アレアを追うべきか――
シヴィルは一瞬迷ったが、思い直した。
彼女はこの屋敷の主の娘だ。 おそらく帝国兵とて危害を加えたりはすまい。
かえって、自分が共にいる方が、彼女にとってまずい状況になりかねない。
(今のうちに、ゼルゼレイの部屋を探さなければ)
シヴィルは、アレアに感謝しつつ、別方向の通路から、目的の部屋を探すことにした。
屋敷の地下は思っていた以上に広く、通路は複雑に入り組んでいる。
ふと気がつくと、シヴィルは自分が今どこにいるのか、すっかりわからなくなってしまっていた。
(こんな時に、こんな所で道に迷うなんて……!)
途方に暮れかけたその時、ふと目の前を見ると。
通路の先に、すう、と白い影が現れた。
(あれは……まさか、幽霊?)
なぜか、恐怖が湧かなかったのは、自分もまたアンデッドとなっているからなのか。
白い影は、こちらをしばらく見つめた後、手招きをした。
そしてゆっくりと、通路の先へと進んでいく。
(私を、案内しようしてくれている……?)
一瞬、戸惑ったものの――
(あの霊に悪意は感じない。
後をついていってみよう)
シヴィルは意を決して、白い影を追いかけることにした。
薄暗い地下通路を漂うように、しかし明確な意思をもって、幽霊は進んでゆく。
やがて通路は終わり、扉の前で、白い影は現れた時と同様、すう、と姿を消した。
耳をすませてみたが、扉の向こうに物音や気配はない。
扉には鍵がかかっている。
ということは、この部屋の主はどうやら不在であるようだ。
シヴィルはアレアから預かった鍵束の中から、いくつかの鍵を試し――
そして、この部屋の合鍵を見つけ出した。
用心深く、少しだけ扉を開け、中を覗き込む。
「うっ……!」
その光景に、シヴィルは思わず口元を抑えた。
扉の向こうは、思っていた以上に広い空間。
薄暗い部屋の中には、檻や拘束具、血に汚れた拷問具。
「ここは……!」
そこは、確かに無人――
否、生きている者はいなかった。
代わりに、いくつもの屍が、拘束具に吊るされ、横たえられ、無造作に転がされていた。
部屋の奥には、どす黒い大きな棺が無造作に置かれ。
そして、部屋の片隅には、悪しき魔術を用いるための禍々しい祭壇。
「死霊術師の、研究部屋…!」
以前のシヴィルなら、その光景に怯えるどころか卒倒したかもしれない。
(でも今は、怖気づいてる場合じゃない)
巫女としての使命感ゆえか。
それとも、自身もまた『死』の側に属する存在となったせいか。
以前より精神的にも、ずっと逞しくなっていたシヴィルは、一瞬躊躇したものの……
機敏に部屋の中に入り込むと、静かに扉を閉め、内側から鍵をかけ直した。
(この部屋のどこかに、神剣が…?)
神剣を探して部屋を見回すが、一見してそれらしきものは見当たらない。
探しているうちに、部屋の至るところに転がる遺体の無惨な有様に、シヴィルの心は痛んだ。
(ここにいる人たちは、おそらくゼルゼレイによって、術の研究のために……
せめてこの人たちに、ささやかにでも、鎮魂の祈りを……)
シヴィルは遺体の傍に跪くと、小さくリドリス神の聖句を唱えた。
「この方の魂に、どうか救いと安らぎを……」
本当は、こんなことをしている場合じゃない。
いつゼルゼレイが戻るかもわからない状況なのだ。
一刻も早く、リドリスの神剣を探さなくてはいけない。
そんなことは、わかっていたが、それでも。
一つ一つの遺体に、短いながら聖句と共に祈りを捧げていると。
ふとシヴィルは、自分の周囲に奇妙な光がいくつも漂っていることに気づいた。
それは、不快なものではなく。
むしろ、清らかで、暖かな。
(これは――魂の、光……?)
その輝きのひとつひとつが、まるで音を奏でるように、様々な声が響いた。
《苦痛が、憎しみが、薄れていく……》
《我らに救いを下さった……》
《貴女様に、心からの感謝を》
それは紛れもなく、彼女の祈りに救われた、死せる者たちの声。
《ご用心を。
悪しき者が、迫っております》
そのうちの一つが警告し、そのすぐ後で、シヴィルは部屋の外から近づいてくる足音を聴いた。
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