エクリを連れて親方の元にやってくると、掃除道具を見せながら尋ねた。
「親方、こいつには通気口の掃除をさせたいんだが、構わないか?」
「……好きにしろ」
親方の了解を得られると、エクリを機関場のダクトに連れてきた。
ホコリとゴミの溜まったダクトを見て、エクリが顔をしかめる。
「……………………この中に入るの?」
「そうだ」
「いやいやいや……。無理でしょ! 狭いし、汚いし……」
「だからお前が掃除するんだろうが」
汚いからこそ掃除の必要がある。
現状、機関場で働く人間の中で最も小柄なのがエクリだ。
ゆえに、この仕事はエクリにしか任せられないのだが……
「ねえ、あたしたちデストラーデを倒しに来たのよね? なんで真面目に働いてるわけ……?」
「誰が真面目に働いてるって?」
懐から配管図の写しを出すとエクリに見せた。
「このダクト、船内の至るところに通じてるらしい」
その気になれば、船橋(ブリッジ)にもデストラーデの部屋にも行けてしまう。
まさしく魔法の通路である。
「そんなに便利なら、ここを掌握しない手はないだろ」
俺の言葉にやる気が出たのか、エクリが決意を固めた様子で頷いた。
「……そうね。泣き言を言ってる場合じゃなかったわ」
ダクトに入ろうとするエクリに、スプレー缶を渡す。
「これも持ってけ」
「…………なにこれ?」
「殺虫剤だ。クモやらムシが出るらしいからな。念の為注意しとけ」
「ひぃぃぃぃ!!!!」
再び及び腰になるエクリに、俺は再度説得をするのだった。
親方の指示に従って黙々と作業をしていると、見慣れない男が現れた。
「お前が新しく入った機関士か?」
「そうだが」
「ハッ……なかなかいい面構えをしている」
なんだアンタは。そう言おうとしたところで、ゴリとサルの手が止まった。
「なっ……」
「デストラーデ……様」
「なに?」
こいつがデストラーデ海賊団の頭領、デストラーデか。
年こそ俺と大差ないが、纏う覇気はたしかにタダ者ではない。
俺が警戒しているのを感じたのか、デストラが軽く手を上げた。
「そう構えるな。最初こそ捕虜だったが、今は俺の仲間だ。……違うか?」
「……そうだな」
「だったら、過去のことは水に流して、俺に尽してくれ」
和解の証とばかりにデストラーデが手を差し伸べる。
その手をとると、俺はかねてから気になっていたことを尋ねた。
「なあ、ボス。ひとつご教示願いたいんだが……」
「言ってみろ」
「普通、海賊ってのは多くて20隻程度の船しか持てないらしい。規模の大きさに比例して、警備隊やら帝国軍に目をつけられやすくなるからな……。
だが、ボスは100隻単位の船に、帝国軍にも劣らぬ精鋭を揃えていると聞く。
帝国軍や警備隊、冒険者にも狩られずこれだけ大規模な海賊団を作るなんて、誰にでもできることじゃない」
「わかってるじゃないか、お前」
俺におだてられデストラが得意な顔をする。
「だが、一つ解せないことがある。これだけ大規模な戦力を持ちながら、なぜ冒険者にも帝国軍にも討伐されずに生き残っている」
「ちょっ……!」
「バカ野郎っ……!」
慌ててゴリとサルが止めに入る。
「す、すいやせん。コイツ、まだ新人なもんで……」
「こンのバカ野郎が……! デストラーデ様に向かってなんてことを……」
俺を叱責しようとするゴリとサルを制し、デストラーデが考えるような仕草をした。
「なぜ生き残ってるか、か……。いい質問だ」
俺に歩み寄ると、そっと口を寄せた。
「……俺は運がいいんだ。誰よりもな」
「……なに?」
それだけ言い残し、デストラーデは機関場をあとにするのだった。
一連の話を聞いたエクリが、拍子抜けといった様子で息をついた。
「なあんだ。……じゃあ、結局デストラの秘密はわからずじまいじゃない」
「そうでもないぞ」
なぜはぐらかしたのか。
「普通、冒険者に向かって『どうして強いんだ?』って尋ねたら、船の性能やら本人の腕前やら自慢されるだろ」
「それもそうね……」
「『運が良かっただけだ』、なんて言うヤツは自分を謙遜してるか……」
「何かを隠している……ってこと?」
エクリの推測に頷く。
「わざわざはぐらかしたのは、探られたくない腹があるからだ。……それこそ、知られたら一発で逆転されそうな秘密があるとかな」
いずれにせよ、デストラーデの秘密を掴めれば、懸賞金に大きく近づくことができるのは間違いなさそうだ。
俺が思案していると、エクリがため息をついた。
「シシーに訊ければ話が早かったのに……。電波がないから連絡とれないし……」
やはりというか、海賊船だけあって、外部との通信が制限されていた。
不用意に外と連絡が取られては、位置情報や内部の情報が漏洩してしまうため、考えてみれば当然のことではある。
とくに、人質を勧誘してメンバーを増やしている海賊であれば、末端を信用できないのはなおのことだ。
「こういう時こそ、あいつの出番だな」
次の方針を固めると、同じく潜入しているライのところへ向かうのだった。
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