魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【5】死に満ちた部屋

公開日時: 2021年11月8日(月) 03:18
文字数:1,642



 アレアを追うべきか――

 シヴィルは一瞬迷ったが、思い直した。

 彼女はこの屋敷の主の娘だ。 おそらく帝国兵とて危害を加えたりはすまい。

 かえって、自分が共にいる方が、彼女にとってまずい状況になりかねない。


(今のうちに、ゼルゼレイの部屋を探さなければ)


 シヴィルは、アレアに感謝しつつ、別方向の通路から、目的の部屋を探すことにした。


 屋敷の地下は思っていた以上に広く、通路は複雑に入り組んでいる。

 ふと気がつくと、シヴィルは自分が今どこにいるのか、すっかりわからなくなってしまっていた。


(こんな時に、こんな所で道に迷うなんて……!)


 途方に暮れかけたその時、ふと目の前を見ると。

 通路の先に、すう、と白い影が現れた。



(あれは……まさか、幽霊ゴースト?)


 なぜか、恐怖が湧かなかったのは、自分もまたアンデッドとなっているからなのか。


 白い影は、こちらをしばらく見つめた後、手招きをした。

 そしてゆっくりと、通路の先へと進んでいく。


(私を、案内しようしてくれている……?)


 一瞬、戸惑ったものの――


(あの霊に悪意は感じない。

 後をついていってみよう)


 シヴィルは意を決して、白い影を追いかけることにした。


 薄暗い地下通路を漂うように、しかし明確な意思をもって、幽霊は進んでゆく。

 やがて通路は終わり、扉の前で、白い影は現れた時と同様、すう、と姿を消した。



 耳をすませてみたが、扉の向こうに物音や気配はない。


 扉には鍵がかかっている。

 ということは、この部屋の主はどうやら不在であるようだ。


 シヴィルはアレアから預かった鍵束の中から、いくつかの鍵を試し――

 そして、この部屋の合鍵を見つけ出した。


 用心深く、少しだけ扉を開け、中を覗き込む。




「うっ……!」


 その光景に、シヴィルは思わず口元を抑えた。

 扉の向こうは、思っていた以上に広い空間。

 薄暗い部屋の中には、檻や拘束具、血に汚れた拷問具。


「ここは……!」



 そこは、確かに無人――

 否、生きている者はいなかった。


 代わりに、いくつもの屍が、拘束具に吊るされ、横たえられ、無造作に転がされていた。


 部屋の奥には、どす黒い大きな棺が無造作に置かれ。

 そして、部屋の片隅には、悪しき魔術を用いるための禍々しい祭壇。


「死霊術師の、研究部屋…!」


 以前のシヴィルなら、その光景に怯えるどころか卒倒したかもしれない。


(でも今は、怖気づいてる場合じゃない)


 巫女としての使命感ゆえか。

 それとも、自身もまた『死』の側に属する存在となったせいか。


 以前より精神的にも、ずっと逞しくなっていたシヴィルは、一瞬躊躇したものの……

 機敏に部屋の中に入り込むと、静かに扉を閉め、内側から鍵をかけ直した。


(この部屋のどこかに、神剣が…?)


 神剣を探して部屋を見回すが、一見してそれらしきものは見当たらない。

 探しているうちに、部屋の至るところに転がる遺体の無惨な有様に、シヴィルの心は痛んだ。


(ここにいる人たちは、おそらくゼルゼレイによって、術の研究のために……

 せめてこの人たちに、ささやかにでも、鎮魂の祈りを……)



シヴィルは遺体の傍に跪くと、小さくリドリス神の聖句を唱えた。


「この方の魂に、どうか救いと安らぎを……」


 本当は、こんなことをしている場合じゃない。

 いつゼルゼレイが戻るかもわからない状況なのだ。

 一刻も早く、リドリスの神剣を探さなくてはいけない。


 そんなことは、わかっていたが、それでも。


 一つ一つの遺体に、短いながら聖句と共に祈りを捧げていると。

 ふとシヴィルは、自分の周囲に奇妙な光がいくつも漂っていることに気づいた。



 それは、不快なものではなく。

 むしろ、清らかで、暖かな。


(これは――魂の、光……?)


 その輝きのひとつひとつが、まるで音を奏でるように、様々な声が響いた。


《苦痛が、憎しみが、薄れていく……》

《我らに救いを下さった……》

《貴女様に、心からの感謝を》


 それは紛れもなく、彼女の祈りに救われた、死せる者たちの声。


《ご用心を。

 悪しき者が、迫っております》


 そのうちの一つが警告し、そのすぐ後で、シヴィルは部屋の外から近づいてくる足音を聴いた。

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