魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【11】『異端者』の末路

公開日時: 2021年11月29日(月) 13:43
更新日時: 2021年11月29日(月) 23:14
文字数:1,841

 ゼルゼレイの最後の一手、 エセリオを消滅させた『塵化ディスインテグレイト』の術。

 対象に直接接触する必要がある代わりに、あらゆるものを分解し、塵と化す恐るべき暗黒魔法の奥義。

 そんな術を受けてしまえば、たとえリッチに転化し、魔王を宿したシヴィルの身体とて、一瞬にして消え去るだろう。


 絶体絶命の事態のはずが、シヴィルは自分でも驚くほどに冷静だった。



(手を延ばせば、今なら……届く!)


 ゼルゼレイの腕に捕まれ、吊り上げられたまま――

 シヴィルは右腕を、ゼルゼレイの肋骨の隙間から、その中の臓物へと突き入れた。



 ずぶずぶと指先が沈む不快な感触。

 肋骨の中の臓物をまさぐる、そのおぞましささえも、今のシヴィルを躊躇わせることはなかった。


 そして、その掌が、ゼルゼレイの体内に封じられた神剣の柄を、とうとう掴みとる!

 祈りを込めて、シヴィルは叫んだ。


「――リドリス神よ、我に御加護を!」


 その祈りに反応して、神剣が眩く光を放ち――




あまねく全てを光と為せ!

 ――『光輝の絶剣ル・アン・サーク』!!」


 ゼルゼレイの体内で、光が爆ぜた!


 いかに最高位のアンデッドとはいえ――

 魔王をも滅ぼすその光の奔流を、その身体の深奥から受けてはひとたまりもない。


 穢れた骨と蠢く臓物、そのおぞましい肉体は、内側からの光に飲まれて爆散し、一瞬にして消滅した!



「馬鹿なッ、こんな、こんなことが……」


 離れた床に転がった、ゼルゼレイの頭蓋骨が呆然と呟く。


 ――カッ!

 その眼前に、シヴィルの脚が踏み下ろされた。



  冷たく見下ろすその瞳は、シヴィルであって、シヴィルのそれではなかった。


「久しいな。ゼルゼレイ」


「……何だ?

 先ほどまでと違う。

 小娘、貴様は一体――」


「かつての主の見分けもつかぬか。

 相変わらず愚昧ぐまいな奴め」


「主……だと?

 まさか、貴様が、そんな――」


 その頭蓋骨を、シヴィルの脚が無造作に踏みつける。


「誰に向かって口を利いているのだ。

 分を弁えよ、『異端者ヘレティック』ゼルゼレイ」


 少女の姿をした、かつての主を名乗る相手に、ぐりぐりと弄ぶように踏みつけられ。

 屈辱にゼルゼレイはガチガチと歯を鳴らした。


「ググッ、グガッ、貴様が、陛下、だとォッ…

 そんな、はずは、ないッ……!」


「ならば、我を思い出せるよう、昔話をしてやろう。

 あれは、そう、四百と余年前だ――」



「当時、貴様は双面神ユーマリルを崇める教団カルトの高位聖職者、司教の一人だった。

 しかし、己が不治の病で余命いくばくもないことを知ると――

 死を――いや、己の存在が消滅することを恐れた貴様は、人間を捨て、不死の存在となることを望んだ」


 その存在こそ、暗黒魔法の使い手が禁呪を用いることで転化する、最高位のアンデッド、『リッチ』。


「その目的のため、表では清廉な聖職者を装いながら、貴様は裏で暗黒魔法に手を染め、禁呪の封印を解くために、数多の無辜の命を生贄として犠牲にし続けた。

 だが、やがてその悪事は、明らかとなり――

 貴様は、その咎で教団を破門され、忌むべき『異端者ヘレティック』となり果てた。

 そして、邪悪な存在を尽く滅ぼすことを教義とするユーマリル教団は、貴様を処断するべく『粛清官パニッシャー』――

 すなわち、教団内の異端を始末する殺し屋を差し向けた」



「追われる身となり、行き場を失った貴様は、我が居城・ダセスに逃げ込んだ。

 そんな哀れな貴様に、魔軍七将の一人として、居場所を与え――

 『リッチ』となるための禁呪や、死骸兵コープストルーパーを生み出す『屍操術ネクロマンシー』の奥義までも伝授したのは誰だ?

 そう、この我――魔王ダムサダールだ」


「……そう、だ……。

 だが、貴様が陛下であるはずがない……

 あるはずがないのだッ……!」


 誰にも語ったことのない、生前の恥である、己の過去をつまびらかにされてさえも。

 なお頑なに、魔王をかつての主だと認めないゼルゼレイ。


「貴様らが蘇らせようとしている『魔王』は我ではない。我こそがダムサダールなのだからな。

 貴様らを、帝国を操り、蘇ろうとしているそやつは、何者なのだ?」


「……くどい!

 あの方こそがダムサダール陛下よ!

 陛下を名乗る貴様こそ、何者なのだ!」


(……埒が明かんな。愚物めが)



「もう良い。

 貴様に訊かずとも、我が直接そやつの元に出向いてやれば済む話だ」


 そして、ゼルゼレイを踏みつけた脚に、容赦なく力をかける。


「ガヒッ、止めッ……」


「生者亡者に関わらず、愚者に等しく価値はない。

 貴様は結局愚かなるまま、この世に長く在りすぎたのだ。

 ――甘んじて、滅びを受け入れよ」


 それはゼルゼレイにとって、死神の宣告にも似た、冷ややかな最後の言葉。

 そして、シヴィルの足元で、頭蓋骨の砕け散る無惨な音が響きわたった。

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