「……また抜け出すんじゃないぞ」
父親に見送られながら、進也(=さやか)は病院に戻った。
数日は安静にするように言われている。
けれど、もう体は十分動く。
──それでも、"さやかの意識"は戻らない。
それが、進也を不安にさせていた。
病院に戻って二日目の昼、病室のドアが勢いよく開いた。
「おおーっ! さやかー! 生きてたかー!!」
「おい、病室なんだから静かにしろって……」
騒がしい声に驚き、進也が振り向くと、そこには4人のバンドメンバーが立っていた。
「Blue Moon」のメンバー──羽柴蓮、真壁陽菜、三浦圭吾、小田直美。
彼らが、病室を訪れた。
「お前、急に事故なんて……マジで心配したんだからな」
「さやかがいないと、バンド回んないし」
「うるさい圭吾。とにかく、無事でよかった」
"俺の知らない世界の人たち"が、俺を"さやか"として見ている。
進也は複雑な気持ちだったが、今はどうすることもできなかった。
「とりあえず、これ」
蓮が差し出したのは、バンドメンバー全員の寄せ書きが書かれた色紙だった。
「元気になったら、またバンドやろうな!」と大きく書かれている。
「……ありがとう」
自然と口から出た言葉は、"さやかの言葉"のような気がした。
「で、調子はどう?」
陽菜が問いかける。
「……まあ、大丈夫……かな」
「そっか……本当に、良かった……」
小田が小さく微笑む。
進也は、"さやか"として会話を続けながら、彼らとの関係を探っていった。
──でも、違和感があった。
蓮は明るく振る舞いながらも、どこか落ち着かない様子だった。
圭吾は、何か言いたげにこちらを見ている。
陽菜は、さやかの目を真正面から見ようとしない。
小田は、無理に明るくしているように見えた。
──何かある。
バンドメンバーの中に、さやかが事故に遭う前の"違和感"を知っている者がいる。
「……そういえば、事故の前の日……」
進也が何気なく口にした。
「私……何か話してたっけ?」
その瞬間、全員の表情が固まった。
「え?」
「……あ、いや……」
「その……特に、何も……」
明らかに"何かを隠している"空気が流れた。
進也の心臓が早鐘を打つ。
──さやかは、事故の前に"何か"を言っていた。
──けれど、彼らはそれを話したくない。
「明日、私は変わる」
日記に残された言葉と、メンバーの反応。
──さやかは、事故の前日に何かを決意していた。
「……ごめん、なんでもない」
進也は、それ以上は聞かなかった。
でも、確信した。
このバンドの中に、さやかの"最後の気持ち"を知る人間がいる。
それを知ることが、"さやかが消えた理由"に繋がるかもしれない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!