扉の前にやってきた足音の主は、外側から扉の鍵を開けようとしている。
(どこか、隠れられる場所は……!)
慌てて周囲を見回すシヴィル。
完全にシヴィルの姿が隠れそうなものといえば、部屋の奥にある棺か、片隅にある祭壇しかない。
とっさの判断で、祭壇の陰へと身を潜めると、一瞬遅れて部屋の扉が開き、二人の人間が入ってきた。
一人は、予想通り、死霊術師ゼルゼレイ。
そしてもう一人、その後ろにいるのは――
毅然としつつも、怯えた表情を隠しきれないアレアの姿。
「本当に、約束を果たして下さるのですか」
「ええ。
貴女の働きには、我々も感謝しているのです。
それに――」
ゼルゼレイは、口元を薄笑いに歪めて、
「『彼』もきっと、貴女に逢いたがっていることでしょう」
そして、部屋の奥にある、大きな黒い棺のほうへとアレアを促す。
「さあ、こちらに」
祭壇の陰からその様子を見つめながら。 シヴィルは嫌な予感がした。
(まさか、あの黒い棺の中身は……!)
ゼルゼレイによって棺の蓋が外された。
その中に、横たわっていたもの。
それは――
「エセリオ……!」
アレアが、愛しいその名を呼んだ。
その、白骨化した遺体は――
まぎれもなく、アレアの夫・エセリオのものだった。
「『彼』との久しぶりの再会は如何です?
貴重な薬品を丁寧に塗っておいたのです。
悪くない保存状態でしょう」
まるで自分の蒐集品を自慢するかのようにそう語るゼルゼレイを、アレアはきっと睨みつけて、
「早く彼を、蘇らせてください。
リドリスの巫女様を捕らえる手助けをしたら、彼を生き返らせ、共に暮らせるようにしてくれる――
そういう約束だったはずです」
「もちろんですとも。
約束を違えたりはいたしません。
ですが――」
ゼルゼレイがさも愉快そうに、くっくっと笑い、
「もう彼は、蘇っているのですよ。
この私の『屍操術』によって、我が忠実なる『死骸兵』の一体として!」
その言葉に応じるかのように、棺の中の白骨はカタカタと音を立てて身を起こすと、剣を手に立ちあがった。
「どういう……どういうことです!
これでは――話が違います!」
「これは異な事を。
まさか、死んだ者が生前と全く同じ状態で蘇るなどと、そんな都合のいい術が、本当に存在するとでも思っていたのですか?」
「そんな……!
そんな、それでは……!
エセリオは……あの人は、もう、二度と……?」
愕然と。
アレアは力なく、膝をついてくずおれた。
眼前に立つ変わり果てた夫の姿を目の当たりにして、その瞳から静かに、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「そう、貴女の望みは――
最初から、愚かしい幻でしかない。
死者は、もはや生者には戻れぬというのに」
絶望するアレアの姿を、ゼルゼレイは嘲笑した。
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