魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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2章 魔王と亡者の調伏譚

【1】死の広がる場所

公開日時: 2021年10月15日(金) 20:07
更新日時: 2021年10月15日(金) 20:19
文字数:1,352

 もっとも近い『死』の気配を頼りに、魔王は鬱蒼たる森を抜け、陽が完全に上ったころ、ようやく目的の場所にたどりついた。


 その場所は――

 今は管理するものもなく、無数の骨が野ざらしのまま、地面を覆うように転がる、荒れはてた墓地であった。


《うっ……!》

 さしもの気丈な少女も、その惨い様子に、思わず声を上げた。



《こ……こんな所で、何をなさるのですか?》

「言ったであろう、兵力の補充だ。

 この骸どもを素材に、『屍操術ネクロマンシー』を用いて、死骸兵コープストルーパーを作るのだ」

《そんな……

 彼らの屍を兵として利用するというのですか……!

 それは、死者たちに対する冒涜です!》


 やれやれ、またしてもこの小娘は……。




「お前も今やアンデッドであろうが。仲間の力を借りると思え」

《そ、それは、そうですが…》


 魔王は呆れ、深い溜め息をついた。

「無意味なことに意味を見出したがるのは人間どもの悪癖だな。

 死を迎え、魂が天に召された者たちにとって、現世に遺された身体などただの抜け殻。

 そこに大した意味などありはすまい」

《…………》

 そんな言葉で、シヴィルは納得しないであろうことも、魔王は理解していた。

「ならば、お前に訊こう。

 ここに散らばるこの無数の骸たちは、どうしてこんな有様なのだ?」

《それは――》


『なぜ、こんな有様なのか、だと?』

 不意に、昏い声が轟いた。



 声の主は、墓所に立ち並ぶ、どす黒い石堂の中に潜んでいたものだった。


《――ひっ!》

死霊レイスか」


『ワシはここに打ち捨てられた者たちの怨念、その集合体――

 ここに転がる数多の骸は、帝国の奴らに、為す術なく殺戮された、近隣の村々の民たちよ!』

 呻くような、吐き捨てるような、言葉の中に伝わる敵意。

 死霊は、この地に入り込んだ魔王にも、明らかに友好的な存在ではなかった。



『――聴こえるか。

 愛した土地を、家を、蹂躙され焼き尽くされ、家族を、友を、愛しい者を、そして己の命をも容赦なく嬲られ奪われた者たちの、怨嗟の声が!』

 その声に呼応するように、墓地を埋め尽くす亡骸が震え、無数のおぞましい声を上げる。


 痛い。

 悲しい。

 憎い。

 苦しい。



 常人ならば正気さえ保っていられぬその光景を目の当たりにして、墓石に腰かけた魔王は悠然と笑みを浮かべた。

「幾年月を経ても、人の愚かしさは変わらぬな。

 貴様らがこんな目に遭ったのは、貴様ら自身の無力ゆえ。

 弱者は虐げられ、踏みにじられ、虫けらの如く地に這いつくばるのが、世の定めというものだ」


『貴様――!』

 その言葉に煽られて、死霊の憎悪はさらに激しさを増した。


「だが――

 我は愚かな生者にも、死にながら苦悶に喘ぐしかできぬ、哀れなお前たち亡者にも、等しく寛大である」


 美しい少女の表情に、傲然たる魔王の笑みを浮かべて。


「どうだ、亡者どもよ。

 我ならば、お前たちのその行き場のない憎悪、その無念に、晴らす機会を与えてやれる。

 我に従い、死の軍勢として帝国に牙を剥く気があるのならば」

 その言葉に含まれるただならぬ響きに、死霊は興味を抱いたようだった。

『……貴様、いったい何者なのだ?』



 その問いに、魔王は高らかと名乗った。

 ダムサダール、ではなく、新たな魔王として、その身体の持ち主である少女の名を。


「我は正義のために帝国と戦う、英雄の末裔にして

 死を統べる不死の主、シヴィル・アルフィナス・ウェルドナンである。

 ――跪き、頭を垂れよ!」

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