進也は、家の中をもう一度探した。
そして、物置の奥にある"古い箱"を見つけた。
中を開くと、そこには──
一枚のCDがあった。
表面には、シンプルなデザインと、母の名前。
──「TAKATSUKI RISA / First Melody」
(……母さんの、アルバム?)
進也は、息を呑んだ。
CDプレイヤーにディスクを入れる。
ゆっくりと、静かなピアノの音が流れ出した。
そして──
女性の、透き通るような歌声が響いた。
──「光の向こうに、私はいるの?」
──「答えのない旅を、いつまで続ければいい?」
進也は、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
(……この声、どこかで……)
そうだ。
──さやかの声に、よく似ている。
進也は、イヤホンを耳に押し付けるようにして聴き続けた。
歌詞のひとつひとつが、どこか切なく、それでいてまっすぐだった。
──"さやかの歌詞"と、どこか似ていた。
(……さやかは、ずっとこの声を聴いて育ったんだな……)
進也は、知らないはずの感情が、自分の中に湧き上がるのを感じた。
母のようになりたかった。
母のように歌いたかった。
──それが、"さやかの原点"だったのだ。
「……そのCD、どこで見つけた?」
声に驚いて振り向くと、そこには兄・直哉が立っていた。
「……物置の奥にあった」
進也がそう言うと、直哉はため息をついた。
「そうか……まあ、別に隠してたわけじゃないけどな」
「……お母さん、歌手だったの?」
直哉は、少しだけ沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、"TAKATSUKI RISA"っていう名前で活動してた。メジャーデビューもしてたんだ」
「メジャーデビュー……」
進也の心臓が、ドクンと脈打つ。
「でもな、最初のアルバムはそこそこ売れたんだけど、2作目以降、ヒット作に恵まれなくて……。どんどん、追い詰められていったんだ」
進也は、息を呑んだ。
「……それで、家を出たの?」
「……ああ」
直哉は、少し顔を曇らせる。
「"もう一度本当の自分を探し直す"って言って、家を出て行った」
「……」
「俺も、父さんも、納得できなかったよ。家族を捨ててまで、"夢"を追いかけるのかってな」
直哉は、苦笑いを浮かべた。
「結局、母さんはその後も大きな成功を掴むことはできなかった。結局、"家族"も"音楽"も、どっちも失ったんじゃないかって……俺は、そう思ってた」
進也は、拳を握った。
──でも、さやかは違った。
さやかは、そんな母の声に憧れていた。
そんな母の歌を愛していた。
(……さやかは、それでも母さんみたいになりたかったんだ)
そして、さやかは母親のいなくなった家で、自分なりの歌を作り続けた。
誰かに届くようにと願いながら。
それが、"さやかの音楽"だったのだ。
夜の間中、進也はベッドの上で、改めて母の手紙を見つめた。
──「さやかが、本当に歌いたいと思った時、その歌を"誰のために"歌うのか、考えてほしい」
"誰のために"。
母は、"家族のために"歌えなかったのか?
それとも、"自分のために"歌おうとして、苦しんでいたのか?
(……母さんの"本当の想い"を知りたい)
そして、さやかがなぜ「母のようになりたい」と思ったのかも。
進也は、再び決意する。
──もっと、母親について調べよう。
母親が今どこにいるのか。
彼女が何を考えていたのか。
そして、"さやかが本当に歌いたかったもの"を、見つけるために。
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