◇
──まぶたが重い。
体が動かない。
進也は、うっすらと目を開けた。
視界は白い。
病院……?
何が、どうなって──
──そうだ。
事故。
バス。
あの衝撃。
急に、息が苦しくなった。
手を伸ばそうとする。
しかし、違和感が走った。
──この手、俺のじゃない。
白くて細い指。
手のひらの感触が、まるで違う。
心臓が跳ね上がる。
自分の喉を押さえた。
「……っ、」
声が、高い。
細い。
「……なに……これ……?」
ガラスに映る自分の顔。
──いや、それは。
「さやか……?」
鏡の中には、進也ではなく、高月さやかがいた。
目の前の人物が、震えるように自分を見つめていた。
ショートカットの黒髪。涙ぐんだ瞳。
進也が何度も見てきた、恋人の顔。
けれど、
さやかの口から出た声は、進也が知る「自分の声」だった。
「……俺?」
彼女──いや、自分?──が呆然としたようにつぶやく。
進也の鼓動が速くなる。
「な、なんだよ……これ……」
呼吸が荒くなる。
意味がわからない。
俺は、さやかの体に入っている?
──じゃあ、俺の体は?
視線を横に向けた。
ベッドの上に、もう一人、横たわっている。
全身包帯だらけ。
顔も、ギプスで覆われている。
心電図がピッ、ピッと静かに鳴っている。
見えない。
でも──わかる。
あれは、俺の体だ。
「……嘘、だろ……」
進也は震えながら、ギプスだらけの"自分の体"を見つめる。
俺は、さやかの体にいる。
じゃあ──さやかは?
「……さやか……?」
震える声で、呼んだ。
返事はない。
「おい……どこだよ……さやか?」
病室を見回す。
いない。
どこにも。
「……っ、さやか!!」
声を張り上げた。
だが、誰も答えない。
ナースコールを押そうとする手が震える。
呼吸が浅くなっていく。
「……どこだよ……お前……」
さやかの姿が、どこにもない。
この世界から、完全に消えている。
頭がぐらぐらする。
息苦しい。
俺の体は、そこにある。
でも、そこにいるのは──俺じゃない。
じゃあ、さやかはどこに?
脳裏に、ありえない考えがよぎる。
──もしかして、俺がさやかになってしまった?
「……ふざけんなよ……」
そんなわけがない。
でも、現実はどうだ?
俺はさやかの体の中にいる。
俺の体は、変わり果てて横たわっている。
でも、さやかは?
さやかの意識は?
俺以外のどこに?
「……そんなの、嘘だろ……?」
手を握る。
それは、さやかの手だった。
でも、俺はさやかじゃない。
俺は……
──じゃあ、"さやか"はどこにいる?
誰も、答えない。
「お前、どこにいるんだよ……っ!」
どこにもいない。
どこを探しても、いない。
高月さやかは、消えた。
そして、俺は、"さやか"になっていた。
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