もっとも近い『死』の気配を頼りに、魔王は鬱蒼たる森を抜け、陽が完全に上ったころ、ようやく目的の場所にたどりついた。
その場所は――
今は管理するものもなく、無数の骨が野ざらしのまま、地面を覆うように転がる、荒れはてた墓地であった。
《うっ……!》
さしもの気丈な少女も、その惨い様子に、思わず声を上げた。
《こ……こんな所で、何をなさるのですか?》
「言ったであろう、兵力の補充だ。
この骸どもを素材に、『屍操術』を用いて、死骸兵を作るのだ」
《そんな……
彼らの屍を兵として利用するというのですか……!
それは、死者たちに対する冒涜です!》
やれやれ、またしてもこの小娘は……。
「お前も今やアンデッドであろうが。仲間の力を借りると思え」
《そ、それは、そうですが…》
魔王は呆れ、深い溜め息をついた。
「無意味なことに意味を見出したがるのは人間どもの悪癖だな。
死を迎え、魂が天に召された者たちにとって、現世に遺された身体などただの抜け殻。
そこに大した意味などありはすまい」
《…………》
そんな言葉で、シヴィルは納得しないであろうことも、魔王は理解していた。
「ならば、お前に訊こう。
ここに散らばるこの無数の骸たちは、どうしてこんな有様なのだ?」
《それは――》
『なぜ、こんな有様なのか、だと?』
不意に、昏い声が轟いた。
声の主は、墓所に立ち並ぶ、どす黒い石堂の中に潜んでいたものだった。
《――ひっ!》
「死霊か」
『ワシはここに打ち捨てられた者たちの怨念、その集合体――
ここに転がる数多の骸は、帝国の奴らに、為す術なく殺戮された、近隣の村々の民たちよ!』
呻くような、吐き捨てるような、言葉の中に伝わる敵意。
死霊は、この地に入り込んだ魔王にも、明らかに友好的な存在ではなかった。
『――聴こえるか。
愛した土地を、家を、蹂躙され焼き尽くされ、家族を、友を、愛しい者を、そして己の命をも容赦なく嬲られ奪われた者たちの、怨嗟の声が!』
その声に呼応するように、墓地を埋め尽くす亡骸が震え、無数のおぞましい声を上げる。
痛い。
悲しい。
憎い。
苦しい。
常人ならば正気さえ保っていられぬその光景を目の当たりにして、墓石に腰かけた魔王は悠然と笑みを浮かべた。
「幾年月を経ても、人の愚かしさは変わらぬな。
貴様らがこんな目に遭ったのは、貴様ら自身の無力ゆえ。
弱者は虐げられ、踏みにじられ、虫けらの如く地に這いつくばるのが、世の定めというものだ」
『貴様――!』
その言葉に煽られて、死霊の憎悪はさらに激しさを増した。
「だが――
我は愚かな生者にも、死にながら苦悶に喘ぐしかできぬ、哀れなお前たち亡者にも、等しく寛大である」
美しい少女の表情に、傲然たる魔王の笑みを浮かべて。
「どうだ、亡者どもよ。
我ならば、お前たちのその行き場のない憎悪、その無念に、晴らす機会を与えてやれる。
我に従い、死の軍勢として帝国に牙を剥く気があるのならば」
その言葉に含まれるただならぬ響きに、死霊は興味を抱いたようだった。
『……貴様、いったい何者なのだ?』
その問いに、魔王は高らかと名乗った。
ダムサダール、ではなく、新たな魔王として、その身体の持ち主である少女の名を。
「我は正義のために帝国と戦う、英雄の末裔にして
死を統べる不死の主、シヴィル・アルフィナス・ウェルドナンである。
――跪き、頭を垂れよ!」
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