魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【4】アレアの告白

公開日時: 2021年11月2日(火) 08:10
更新日時: 2021年11月2日(火) 08:17
文字数:1,792

 シヴィルが囚われた檻の前に足早に近づいてきたアレアは、懐から鍵の束を取り出すと、その一つを使って檻の扉を開けた。



「どうして貴女がここに?」

 解放されたシヴィルからの問いに、


「この屋敷は、元々私の家ですもの。

 それに、この檻には――

 かつて、私の夫が入っていたこともあったのです」

 答えるアレアの表情は、地下の薄闇の中でもなお暗く澱んで見えた。


「どういう……ことなのです?」



「私の父アルマンドは、ルシティア王家に仕える貴族でありながら、王家と対立する帝国と通じていました。

 そして、夫――エセリオは、それを探るために王により送り込まれた密偵だったのです」

「密偵……」

「旅の医師として現れた彼は、当時、病に伏して苦しんでいた私を親身になって治療してくれました。

 でも――」



「用心深い父はエセリオの正体に気づき、この地下の牢獄部屋に閉じ込めました。

 そのことを知り、同時に父が大恩ある王家を裏切り続けていると知った私は、父に反発し――

 そして彼を救い出し、一緒に逃げたのです」


 アレアは伯爵の娘としての身分を捨て、エセリオもまた、彼女の懇願で密使としての任務を放棄し――

 そして二人は夫婦となり、北の山村カズーンに隠れ暮らして、2年の時を過ごした。

 帝国の兵が攻めてくるまで――。


「もしかして、それでは……!」


「ええ。

 カズーンが帝国に攻められたのは、父の差し金でした。

 エセリオを殺し、私を連れ戻すために」


 アレアは怒りをこらえるように、唇を噛んだ。

 そして、再び真剣な表情に戻り、


「……こんな話をしている場合ではありませんね。

 ひとまず、帝国の者たちに気づかれる前に、ここから逃げましょう。

 外への抜け道をご案内します」



 アレアの申し出に、しかしシヴィルは表情を曇らせた。


「ですが、大事な剣を、帝国の……

 ゼルゼレイという男に、奪われてしまったのです。

 ここを去る前に、それを取り戻さなければ――」


「ゼルゼレイ……!」

 その名に、アレアも表情を変えた。


「ご存知なのですか?」



死霊術師ネクロマンサーゼルゼレイ……

 帝国皇帝の密使として屋敷に度々やって来る男です」


死霊術師ネクロマンサー……

 聖騎士はともかく、ゼノヴィスの配下になぜそのような者が……?)


「父はあの男を気に入り、この地下にあの男の研究部屋を与えています。

 おそらく、貴女が奪われたものはそこにあるでしょう」

「では、その部屋を探してみます」

「しかし危険です。

 それに、あの部屋には……」

 アレアは口にしかけた言葉を飲み込むと、


「どうか、このままお逃げ下さい。

 巫女様を、あの者たちの虜囚にさせるわけにはいかないのです」

「私が巫女であると、ご存知だったのですか?」

 シヴィルの問いに、アレアは口を閉ざし、俯いた。



(アレアさん……

 やはり、何かを隠してる)


 シヴィルは、アレアの手をとって、語りかけた。

「私はアレアさんがい人であると信じています。

 こうして、助けに来て下さったのですから。

 ですから、アレアさんも、私を信じて……

 何があったのか、話して下さいませんか」


「……私は、善人などではないのです。

 父と、ゼルゼレイの甘言に乗せられ、リドリスの巫女である貴女を捕らえる手助けをしてしまった……」




『アレアお嬢様。

 我々に協力して下さるなら、貴女の望みを叶えて差し上げましょう。

 なに、我が術を用いれば、造作もないこと。

 お父上――アルマンド伯爵殿も、お許し下さるとのことですぞ』



「ゼルゼレイからの指示で、貴女がこの村に来ることは分かっていた。

 私は親切なふりをして貴女に近づき、油断させて、あの家に泊って下さるよう仕向けたのです」


《あのアレアという女、妙だとは思わぬか?》

《知り合ったばかりの旅人に、家に招待するばかりか寝泊まりまでさせるとは》


(やはりあのとき、御使い様のおっしゃっていたことは、正しかったのですね……)


「それなのに、どうして危険を冒して私を助けに来て下さったのです?」

「それは――」


 続く言葉は、不意に薄闇の向こうから、こちらに向かって近づいてくる騒々しい物音に、途切れた。

 複数の足音と、武具が立てるガシャガシャという音、そして張り詰めた怒声。


「――帝国兵たちだわ!」

 アレアは血相を変えると、シヴィルに手にした鍵の束を渡し、

「私が彼らを足止めします、お逃げ下さい!

 この鍵束で、地下の扉は全て開けられます!

 どうか――どうか、ご無事で!」


 そしてシヴィルの返答も待たず、帝国兵たちのいる方へと、足早に去って行った。

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