お一人ではありません……!」
「なっ⁉」
シャルの後ろに十人の女が並んでいる。
「ここで貴方を倒せば、軍勢はたちまち瓦解します……」
ベルガが眼鏡の縁を触りながら呟く。
「やれるものならやってみろ!」
「お言葉に甘えて……はあっ!」
「うおっ⁉」
ベルガが手をかざすと、雷が落ち、帝王の左腕を切断する。
「ざっとこんなものです……」
「く、くそっ!」
「はあっ!」
「ぐおっ⁉」
帝王が鉄槌を振り下ろそうとするが、アーヴが剣を振るい、帝王の右腕を切断する。
「続いては脚ですね……『ジャックフロスト』!」
「ぬうっ⁉」
ファインが叫ぶと、小さな氷の妖精が何体も現れて、帝王の左脚を凍らせてしまう。
「行くわよ、ルパ!」
「良くってよ~姉さん!」
「一点!」
「集中!」
「ぬおっ⁉」
レプとルパが打撃を叩き込み、凍った左脚を砕く。帝王は片脚で立つ。レプが呟く。
「しぶとい……」
「うおおおっ⁉ 余の闇の力で!」
帝王が咆哮する。帝王の巨躯を黒い影が包む。ユキがすかさず手をかざす。
「ならばこれで!」
「なっ、余の闇を凌駕する光⁉ 光明魔法か⁉ これほどのものは……!」
「まだ行くよ~それっ!」
「よっしゃあ!」
「ぶおっ⁉」
カグラが蒼翠魔法で帝王の右脚を植物の蔦でぐるぐる巻きにし、そこにマイが紅蓮魔法をお見舞いする。蔦はたちまち燃え、帝王の右脚は灰と化し、帝王は仰向けに倒れる。
「ガアアアッ!」
「むおっ⁉」
ドラゴンと化したオッカが炎を帝王に吐きつける。クイナが大剣をシャルに渡す。
「貴方の為に用意した剣です……こんがりと焼けて斬りやすくなったはずです」
「……うおおおおっ‼」
シャルが大剣を振り下ろし、帝王の首を刎ねる。
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