しかし――
その後、リドリスの名を名乗る少女を旗印とした、諸国連合軍との合戦において。
アインフェルドは自らの軍を率い、勇猛に戦ったが――
ウェルドナンとの一騎打ちの末、行方知れずとなった。
(思えば、あの戦の情勢が変わったのは、あれからだったな)
思い返し、魔王は嘆息する。
それほどまでに、アインフェルドという男の存在は、ダセス軍にとって――
いや、何より魔王ダムサダールにとって、大きいものだった。
(よもや、奴のそれと同じ名を、今になって聴こうとはな。
ただの偶然か、それとも――)
そこまで考えて、魔王は確信した。
いや、偶然などではあるまい。
なぜならば、アインフェルドを名乗る人物と、同じかつての七将であるゼルゼレイも、行動を共にしていたのだ。
「貴様に訊く事がもう一つある」
アデュラに向き直り、魔王は訊ねた。
「ゼノヴィスが復活させようとしている『魔王』とやらの事だ」
「知らねェのか?
四百年前に、アインファを滅ぼしかけたっていう、あの魔王、ダムサダールのことさ」
「無論、そやつの事は知っている、嫌と言うほどな」
魔王はかつての自分を思い浮かべて、自嘲の笑みを浮かべた。
あの時、退屈しのぎに暴れた結果が、このザマだ。
アデュラには、そんな魔王の心の内が、理解できるはずもないが。
「だがそやつは魔王ダムサダールなどではない。
全く違う、何か別のモノだ」
その言葉に、アデュラは驚きもせず、興味すらも抱いていないようだった。
「本物か偽物かなんて、アタシらには知ったこっちゃない。
どちらにせよ、蘇ったらヤバいモンだろ」
そして、遠く帝都の玉座にいる、主の横顔を思い浮かべてか、うっとりとした笑みを浮かべた。
「だが陛下がお望みなら、アタシは命じられるままに動く。
そのために死ねというなら死ぬ。
ただ、それだけだ」
(やれやれ。こやつも、それ以上は知らぬか……)
諦めかけたその時、アデュラが言葉を続けた。
「だが、この屋敷の主――
アルマンドなら、何か知ってるかもな。
ゼルゼレイが以前から足繁くここに来ていたのも、奴とつるんで進めている企てのためだろうさ」
(ならば、アルマンドとやらに逢いに行くとするか。
話を聴くに、ロクな奴ではあるまいが)
魔王はふん、と鼻で笑って、アデュラの方を見据えた。
(問題はこやつと帝国兵どもだな。
傷が癒えるまで身動きはとれまいが、放っておいて万が一、余計な真似をされても面倒だ)
しばし考え込んで、はぁ、と一つ溜息をついてから、
(やむを得ぬ、ヤツを呼ぶか……)
魔王は両腕を組み、召喚の印を結んだ。
「我が召喚に応じ、魔幻の地より現れいでよ、
――冥龍、ヴァルグリンド!」
アデュラが驚きの表情を浮かべる中、光が弾ける。
現世と魔幻結界を結ぶゲートから姿を現したのは――
「ようやく、わらわを呼んだな、我が友シヴィル!」
まぎれもなく、少女の姿をした、冥龍ヴァルグリンド――
リンディであった。
「いつまで待っても呼ばぬから、
忘れられたかと思っておったぞ!」
「馬鹿な……
……冥龍……冥龍だと!?」
思わずアデュラが慄き、呟く。
死を喰らう、忌まわしき漆黒の邪龍――
冥龍ヴァルグリンドの名は、幼い子供たちが寝物語に聞かされる昔話の定番だ。
早く寝ない子は、冥龍が命を食べにきますよ。
幼い時、誰もが母親のその言葉に、怯えながら寝床に潜り込むのだ。
まさか、そんな恐怖の存在が、こんな少女の姿であるとは。
そしてシヴィルを『我が友』などと呼んでいるとは。
「で、なんなのだ、コイツは?」
足下で這いつくばる女騎士をじろりと見るリンディに、魔王が告げた。
「お前に頼みたいことがある。
こやつと、下の階、それに外の庭に転がっている兵士どもを、村の外に捨ててきてくれ。
一応、生かしたままで、な。
――ただし、抵抗するなら、殺しても構わん」
その物騒な言葉に顔を引きつらせるアデュラを後目に、
「容易いことだ。わらわに任せよ」
喜々として頷くリンディ。
(主人の居室は上の階か)
後のことはリンディに任せることにして、踵を返し、広間の奥へと歩き始める。
上階への階段は、その先の通路の奥のようだ。
去って行こうとする魔王の背後で、床に這いつくばったまま動けずにいる女騎士の、怒声が響きわたった。
「――畜生ッ、覚えてろ!
次に逢った時は、アタシがアンタを地べたにねじ伏せてやるッ!」
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