最悪______…それが男の脳から処理され、出てきた
言葉だった。前世は烏天狗であった虚羽(こう)は
羽をもぎ取られ、腹を貫かれ、首を切られるという
悲惨な結末を迎えてしまったので今世こそは
平穏に、平和に生きようと考えていた。
なのに、だ。決意したはずなのにどうして目の前に
己を殺した人物がいるというのだ。頼むから、
前世と同じく、今世も人生を狂わせさせないで
くれ。それが虚羽の願いだった。
元々、菓子を作るのが好きだった。前は材料が
揃わず、作らなかったが、今は好きなように
作ることが出来る。両親を虚羽は説得した。
菓子作りに専念したい。将来、店を立てて
恩返しをすると。両親は虚羽の想いを汲み取り、
毎年誕生日には虚羽にはとても手が出せない
菓子や、菓子を作る為に必要な機会を買って
くれた。今世は親に恵まれた虚羽は、しっかり
親孝行がしたいと思った。その為に出来ることは
前世でいう寺子屋、学校へ行き、学び、得意として
いた菓子づくりで親を喜ばせたかった。
決まった友人も作らなかった為、菓子作りに
専念できた。高校を卒業し、資金も貯まり、
ようやく店をオープンさせた。客はお年寄りばかり
だったが、それだけでも嬉しかった。誰かを笑顔に
することができれば。なのにだ。ある雨の日に
店へとやって来た客は前世でもよく見た新選組の
若者にそっくりだった。名前は知らないが。
その男は濡れたままカウンター席に座った。
黙ったままだったので、痺れを切らした虚羽は
店の奥からタオルを取り、男の頭に乗せてやった。
男は驚いた様で、肩を跳ねさせた。警戒して
いるようだ。虚羽は冷静に伝える。
「貴方が濡れていると他のお客様にも迷惑
ですので」
冷たく、それでも慰めているつもりだった。
男の涙を見るまでは。机に汗のようなものを
落とし、肩を震わせていた。
「…はぁ」
溜息を一つ吐き、無言でまだ温かい紅茶をカップに
入れ、シフォンケーキと共に男の目の前に置く。
「これでも食べて早く泣き止んでくれませんか。
ただでさえ雨なのにこっちまで暗い気分になります
から」
男は黙ってフォークを握り、シフォンケーキを
一口ほうばった。その瞬間、目を丸くする。
「なにこれ…めっちゃ美味い」
あれほど泣いていたはずの顔はたちまち笑顔に
なる。虚羽もいつの間にか口元に
笑みが浮かんでいた。扉が開く音がする。
雨が止み、久方ぶりの常連客がやって来た。
「皆さん、今日は何をご注文で?」
「いつものお願いね」
「かしこまりました」
いつもと変わらない会話だ。すると、先ほどの男が
レジに立っていた。急いで向かう。
「お兄さん、さっきはありがとね」
まさか礼を言われるとは思わなかったので逆に
戸惑う。
「い、いえ。御礼を言われるほどのことを
したわけではありませんし」
お釣りを手渡す。男は虚羽の手を握る。
突然のことで戸惑う。その様子を見ているのか
それでも、と男は続ける。
「あの紅茶とケーキが無ければ俺はいつまでたって
もメソメソしてたままだったから。だから、
ありがとう。…それでさ、また来ても良い?」
もじもじと、言いづらそうにたずねてくる。
「もちろん、またいらっしゃってください」
温かい笑みを向けた。客が増えることは
良いことだ。男は安心した様子だ。
「そっか、なら良かった。お兄さん、名前は?」
「虚羽、玖璐淮虚羽と言います。
虚をこ、と読んで、羽のう、でこうです。」
男は苦笑する。
「難しい名前でなぁ…。ま、良いか。虚羽さん、
俺は沖藍奏(おきあいそう)宜しくな!」
虚羽にとっては眩しい笑顔を向け、
店を去った。嵐のように去っていった沖藍に
虚羽は精神的に疲れた様子だ。
「あらあら、やっと虚羽ちゃんにも友達が出来た
のね」
「まだ客ですから!」
常連客のマダム達に安心されたが、断じて違う。
それに友達にはなりたくはない。何故なら彼…
沖田総司はあの男の…仲間であったのだから。
沖藍奏は、沖田総司さんのことです。
思ったより、虚羽さんの前世が重くなってしまい
ました…。その代わり、今世では幸せに自由に
生きてもらいます。←これは強制。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!