《御使い様は、ご存知のことと思いますが――
四百年前、このアインファの地を攻め滅ぼそうと企んだ、邪悪なる魔王・ダムサダール……
戦女神リドリスより賜った神剣にて、その魔王を滅ぼしたのが、我が父祖にして英雄、ウェルドナンです》
(忘れるものか。
ウェルドナン、そしてリドリスめ…)
《戦いの後、ウェルドナンは自らの国を作り、その血筋は帝国皇帝の系譜・アルデウス家と、リドリス神より魔王の復活を阻止する使命を授かった巫女の系譜・アルフィナス家に分かれました》
《その当代のリドリスの巫女が、お前というわけか》
《はい》
(なるほど……
よりにもよって、我が怨敵に連なる娘を救ってしまった、というわけか。
しかし、わからぬことがいくつかある)
《なぜ巫女のお前が、帝国の騎士などに追われているのだ?
リドリスはウェルドナンに恩寵を与えた神。
そのウェルドナンが築いた帝国ならば、リドリスの巫女もまた敬われるべき存在であろう?》
《それは――
ウェルドナン帝国皇帝・ゼノヴィスこそが、魔王の復活を目論む張本人だからです》
《皇帝……ゼノヴィス?》
《皇太子時代の兄様……ゼノヴィスは、争いを嫌う穏やかで理知的な人でした。
先の皇帝が病に倒れ、その跡を継いで即位するや、ゼノヴィスは好戦的で傲慢な暴君となりました。
配下の聖騎士団を使い、四百年前に魔王の軍が残した遺物や禁呪の文献などを集めさせ……
そして、魔王を復活させ、自らに憑依させることでその力を我が物とすることを思いついたのです》
シヴィルの話を聞くに、血筋は分かれたものの、ゼノヴィスとやらとシヴィルは、知己の仲であるらしい。
《魔王ダムサダールは肉体こそ滅びたものの、魂は今もリドリス神のもとで天の獄に囚われているとか。
巫女である私を捕らえ、贄とすることで、魔王の魂を獄より解き放ち、己の身体に宿すつもりなのでしょう》
魔王はその話に、思わず笑いがこみあげてきた。こんな滑稽な話があろうか。
《ふふ……フハハ……ハハハ……!》
《…御使い様?》
《そのゼノヴィスとやらもとんだ道化よな。
残念だがその目論見が叶うことはない。
――この我こそが、その魔王ダムサダールなのだからな!》
丁度いい。 この小娘にもそろそろ、我が何者かを理解させておくべきだろう。
《我はリドリスの御使いなどではない。
リドリスめの裏をかき、ヤツの神剣を依り代とすることで獄を抜け出し、アインファに戻ってきたのだ》
さぞ、小娘も愕然としたことであろう――
……しかし。
《ふふ、御使い様は、冗談もお上手なのですね》
……まさか、こやつ…… 信じていない、だと!?
《魔王ダムサダールは、冷酷無慈悲な邪悪の権化。
見ず知らずの私を、その身をもって懸命に救って下さった御使い様が、その魔王であるはずがありません》
《…………》
そうだ。 我は、本来『そういう存在』であったはずだ。
なのに、何故我は、こんな娘に情けをかけた?
(まさか、この娘の言うように、我が本当に、魔王ではない、などということが……?)
ふとそんなことを考え、魔王は一笑に付した。
《四百年も獄に繋がれると、流石の我も耄碌するようだ。
我が我でないなどと……愚考の極みよな》
そして少女に告げた。
《お前が信じぬなら、まあよい。
まずは、ここから離れるとしよう》
《離れるといっても……これから、どこへ?》
《騎士どもはいずれ再びお前を……我らを追って再び現れよう。いくら雑魚とはいえその度に相手をしてやるのも骨が折れる。
故に、まずは兵を揃えるのだ》
《……私たちに力を貸してくれる兵が、いますでしょうか》
《――いくらでもいるさ。
使い捨てても文句も言わぬ、忠実な兵がな》
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