青森の冬は長い。
3月に入っても、街の空気にはまだ雪の匂いが残っている。
「やっと暖かくなってきたな」
杉浦進也は、そう言いながら彼女の手を握った。
高月さやかは、その手を振りほどくことなく、少しだけ握り返す。
「東京は、もっと暖かいんだろうね」
「だろうな。桜、咲いてるかな?」
「うわ、それはテンション上がる!」
2人は青森市内のバス停に並んでいた。
今夜、このバスに乗れば、朝には東京。
青森の静かな夜と違い、ネオンが輝く都会の夜。
そして、初めて行く東京ディズニーランド。
進也とさやかは、ずっと前からこの旅行を楽しみにしていた。
部活の練習や、バンドの練習、勉強……。
色々なことを頑張ってきたご褒美のようなものだった。
さやかは最近、バンドのことで悩んでいたけれど、今日はそれを考えないことにした。
進也は野球部の朝練が終わった後も、ずっと東京のことを話していた。
「ディズニーって、そんなにすごいのか?」
「いや、すごいとかじゃなくて……もう、夢の国なの! 夢の国!」
バスの時間が近づく。
2人は顔を見合わせ、笑った。
当たり前のように、幸せな時間だった。
大型バスの車内は、すぐに消灯された。
進也は窓側、さやかは通路側。
「お前、寝るとすぐ寄りかかるよな」
「えー、じゃあ今のうちに言っとくね。お世話になります」
さやかはそう言って、進也の肩にもたれた。
進也は、しょうがないなという顔をしながらも、頭を動かさないようにした。
バスは青森市を出て、東北自動車道を南下していく。
外の景色はもう見えない。
ただ、静かなエンジン音だけが響いていた。
進也もさやかも、すぐに眠りについた。
次に目を開けたら、そこは東京のはずだった。
──だが、その瞬間は訪れなかった。
ゴォォォォォ……!!
耳をつんざくような衝撃音。
バスが、ありえない角度に傾いた。
「……っ!?」
誰かの叫び声。
悲鳴。
重い何かがぶつかる音。
前の座席に叩きつけられる感覚。
進也は、さやかの名前を叫ぼうとした。
だが、声が出なかった。
視界が真っ赤になった。
意識が、そこで途切れた。
……目が、開かない。
体が、動かない。
どこだ? ここは。
寒い。いや、寒いのか?
耳鳴りがする。
かすかに、人の声が聞こえる。
「……容体は?」
「……意識不明。頭部外傷……」
誰のことを言っているんだ?
進也は、必死に意識を浮上させようとする。
まぶたが、重い。
けれど、どうにかして開けなければならない気がした。
──ぼやけた視界の先に、白い天井が見えた。
病院……?
自分の手を動かそうとする。
だが、感覚がない。
すると、視界の端で何かが動いた。
誰かが、自分の顔を覗き込んでいる。
髪の長い……女の子?
「……進也……?」
声が、震えていた。
さやか……?
どうして、そんな顔をしているんだ?
まるで、鏡を見ているみたいに……。
──いや、違う。
「なんで……俺の声……?」
進也が発したはずの声は、
さやかのものだった。
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