魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【4】話しておくべき、いくつかのこと

公開日時: 2021年10月13日(水) 19:15
更新日時: 2021年10月13日(水) 19:16
文字数:1,576

 その時、頭の中にシヴィルの声が響いた。

《御使い様、私は……生きているのですか》


《目覚めたか。お前はもう死んだ。人間としてのお前は、な》

《人間としての、私……》

《今のお前は最高位のアンデッド・『リッチ』であり、この我の一部でもあるのだ》



《私、アンデッドになってしまった……のですか?》

《放っておけばどのみちお前は死んでいた。

 そうするしか、救う手がなかったのだ》

《…………》


 小娘め、我が身に降りかかった運命を、さぞかし嘆くことだろう――

 そんな魔王の予想は、意外な言葉に裏切られた。


《――感謝いたします、御使い様。

 たとえ人間の身ではなく、不死の魔物と化したとしても――

 それもまた、リドリス神の思し召しでありましょう》

《……それだけではない、お前と我は一心同体となったのだ。

 今は融合の初期段階ゆえ、しばらくは別々の意識のまま一つの身体を共有することになるが、いずれどちらかがどちらかに溶けて混ざることになるだろう。

 我も他者と融合したことはないゆえ、どうなるかはわからぬがな》

《御使い様と私が、一つに……》


 シヴィルの反応は――

 なぜか嬉し気で、まんざらでもない様子だった。


《御使い様は……その……

 お嫌では、ないのですか?》

《他にお前を救う方法がなかった。

 やむを得まい》

《私の……ために……?》

  魔王ははっとして、

《お前のため、ではない。

 あくまで、我がお前の身体を利用するためだ》



《それより、話しておくことがいくつかある。

 まず、我らはもはや一心同体だ。いかなる術をもっても分離することはできぬ。

 ただし意識が融合するまで、互いの思考は独立している。念話しない限り、互いの心を読まれることはない》

《はい…》


 続いて、話すべきことは――

 彼女が変化した『リッチ』の特性について、だ。




《本来、リッチとは生前に強大な魔力を身に着けた暗黒魔術の使い手が、禁呪によりアンデッドへと転化したものだ。

 一見、そうは見えんだろうが、今のお前の肉体は、実際には骨と皮のみの骸に過ぎない》

《そういえば、恐ろしく身体が軽く感じます》

《お前はいわば、からっぽの器のようなものよ。

 そのお前に我が融合したことによって、我の魔力がお前を満たし、動かしている、というわけだ。

 生前とさほど容姿が変わらぬのも、我の魔力がお前の容姿を再現しているためだ》

《御使い様がいなければ、私は自分で動くこともできない、ただの骸でしかないということなのですね》

《良いぞ小娘。飲み込みの早い者は嫌いではない》

 魔王は少し機嫌をよくした。


《そして一心同体となった以上、明らかにしておかねばならぬことがある。

 お互い何が目的か、これから何を為すべきかについて、だ》

《…………》

 少女は押し黙った。

 どうやらこればかりは、気軽には話せない、ということらしい。


《御使い様には、何か為すべきことが?》



《かつて我は数多のものを支配した。

 ひと時は、この世の全てさえをも。

 我が目的は、今再び、その栄華を取り戻すこと

 …と、言いたいところだが》

魔王は嘆息した。


(思い返せば何もかもが退屈であった。

 アインファ全土の侵略も、そもそも退屈しのぎに始めたことだったが、な)


《小娘、此度はお前に期待するとしよう。

 お前の目的を、望みを言うがいい。

 それがもしや、我の退屈を少しは癒してくれるかもしれぬ》

《では、御使い様は、私に力をお貸し下さるのですか!》

《もはやお前は我であるのだ。

 否応なく、そうなるであろうよ》


 その言葉を聞いて、ようやく少女は、自らの秘密を打ち明ける決意をしたようだった。

《……私の、目的は――

 魔王ダムサダールの復活を阻止すること……

 それが、私に与えられた、使命なのです》


《……何だと?》

 魔王は唖然とした。

 確かに、まだこの娘には自らの正体を告げていなかったが……

 この娘は、もしや。


《私は、シヴィル・アルフィナス・ウェルドナン。

 英雄ウェルドナンの末裔です》

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