その時、頭の中にシヴィルの声が響いた。
《御使い様、私は……生きているのですか》
《目覚めたか。お前はもう死んだ。人間としてのお前は、な》
《人間としての、私……》
《今のお前は最高位のアンデッド・『リッチ』であり、この我の一部でもあるのだ》
《私、アンデッドになってしまった……のですか?》
《放っておけばどのみちお前は死んでいた。
そうするしか、救う手がなかったのだ》
《…………》
小娘め、我が身に降りかかった運命を、さぞかし嘆くことだろう――
そんな魔王の予想は、意外な言葉に裏切られた。
《――感謝いたします、御使い様。
たとえ人間の身ではなく、不死の魔物と化したとしても――
それもまた、リドリス神の思し召しでありましょう》
《……それだけではない、お前と我は一心同体となったのだ。
今は融合の初期段階ゆえ、しばらくは別々の意識のまま一つの身体を共有することになるが、いずれどちらかがどちらかに溶けて混ざることになるだろう。
我も他者と融合したことはないゆえ、どうなるかはわからぬがな》
《御使い様と私が、一つに……》
シヴィルの反応は――
なぜか嬉し気で、まんざらでもない様子だった。
《御使い様は……その……
お嫌では、ないのですか?》
《他にお前を救う方法がなかった。
やむを得まい》
《私の……ために……?》
魔王ははっとして、
《お前のため、ではない。
あくまで、我がお前の身体を利用するためだ》
《それより、話しておくことがいくつかある。
まず、我らはもはや一心同体だ。いかなる術をもっても分離することはできぬ。
ただし意識が融合するまで、互いの思考は独立している。念話しない限り、互いの心を読まれることはない》
《はい…》
続いて、話すべきことは――
彼女が変化した『リッチ』の特性について、だ。
《本来、リッチとは生前に強大な魔力を身に着けた暗黒魔術の使い手が、禁呪によりアンデッドへと転化したものだ。
一見、そうは見えんだろうが、今のお前の肉体は、実際には骨と皮のみの骸に過ぎない》
《そういえば、恐ろしく身体が軽く感じます》
《お前はいわば、からっぽの器のようなものよ。
そのお前に我が融合したことによって、我の魔力がお前を満たし、動かしている、というわけだ。
生前とさほど容姿が変わらぬのも、我の魔力がお前の容姿を再現しているためだ》
《御使い様がいなければ、私は自分で動くこともできない、ただの骸でしかないということなのですね》
《良いぞ小娘。飲み込みの早い者は嫌いではない》
魔王は少し機嫌をよくした。
《そして一心同体となった以上、明らかにしておかねばならぬことがある。
お互い何が目的か、これから何を為すべきかについて、だ》
《…………》
少女は押し黙った。
どうやらこればかりは、気軽には話せない、ということらしい。
《御使い様には、何か為すべきことが?》
《かつて我は数多のものを支配した。
ひと時は、この世の全てさえをも。
我が目的は、今再び、その栄華を取り戻すこと
…と、言いたいところだが》
魔王は嘆息した。
(思い返せば何もかもが退屈であった。
アインファ全土の侵略も、そもそも退屈しのぎに始めたことだったが、な)
《小娘、此度はお前に期待するとしよう。
お前の目的を、望みを言うがいい。
それがもしや、我の退屈を少しは癒してくれるかもしれぬ》
《では、御使い様は、私に力をお貸し下さるのですか!》
《もはやお前は我であるのだ。
否応なく、そうなるであろうよ》
その言葉を聞いて、ようやく少女は、自らの秘密を打ち明ける決意をしたようだった。
《……私の、目的は――
魔王ダムサダールの復活を阻止すること……
それが、私に与えられた、使命なのです》
《……何だと?》
魔王は唖然とした。
確かに、まだこの娘には自らの正体を告げていなかったが……
この娘は、もしや。
《私は、シヴィル・アルフィナス・ウェルドナン。
英雄ウェルドナンの末裔です》
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