夏色グラビティ 〜この声がキミに届くまで〜

ステージの上で歌うって、…まじ?
平木明日香
平木明日香

第6話

公開日時: 2025年2月23日(日) 13:09
文字数:999



進也(=さやか)は、静かにドアを閉めた。


──ここに、彼女がいた。


進也は、喉の奥に苦いものがこみ上げるのを感じながら、そっと部屋の中を見渡した。



壁には、お気に入りのバンドのポスターが貼られている。

ベッドの上には、学校のバッグとギターケース。


机の上には、楽譜が広げられたままになっていた。

ペンが転がっているのを見ると、まるで昨日までここで何かを書いていたように思える。


進也は、ギターケースに目をやった。

さやかは、バンドをやっていた。

それは知っていたが、どんな音楽を作っていたのか、深く聞いたことはなかった。


ゆっくりとケースを開く。


──黒いエレキギターが収まっていた。


手に取ると、指先が自然と弦をなぞる。

けれど、進也自身はギターを弾けるわけではない。


──さやかは、これをどんな気持ちで弾いていたんだ?


考えても、答えは出ない。

それどころか、"さやかの存在が消えている"という事実が、より鮮明になっていく。


進也は、そっとギターを戻した。



机の上に目を戻すと、開かれたままのノートが目に入った。


歌詞のようなものが書かれている。

けれど、ところどころ修正され、消された跡がある。


──さやかは、何かに悩んでいた?


楽譜の横には、もう一冊のノートがあった。


手に取ると、それは日記帳だった。


進也は、ためらいながらもページをめくった。



3月1日

曲がまとまらない。バンドのメンバーとも意見が合わなくて、ちょっと疲れた。

みんな、もっと勢いのある曲がいいって言うけど、私はもう少し歌詞を大事にしたいのに……。


3月3日

進也とディズニーの計画! 楽しみすぎる!!

でも、東京に行くと、やっぱり思うよね。いつか、ここに住みたいなって。

プロになるなら、青森じゃダメなんだろうな……。でも、私にできるのかな。


3月5日

メンバーと喧嘩した。もう、どうしたらいいかわからない。

才能のある人が羨ましい。私には、何もない。


ページをめくるたび、さやかの悩みが見えてくる。

進也は、胸が苦しくなった。


──さやかは、自分の未来に迷っていた。


そして、事故の前日──3月7日。


そこには、たった一行だけが書かれていた。


「明日、私は変わる」


進也の心臓が跳ねた。


「……変わる?」


何を意味するのかはわからない。

けれど、その翌日に事故は起こった。


これが、何かの暗示だとしたら?


進也は、日記を閉じた。


「……変わるって、なんだよ……」


小さく呟いた声は、虚しく部屋に吸い込まれていった。

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