魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
風祭史紀

6章

【1】薄闇を抜けて

公開日時: 2021年12月3日(金) 09:35
更新日時: 2021年12月3日(金) 09:50
文字数:2,137


「さて……」


 足下で無惨な骨屑となって滅びたゼルゼレイを一瞥し、魔王が振り向くと。

 離れてその一部始終を見ていたアレアが、びくりと身体を震わせた。


 その顔に浮かぶのは――

 シヴィルの中にいる、彼女にとっては得体の知れない何者かに対する、畏れの色。


(人間の相手は面倒だ。

 できれば、小娘に替わってやりたいところだが……)


 シヴィルは、ゼルゼレイに全力で『光輝の絶剣』を放った瞬間、著しく精神力を消耗し、気を失ってしまっていた。

 そのため、それまで彼女の意識の裏で様子を見ていた魔王が、表に出てきたのだった。


「女、アレアと言ったな。

 貴様に聴きたいことがある」


「貴方は、何者ですか。

 巫女様、ではありませんね」



「怯えずとも、貴様に仇なす者ではない。

 ……今のところはな」


 魔王は少女の貌で冷たく笑って、


「それより、我が問いに答えよ。

 帝国兵を率いていた女――

 あの、アデュラ・クロアという騎士はどこだ」


「彼女は、父が帝国からの賓客として用意した、

 屋敷内の客室にいるはずです」


 それを聴くと、魔王はそれ以上の興味を失ったように、踵を返して部屋の扉へと向かった。


「まさか、帝国の兵たちのもとに?

 危険です、彼らは巫女様を狙っているのですよ!」


「今ここにいるのが我である以上、無用な心配だ。

 それより、少し外が騒々しくなるやもしれん。

 怪我をしたくなければ、貴様はここで、大人しくしているがいい」


 そう告げて、部屋を出る。


(帝国の者なら何か情報を持っていよう。

 あのアデュラという女、少しは役に立つといいが)



 ゼルゼレイの部屋にアレアを残し、薄闇の支配する地下通路へと再び足を踏み入れる。

 数歩も歩まぬうちに――


 その前に、再び、あの白い影が現れた。


 道に迷っていたシヴィルをこの部屋に導いた幽霊ゴースト


「ふん、貴様か」


 白い姿は、シヴィルに――もっとも、今の中身は魔王だが――に向かって、恭しく頭を下げた。



「礼ならば、我が受ける筋合いではない。小娘が目覚めている時にしてやるがいい。

 ――それに、同じように妻を導いて、檻から小娘を助けさせたのも、貴様であろう」


 見透かした魔王のその言葉に、白い姿は微笑んだように見えた。


(死してなお、愛しき者を護り導き、正しきを為そうとするか。

 人間にも、面白い奴がいるものよ)


 そして気がつけば、白い姿は消えていた。

 だが見えずともその霊は、妻の傍らに居続けるのだろう。



「――さて、どうしたものか」


 魔王は思考を切り替え、独り呟く。


「変化の術で帝国兵に化け、奴らの中に忍び込むのも手だが」


 神剣を手にして、にやりと笑う。


「今は少々、遊びたい気分だ。

 たまには、身体も動かさねばな」


 方向音痴なシヴィルと違い、魔王は一度たどった道をほぼ完璧に記憶していた。

 複雑な地下通路をまるで自分の庭のように悠々と歩くと、シヴィルが帝国兵に連れられて降りて来た、地上へと続く階段にたどり着く。


 薄闇の世界を抜けて、屋敷の中庭に出ると、そこには檻を抜け出したシヴィルを待ち伏せて、帝国兵たちが集まっていた。


「――貴様は!」


「いたぞ、巫女だッ!」


「捕らえろ、逃がすな!」


 二十を超える多勢の兵士たちを前に、魔王は神剣を構えると、


「大した手応えはなかろうが、まあ良い。

 虫けらどもを蹴散らすとしようか!」



 押し寄せる兵士たちの合間を、小柄な少女の姿が目にも止まらぬはやさで駆け抜け、立て続けに刃の一閃を浴びせる。

 その剣の冴えは、さながら稲妻を帯びた突風のようであった。


 悲鳴を上げて次々と倒れ伏す兵士たち。


(予想通り、他愛のない奴らよ。

 ……しかし、人間とは思った以上に壊れやすいものだな)


 驚くべきことに――


 倒れた兵士たちは激痛にもがき、呻いてこそいても。

 おびただしく血を流す者も、無惨に息絶えた者もいなかった。

 いずれも急所を外され、ただ戦闘不能の状態にされたのみであった。


(殺せば小娘が嫌がるであろうからな。

 やれやれ、手加減というのも存外面倒なものだ)


 瞬く間に中庭の兵士たちを倒し、正面玄関から屋敷の中へ突入する。



 屋敷の中にも、帝国兵の一隊が待ち構えていた。

 赤子の手をひねるがごとく、それらもなぎ倒し、ホールを奥へと進んでいく。


(アレアの話では、賓客用の部屋があるとのことだが――)


 アデュラというあの女騎士の直情的な性格からして、中庭からのこの騒ぎを聞きつけて、大人しく部屋になど籠ってはいるまい。



 魔王の予想通り、上階への階段を上がった先の広間にて、女騎士は完全武装の姿で待ち構えていた。


 シヴィルの姿を見るなり、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべつつ――

 不意にその表情に、驚きの色が混じった。


「……ん?

 もしかして、アンタだけなのかい?」


 アデュラは口元を歪めて、


「ハッ、こいつは驚きだ!

 てっきり村の奴らが徒党を組んで、脱出を手助けしてンのかと思ってたんだが。

 まさか、アンタ一人で、ウチの隊の兵どもを?」


 アデュラは、シヴィルの中にいる魔王の存在を知らない。

 ましてや眼前にいる『シヴィル』が、今はその魔王なのだとは、夢にも思っていない。

 前回の一戦で、多少機敏ながら戦う力はほとんど持っていない、ただの少女だと、蔑んでいた。


 それゆえに、そんな非力なシヴィルの予想外の奮闘に驚きはしたものの。



「まあいいさ。

 どのみちアンタ如き、このアタシの敵じゃァないッ!」

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