追手は、白い鎧を身につけた騎士の一団だった。
少女を追い、繁茂する枝葉をかき分けて、次々と広場へと到着する。
全部で、五人。
《無力な小娘一人に随分な数だが……
こ奴らは、何者だ?》
「ウェルドナン帝国騎士団の、聖騎士たちです」
《ウェルドナン……帝国だと?》
「そろそろ観念していただけましたかな、シヴィル様」
居並ぶ騎士たちの内、隊長格らしい一人が、ゆっくりと歩み出て、剣を手にした少女に近づいてくる。
「もはやどこにもお逃げになることはできませぬ。
さあ、陛下がお待ちかねでございますぞ」
まるで高貴な相手に接するようで、そのくせ尊敬を伴わない、慇懃無礼な騎士の言葉。
《小娘、お前は何者なのだ?》
少女は答えなかった。
代わりに、
「御使い様。どうか私にリドリス神のご加護を。今はまだ、あの者たちの軍門に下るわけにはいかないのです」
その声には、ただの無力な少女とは思えない、決意の色が滲んでいた。
ふん、と魔王は鼻で笑って、
《我はお前の言う御使いとやらではない。リドリスの加護なぞくれてはやれぬ。
だが――
ウェルドナン、と名のつく者が相手なら、憂さを晴らすに丁度良い。
お前の身体、使わせてもらうぞ》
剣の柄から少女の腕、そして身体中に、魔王の意思が広がっていく。
「ふむ、非力とはいえ、動かせる身体というのはいいものだな」
少女の声で、魔王は愉しげに呟いた。
先手必勝、問答無用で襲い掛かり皆殺しだ!
久々の身体、久々の闘争、久々の殺戮。
魔王は喜々とした笑みを浮かべ、五人の騎士たちに飛び掛かった!
怯えているばかりだと思っていた少女の動きに、騎士たちが驚愕する。
「くっ!」
「相手は剣の心得も持たぬ娘、怯むな!」
かつて魔族七軍を率い、アインファ全土に戦乱を巻き起こした魔王ダムサダール。
畏怖をもって語られるのは、強大な魔力のみならず、凄絶な剣の冴えも、その一つであった。
その剣の一薙ぎは、死の一薙ぎ。
騎士たちは獣のように獰猛で、俊敏な動きに翻弄され、悲鳴と共に次々と地に伏していく。
殺戮に容赦はない。
全て殺し、魂まで食らってやる。
少女の姿をした魔王は瞬く間に五人の騎士を窮地に追い込んだ。
彼らの身を包む堅牢な鎧や盾をも、魔王の振るう剣は紙の如く斬り裂き、硝子の如くに砕く。
「どれもこれも弱すぎる。我の新たな身体には到底成り得ぬ脆弱さよ!」
期待はしていなかったが、思った以上の手応えのなさに、魔王はすっかり『敵』たちへの興味をなくしていた。
「使えぬ者に価値はない。心置きなく死んでゆけ。せめてその魂、我が糧としてくれよう!」
眼前に這いつくばる騎士たちに、魔王は止めの刃を振りかざした。
しかし――
何故だ……止めを刺すことができない!
剣を手にした腕が、まるで動かせない……
これは、もしや――
小娘の意思に、身体を縛られている!?
《そこまでで充分です、御使い様!》
身体の支配を奪うと同時に、意識の奥に押し込めたはずの少女が、魔王に制止の声を上げる。
《剣をお引き下さい、命を奪ってはなりません!》
(馬鹿な、我に逆らえるだと、こんな小娘が……!)
全盛期の魔力こそ失ったといえ、今も魔王の有する力は強大だ。
ひとたび憑依され、支配されようものなら、それに逆らい、身体の支配権を取り戻せる者など、いないはずであった。
その一瞬の隙に――
「この、魔物めがッ!」
そのすぐ足下に倒れていた騎士の一人が、必死の形相で槍を掴むと、少女の腹部を刺し貫いた!
予想外の不覚であった。
目を見開いたまま動きを止めた少女を後目に、もはや騎士たちはその矜持も忘れ、脱兎の如く逃げ出していった。
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