魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【2】四百年ぶりの闘争

公開日時: 2021年10月13日(水) 11:22
文字数:1,454

追手は、白い鎧を身につけた騎士の一団だった。

少女を追い、繁茂する枝葉をかき分けて、次々と広場へと到着する。

全部で、五人。


《無力な小娘一人に随分な数だが……

 こ奴らは、何者だ?》

「ウェルドナン帝国騎士団の、聖騎士たちです」

《ウェルドナン……帝国だと?》



「そろそろ観念していただけましたかな、シヴィル様」 

 居並ぶ騎士たちの内、隊長格らしい一人が、ゆっくりと歩み出て、剣を手にした少女に近づいてくる。

「もはやどこにもお逃げになることはできませぬ。

 さあ、陛下がお待ちかねでございますぞ」

 まるで高貴な相手に接するようで、そのくせ尊敬を伴わない、慇懃無礼な騎士の言葉。


《小娘、お前は何者なのだ?》

 少女は答えなかった。

 代わりに、




「御使い様。どうか私にリドリス神のご加護を。今はまだ、あの者たちの軍門に下るわけにはいかないのです」

 その声には、ただの無力な少女とは思えない、決意の色が滲んでいた。

 ふん、と魔王は鼻で笑って、

《我はお前の言う御使いとやらではない。リドリスの加護なぞくれてはやれぬ。

 だが――

 ウェルドナン、と名のつく者が相手なら、憂さを晴らすに丁度良い。

 お前の身体、使わせてもらうぞ》


 剣の柄から少女の腕、そして身体中に、魔王の意思が広がっていく。

「ふむ、非力とはいえ、動かせる身体というのはいいものだな」

 少女の声で、魔王は愉しげに呟いた。




 先手必勝、問答無用で襲い掛かり皆殺しだ!


 久々の身体、久々の闘争、久々の殺戮。

 魔王は喜々とした笑みを浮かべ、五人の騎士たちに飛び掛かった!


 怯えているばかりだと思っていた少女の動きに、騎士たちが驚愕する。

「くっ!」

「相手は剣の心得も持たぬ娘、怯むな!」


 かつて魔族七軍を率い、アインファ全土に戦乱を巻き起こした魔王ダムサダール。

 畏怖をもって語られるのは、強大な魔力のみならず、凄絶な剣の冴えも、その一つであった。


 その剣の一薙ぎは、死の一薙ぎ。

 騎士たちは獣のように獰猛で、俊敏な動きに翻弄され、悲鳴と共に次々と地に伏していく。




 殺戮に容赦はない。

 全て殺し、魂まで食らってやる。


 少女の姿をした魔王は瞬く間に五人の騎士を窮地に追い込んだ。

 彼らの身を包む堅牢な鎧や盾をも、魔王の振るう剣は紙の如く斬り裂き、硝子の如くに砕く。

「どれもこれも弱すぎる。我の新たな身体には到底成り得ぬ脆弱さよ!」

 期待はしていなかったが、思った以上の手応えのなさに、魔王はすっかり『敵』たちへの興味をなくしていた。

「使えぬ者に価値はない。心置きなく死んでゆけ。せめてその魂、我が糧としてくれよう!」

  眼前に這いつくばる騎士たちに、魔王は止めの刃を振りかざした。

 しかし――


 何故だ……止めを刺すことができない!


 剣を手にした腕が、まるで動かせない……

 これは、もしや――

 小娘の意思に、身体を縛られている!?


《そこまでで充分です、御使い様!》

  身体の支配を奪うと同時に、意識の奥に押し込めたはずの少女が、魔王に制止の声を上げる。

《剣をお引き下さい、命を奪ってはなりません!》


(馬鹿な、我に逆らえるだと、こんな小娘が……!)

 全盛期の魔力こそ失ったといえ、今も魔王の有する力は強大だ。

 ひとたび憑依され、支配されようものなら、それに逆らい、身体の支配権を取り戻せる者など、いないはずであった。


 その一瞬の隙に――




「この、魔物めがッ!」

 そのすぐ足下に倒れていた騎士の一人が、必死の形相で槍を掴むと、少女の腹部を刺し貫いた!


 予想外の不覚であった。


 目を見開いたまま動きを止めた少女を後目に、もはや騎士たちはその矜持も忘れ、脱兎の如く逃げ出していった。

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