魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【4】冥龍召喚

公開日時: 2021年12月19日(日) 15:02
文字数:1,748

 しかし――

 その後、リドリスの名を名乗る少女を旗印とした、諸国連合軍との合戦において。


 アインフェルドは自らの軍を率い、勇猛に戦ったが――

 ウェルドナンとの一騎打ちの末、行方知れずとなった。



(思えば、あの戦の情勢が変わったのは、あれからだったな)


 思い返し、魔王は嘆息する。


 それほどまでに、アインフェルドという男の存在は、ダセス軍にとって――

 いや、何より魔王ダムサダールにとって、大きいものだった。




(よもや、奴のそれと同じ名を、今になって聴こうとはな。

 ただの偶然か、それとも――)

 そこまで考えて、魔王は確信した。


 いや、偶然などではあるまい。

 なぜならば、アインフェルドを名乗る人物と、同じかつての七将であるゼルゼレイも、行動を共にしていたのだ。



「貴様に訊く事がもう一つある」


 アデュラに向き直り、魔王は訊ねた。


「ゼノヴィスが復活させようとしている『魔王』とやらの事だ」


「知らねェのか?

 四百年前に、アインファを滅ぼしかけたっていう、あの魔王、ダムサダールのことさ」


「無論、そやつの事は知っている、嫌と言うほどな」


 魔王はかつての自分を思い浮かべて、自嘲の笑みを浮かべた。

 あの時、退屈しのぎに暴れた結果が、このザマだ。


 アデュラには、そんな魔王の心の内が、理解できるはずもないが。


「だがそやつは魔王ダムサダールなどではない。

 全く違う、何か別のモノだ」



 その言葉に、アデュラは驚きもせず、興味すらも抱いていないようだった。


「本物か偽物かなんて、アタシらには知ったこっちゃない。

 どちらにせよ、蘇ったらヤバいモンだろ」


 そして、遠く帝都の玉座にいる、主の横顔を思い浮かべてか、うっとりとした笑みを浮かべた。


「だが陛下がお望みなら、アタシは命じられるままに動く。

 そのために死ねというなら死ぬ。

 ただ、それだけだ」


(やれやれ。こやつも、それ以上は知らぬか……)


 諦めかけたその時、アデュラが言葉を続けた。


「だが、この屋敷の主――

 アルマンドなら、何か知ってるかもな。

 ゼルゼレイが以前から足繁くここに来ていたのも、奴とつるんで進めている企てのためだろうさ」



(ならば、アルマンドとやらに逢いに行くとするか。

 話を聴くに、ロクな奴ではあるまいが)


 魔王はふん、と鼻で笑って、アデュラの方を見据えた。


(問題はこやつと帝国兵どもだな。

 傷が癒えるまで身動きはとれまいが、放っておいて万が一、余計な真似をされても面倒だ)


 しばし考え込んで、はぁ、と一つ溜息をついてから、


(やむを得ぬ、ヤツを呼ぶか……)


 魔王は両腕を組み、召喚の印を結んだ。


「我が召喚に応じ、魔幻の地より現れいでよ、

 ――冥龍、ヴァルグリンド!」


 アデュラが驚きの表情を浮かべる中、光が弾ける。



 現世と魔幻結界を結ぶゲートから姿を現したのは――


「ようやく、わらわを呼んだな、我が友シヴィル!」


 まぎれもなく、少女の姿をした、冥龍ヴァルグリンド――

 リンディであった。


「いつまで待っても呼ばぬから、

 忘れられたかと思っておったぞ!」


「馬鹿な……

 ……冥龍……冥龍だと!?」


 思わずアデュラが慄き、呟く。


 死を喰らう、忌まわしき漆黒の邪龍――

 冥龍ヴァルグリンドの名は、幼い子供たちが寝物語に聞かされる昔話の定番だ。


 早く寝ない子は、冥龍が命を食べにきますよ。

 幼い時、誰もが母親のその言葉に、怯えながら寝床に潜り込むのだ。


 まさか、そんな恐怖の存在が、こんな少女の姿であるとは。

 そしてシヴィルを『我が友』などと呼んでいるとは。



「で、なんなのだ、コイツは?」


 足下で這いつくばる女騎士をじろりと見るリンディに、魔王が告げた。


「お前に頼みたいことがある。

 こやつと、下の階、それに外の庭に転がっている兵士どもを、村の外に捨ててきてくれ。

 一応、生かしたままで、な。

 ――ただし、抵抗するなら、殺しても構わん」



その物騒な言葉に顔を引きつらせるアデュラを後目に、


「容易いことだ。わらわに任せよ」


 喜々として頷くリンディ。


(主人の居室は上の階か)


 後のことはリンディに任せることにして、踵を返し、広間の奥へと歩き始める。

 上階への階段は、その先の通路の奥のようだ。


 去って行こうとする魔王の背後で、床に這いつくばったまま動けずにいる女騎士の、怒声が響きわたった。


「――畜生ッ、覚えてろ!

 次に逢った時は、アタシがアンタを地べたにねじ伏せてやるッ!」

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