病院での生活にも、少しずつ慣れてきた頃だった。
進也(=さやか)の元には、相変わらずバンドメンバーが見舞いに来ていた。
──"Blue Moon"の仲間たち。
「体の調子はどう?」
リーダーの羽柴蓮が、ベッドの横に椅子を引いて座った。
「うん……まあ、大丈夫」
進也は、曖昧に微笑む。
実際のところ、もう身体は普通に動く。
でも、本当に"大丈夫"なのかは、わからなかった。
「そっか、それならよかった」
陽菜が静かに頷く。
彼女は、ずっと心配そうな顔をしていた。
三浦圭吾が少し明るい声を出す。
「お前さ、これで一生のネタできたじゃん! "死の淵から帰ってきたボーカル"ってウケるだろ?」
「圭吾……」
小田直美が呆れたようにため息をついた。
「いやいや、冗談だって! でもさ、マジで心配してたんだぜ? 事故のニュース見た時、全員ゾッとしたんだからな」
「……うん、ありがと」
メンバーの優しさが伝わってくる。
「そういえば、さやかがバンドにいない間、どうしてるの?」
進也は何気なく聞いてみた。
「……んー……まあ、練習はしてるけどさ」
蓮が言葉を濁す。
「お前がいないと、なんか締まんねぇよなー」
圭吾が笑いながら言う。
「さやかが戻ってくるまでは、曲作りもあんまり進んでないしね」
直美も微笑んだ。
「……私がいなくても、できるんじゃない?」
「……」
一瞬、空気が止まった。
陽菜が、小さく首を振る。
「……そんなこと、ない」
「そうそう! さやかがいないと、音楽が変わっちゃうし!」
圭吾が軽い調子で続ける。
蓮も、小さく頷いた。
「お前の歌詞、やっぱ大事だからな」
進也は、その言葉を聞いて、少しホッとしたような、でもどこか不安な気持ちになった。
──本当に、そうなのか?
──"さやかの歌詞"は、彼らにとってどれほどのものだった?
バンドは、1人ではできない。
だからこそ、進也は気になった。
「……そっか」
そう返すしかなかった。
ふと、進也は気になっていたことを聞いてみることにした。
つい先日も聞いてみたことだ。
事故の前日。
さやかが、何をしていたか。
「あのさ……事故の前の日って、練習してたっけ?」
その瞬間、空気が微かに変わった。
「え?」
直美が、一瞬だけ視線を外す。
「いや、特に何も……」
「普通に、練習してたよな?」
蓮がすぐに答える。
「うん、そんな感じだった」
陽菜も、少しぎこちなく微笑む。
「別に……いつも通りだったよ」
圭吾がそう言った時、進也は確信した。
──やっぱり、何かを隠してる。
でも、"それ"が何なのかは、まだわからない。
進也は、探るようなことをせず、「そっか」とだけ答えた。
「……まあ、しばらくはリハもなしって感じかな」
蓮が呟く。
「また戻ってくるだろ? そしたら、またやろうぜ」
直美が、進也の目をじっと見ながら言った。
「うん……もちろん」
進也はそう言いながら、どこか妙な気持ちになった。
──"戻ってくる"?
──でも、"俺はさやかじゃない"。
もし、このまま"さやか"が戻らなかったら?
もし、本当に"さやか"が消えてしまっていたら?
「……」
考えれば考えるほど、胸の奥が冷たくなった。
メンバーが帰った後、進也はベッドの上で天井を見つめていた。
──バンドの皆は、"事故の前のこと"を意識的に避けていた。
──でも、それが何なのかは、まだわからない。
"違和感"はある。
でも、それをはっきりと掴むことはできなかった。
彼らは、何を隠している?
「……お前は、何を考えてたんだ?」
進也は、小さく呟いた。
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