夏色グラビティ 〜この声がキミに届くまで〜

ステージの上で歌うって、…まじ?
平木明日香
平木明日香

第2話

公開日時: 2025年2月21日(金) 00:44
文字数:1,060





──まぶたが重い。

体が動かない。


進也は、うっすらと目を開けた。

視界は白い。


病院……?


何が、どうなって──


──そうだ。

事故。

バス。

あの衝撃。


急に、息が苦しくなった。

手を伸ばそうとする。

しかし、違和感が走った。


──この手、俺のじゃない。


白くて細い指。

手のひらの感触が、まるで違う。


心臓が跳ね上がる。

自分の喉を押さえた。


「……っ、」


声が、高い。

細い。


「……なに……これ……?」


ガラスに映る自分の顔。


──いや、それは。


「さやか……?」


鏡の中には、進也ではなく、高月さやかがいた。


目の前の人物が、震えるように自分を見つめていた。


ショートカットの黒髪。涙ぐんだ瞳。

進也が何度も見てきた、恋人の顔。


けれど、

さやかの口から出た声は、進也が知る「自分の声」だった。


「……俺?」


彼女──いや、自分?──が呆然としたようにつぶやく。

進也の鼓動が速くなる。


「な、なんだよ……これ……」



呼吸が荒くなる。

意味がわからない。


俺は、さやかの体に入っている?


──じゃあ、俺の体は?


視線を横に向けた。

ベッドの上に、もう一人、横たわっている。

全身包帯だらけ。

顔も、ギプスで覆われている。

心電図がピッ、ピッと静かに鳴っている。


見えない。

でも──わかる。


あれは、俺の体だ。


「……嘘、だろ……」


進也は震えながら、ギプスだらけの"自分の体"を見つめる。


俺は、さやかの体にいる。

じゃあ──さやかは?


「……さやか……?」


震える声で、呼んだ。


返事はない。


「おい……どこだよ……さやか?」


病室を見回す。

いない。

どこにも。


「……っ、さやか!!」


声を張り上げた。

だが、誰も答えない。


ナースコールを押そうとする手が震える。

呼吸が浅くなっていく。


「……どこだよ……お前……」


さやかの姿が、どこにもない。

この世界から、完全に消えている。



頭がぐらぐらする。

息苦しい。


俺の体は、そこにある。

でも、そこにいるのは──俺じゃない。

じゃあ、さやかはどこに?


脳裏に、ありえない考えがよぎる。


──もしかして、俺がさやかになってしまった?


「……ふざけんなよ……」


そんなわけがない。


でも、現実はどうだ?

俺はさやかの体の中にいる。

俺の体は、変わり果てて横たわっている。


でも、さやかは?

さやかの意識は?

俺以外のどこに?


「……そんなの、嘘だろ……?」


手を握る。

それは、さやかの手だった。


でも、俺はさやかじゃない。

俺は……


──じゃあ、"さやか"はどこにいる?


誰も、答えない。


「お前、どこにいるんだよ……っ!」


どこにもいない。

どこを探しても、いない。


高月さやかは、消えた。


そして、俺は、"さやか"になっていた。



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