翌日、進也(=さやか)はスマホを取り出し、バンドメンバーのグループチャットを開いた。
パスワードがどうしてもわからなかったから、ドコモショップに行き、パスワードのリセットをお願いしていた。
指紋認証で解除できるようにしてもらってから、みんなともやり取りができるようになっていた。
──「久しぶりに、みんなと会いたい」
そうメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
蓮:「お、いいね!」
陽菜:「私も行く」
直美:「さやかが元気そうで良かった」
圭吾:「焼肉行く?(笑)」
──この何気ないやりとりも、進也には"異世界の会話"のように感じられた。
でも、今は彼らの話を聞く必要がある。
数時間後、進也(=さやか)は待ち合わせ場所のカフェへ向かった。
カフェの奥の席で、バンドメンバー4人が待っていた。
「おー、さやか! ちゃんと生きてるか?」
「だから病人扱いしないの!」
圭吾がふざけて言い、直美が軽くツッコミを入れる。
進也は席につき、ドリンクを注文した。
そして、本題に入る。
「……ねえ、私の歌ってさ……みんなにとって、どんな感じだった?」
メンバーが、一瞬黙る。
蓮が、コーヒーを混ぜながら答えた。
「どんなって……お前が書いてた歌詞のことか?」
「うん」
進也は、真剣な眼差しで彼らを見た。
「私は、どんなことを歌ってた?」
陽菜が、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。
「……さやかの歌詞って、"まっすぐ"だよね」
「まっすぐ?」
「うん。何かこう……"誰かに届いてほしい"って気持ちが、すごく強い感じがする」
進也は、心臓が跳ねるのを感じた。
──まさに、ノートに書かれていた"さやかの想い"と同じだった。
(やっぱり、さやかの歌は"誰かに届けるため"のものだった……)
「……そっか」
進也が呟くと、今度は圭吾が腕を組みながら言った。
「まあ、俺は歌詞の意味とかあんまり深く考えないけどさ」
「お前はもうちょい考えろ」
蓮がツッコむ。
「でもさ、さやかの歌詞って、どこか"悲しさ"があるんだよな」
「悲しさ……?」
進也は、思わず聞き返した。
「うん。楽しい曲でも、どこか"寂しい感じ"がするっていうか……」
「……」
それは、進也にとって"新しい気づき"だった。
(さやかは、歌で"誰かを笑顔にしたい"と思っていた。でも……)
("楽しい歌"なのに、どこか"悲しさ"がある……?)
進也は、圭吾の言葉が引っかかった。
──それって、"母親のこと"が影響しているのか?
「さやかの歌って、"希望"と"寂しさ"が入り混じってる感じなんだよ」
今度は、直美が優しく言った。
「それが、私は好きだった」
「……そうなんだ」
進也は、ゆっくりと頷いた。
"希望と寂しさ"。
──確かに、それは"さやかの人生そのもの"だったのかもしれない。
母親が笑ってくれるのが嬉しかった。
でも、母親はいなくなった。
それでも、歌うことで"誰かのために"なりたいと思っていた。
──その想いが、彼女の歌に込められていたのだろう。
だが、そこでふと疑問が浮かんだ。
(……もし、さやかが本当にそれを貫きたかったなら、なんで"あのノート"を隠してたんだ?)
机の底に、埋もれるようにしまわれていたノート。
──まるで、"誰にも知られたくなかった"かのように。
進也は、何かが引っかかるのを感じた。
「ねえ、さやか」
蓮が、少し真剣な顔で言った。
「……お前さ、本当にバンド、またやる気あるのか?」
その言葉に、進也はドキリとした。
「え?」
「いや、事故のこともあるしさ。無理に戻らなくても……って思うんだけど」
「そ、そうだよね……」
進也は、適当に答えながら考えた。
──もしかして、蓮は"何か"を知っているのか?
(……でも、それを今、聞くのはまだ早い)
「ううん、私は……戻りたいよ」
そう言うと、蓮は少し寂しそうな笑顔を見せた。
「……そっか」
その一言が、やけに引っかかった。
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