「この辺りは初めて来たのですが……
この村は、守りがしっかりしていますね。驚きました」
「ここは、帝国に攻め落とされた各地からの避難民たちが集まってできた村なのです。
元はアルマンド伯爵家の別荘地だったのですが、保護を求める避難民たちを受け入れているうちに、いつしか……」
「アルマンド伯爵様は、慈悲深いお方なのですね」
「……ええ……」
なぜか、アレアは言葉を濁した。
「と、もうすっかり暗くなりましたね。
シヴィルさんもお疲れのことでしょう。
一応、この先に交易商向けの酒場と宿もありますが……
良ければ、我が家にお越しくださいませんか?」
先ほどまで見ず知らずだった相手からの、思わぬ申し出に、シヴィルは慌てた。
「そ、そんなわけには!」
「ご遠慮なさらずに。
私もこれから夕餉の支度をするところだったのですが、独りで食べても味気ないですもの。
ぜひ、我が家でご一緒して下さると嬉しいわ」
アレアに案内されて、見知らぬ村の路地を歩く。
その路地の突き当りに小さな家があり、アレアはそこで立ち止まった。
「粗末なところで申し訳ないけれど、どうぞ」
《ここなのか?
『お嬢さん』などと呼ばれていながら、大した家ではないな》
そんな魔王の声は気にせず、
「いいえ。私のような者をご招待して下さったお心遣い、感謝いたします」
シヴィルは心から礼を述べた。
「我が家だと思って寛いでいってね」
招かれた家の中は、狭いながらも整頓されていて、居心地のいい空間だった。
「さぞお腹もすいてるでしょう。
お座りになって、待っていてね」
アレアが用意してくれた食事は、決して豪華なものではなかったが、温かく、美味なものだった。
「お父様がおられると伺っていましたが……
ここには、アレアさんお一人で暮らしているのですか?」
「ええ。父とは、あまり折り合いがよくなくて。
私、一度嫁いで、出戻って来たの。
……って、知り合ったばかりの方に、こんなお話をするのは少し恥ずかしいのですけれど」
「いえ、差し支えなければ、ぜひ」
「父は、私を身分ある方に嫁がせたかったのです。でも、私は父の言いなりにはなれなかった。
若かった私は、家出同然に飛び出して、思い人と一緒になったのです」
「私が選んだ人は、ここから遥か北にある、カズーンという山村の医者でした。
貧しかったけれど、優しく、皆に慕われる人で……
2年余り、暮したでしょうか。幸せな生活でした。
……帝国が、村を攻めてくるまでは」
「……それでは……!」
「ええ。村は焼かれ、夫は私を逃がして、死にました」
「そんな……!」
語りながら、アレアは哀しげにうつむいた。
「私は結局、父の元に戻らざるを得ず……
でも、父とは相いれず、一人ここに暮らしているというわけです」
「そうでしたか……
すみません、辛いお話をさせてしまいました」
「いいえ、シヴィルさんのせいではありませんわ。
でも、お食事時にするには楽しくない話でしたね。忘れてください」
アレアは苦い笑みを浮かべてそう言った後、雰囲気を変えようと思ったのか、声を弾ませて、
「それより、シヴィルさん。
今夜は泊っていって下さるのでしょう?」
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