シヴィルが囚われた檻の前に足早に近づいてきたアレアは、懐から鍵の束を取り出すと、その一つを使って檻の扉を開けた。
「どうして貴女がここに?」
解放されたシヴィルからの問いに、
「この屋敷は、元々私の家ですもの。
それに、この檻には――
かつて、私の夫が入っていたこともあったのです」
答えるアレアの表情は、地下の薄闇の中でもなお暗く澱んで見えた。
「どういう……ことなのです?」
「私の父アルマンドは、ルシティア王家に仕える貴族でありながら、王家と対立する帝国と通じていました。
そして、夫――エセリオは、それを探るために王により送り込まれた密偵だったのです」
「密偵……」
「旅の医師として現れた彼は、当時、病に伏して苦しんでいた私を親身になって治療してくれました。
でも――」
「用心深い父はエセリオの正体に気づき、この地下の牢獄部屋に閉じ込めました。
そのことを知り、同時に父が大恩ある王家を裏切り続けていると知った私は、父に反発し――
そして彼を救い出し、一緒に逃げたのです」
アレアは伯爵の娘としての身分を捨て、エセリオもまた、彼女の懇願で密使としての任務を放棄し――
そして二人は夫婦となり、北の山村カズーンに隠れ暮らして、2年の時を過ごした。
帝国の兵が攻めてくるまで――。
「もしかして、それでは……!」
「ええ。
カズーンが帝国に攻められたのは、父の差し金でした。
エセリオを殺し、私を連れ戻すために」
アレアは怒りをこらえるように、唇を噛んだ。
そして、再び真剣な表情に戻り、
「……こんな話をしている場合ではありませんね。
ひとまず、帝国の者たちに気づかれる前に、ここから逃げましょう。
外への抜け道をご案内します」
アレアの申し出に、しかしシヴィルは表情を曇らせた。
「ですが、大事な剣を、帝国の……
ゼルゼレイという男に、奪われてしまったのです。
ここを去る前に、それを取り戻さなければ――」
「ゼルゼレイ……!」
その名に、アレアも表情を変えた。
「ご存知なのですか?」
「死霊術師ゼルゼレイ……
帝国皇帝の密使として屋敷に度々やって来る男です」
(死霊術師……
聖騎士はともかく、ゼノヴィスの配下になぜそのような者が……?)
「父はあの男を気に入り、この地下にあの男の研究部屋を与えています。
おそらく、貴女が奪われたものはそこにあるでしょう」
「では、その部屋を探してみます」
「しかし危険です。
それに、あの部屋には……」
アレアは口にしかけた言葉を飲み込むと、
「どうか、このままお逃げ下さい。
巫女様を、あの者たちの虜囚にさせるわけにはいかないのです」
「私が巫女であると、ご存知だったのですか?」
シヴィルの問いに、アレアは口を閉ざし、俯いた。
(アレアさん……
やはり、何かを隠してる)
シヴィルは、アレアの手をとって、語りかけた。
「私はアレアさんが善い人であると信じています。
こうして、助けに来て下さったのですから。
ですから、アレアさんも、私を信じて……
何があったのか、話して下さいませんか」
「……私は、善人などではないのです。
父と、ゼルゼレイの甘言に乗せられ、リドリスの巫女である貴女を捕らえる手助けをしてしまった……」
『アレアお嬢様。
我々に協力して下さるなら、貴女の望みを叶えて差し上げましょう。
なに、我が術を用いれば、造作もないこと。
お父上――アルマンド伯爵殿も、お許し下さるとのことですぞ』
「ゼルゼレイからの指示で、貴女がこの村に来ることは分かっていた。
私は親切なふりをして貴女に近づき、油断させて、あの家に泊って下さるよう仕向けたのです」
《あのアレアという女、妙だとは思わぬか?》
《知り合ったばかりの旅人に、家に招待するばかりか寝泊まりまでさせるとは》
(やはりあのとき、御使い様のおっしゃっていたことは、正しかったのですね……)
「それなのに、どうして危険を冒して私を助けに来て下さったのです?」
「それは――」
続く言葉は、不意に薄闇の向こうから、こちらに向かって近づいてくる騒々しい物音に、途切れた。
複数の足音と、武具が立てるガシャガシャという音、そして張り詰めた怒声。
「――帝国兵たちだわ!」
アレアは血相を変えると、シヴィルに手にした鍵の束を渡し、
「私が彼らを足止めします、お逃げ下さい!
この鍵束で、地下の扉は全て開けられます!
どうか――どうか、ご無事で!」
そしてシヴィルの返答も待たず、帝国兵たちのいる方へと、足早に去って行った。
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