進也(=さやか)は、静かにドアを閉めた。
──ここに、彼女がいた。
進也は、喉の奥に苦いものがこみ上げるのを感じながら、そっと部屋の中を見渡した。
壁には、お気に入りのバンドのポスターが貼られている。
ベッドの上には、学校のバッグとギターケース。
机の上には、楽譜が広げられたままになっていた。
ペンが転がっているのを見ると、まるで昨日までここで何かを書いていたように思える。
進也は、ギターケースに目をやった。
さやかは、バンドをやっていた。
それは知っていたが、どんな音楽を作っていたのか、深く聞いたことはなかった。
ゆっくりとケースを開く。
──黒いエレキギターが収まっていた。
手に取ると、指先が自然と弦をなぞる。
けれど、進也自身はギターを弾けるわけではない。
──さやかは、これをどんな気持ちで弾いていたんだ?
考えても、答えは出ない。
それどころか、"さやかの存在が消えている"という事実が、より鮮明になっていく。
進也は、そっとギターを戻した。
机の上に目を戻すと、開かれたままのノートが目に入った。
歌詞のようなものが書かれている。
けれど、ところどころ修正され、消された跡がある。
──さやかは、何かに悩んでいた?
楽譜の横には、もう一冊のノートがあった。
手に取ると、それは日記帳だった。
進也は、ためらいながらもページをめくった。
3月1日
曲がまとまらない。バンドのメンバーとも意見が合わなくて、ちょっと疲れた。
みんな、もっと勢いのある曲がいいって言うけど、私はもう少し歌詞を大事にしたいのに……。
3月3日
進也とディズニーの計画! 楽しみすぎる!!
でも、東京に行くと、やっぱり思うよね。いつか、ここに住みたいなって。
プロになるなら、青森じゃダメなんだろうな……。でも、私にできるのかな。
3月5日
メンバーと喧嘩した。もう、どうしたらいいかわからない。
才能のある人が羨ましい。私には、何もない。
ページをめくるたび、さやかの悩みが見えてくる。
進也は、胸が苦しくなった。
──さやかは、自分の未来に迷っていた。
そして、事故の前日──3月7日。
そこには、たった一行だけが書かれていた。
「明日、私は変わる」
進也の心臓が跳ねた。
「……変わる?」
何を意味するのかはわからない。
けれど、その翌日に事故は起こった。
これが、何かの暗示だとしたら?
進也は、日記を閉じた。
「……変わるって、なんだよ……」
小さく呟いた声は、虚しく部屋に吸い込まれていった。
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