ゼルゼレイの最後の一手、 エセリオを消滅させた『塵化』の術。
対象に直接接触する必要がある代わりに、あらゆるものを分解し、塵と化す恐るべき暗黒魔法の奥義。
そんな術を受けてしまえば、たとえリッチに転化し、魔王を宿したシヴィルの身体とて、一瞬にして消え去るだろう。
絶体絶命の事態のはずが、シヴィルは自分でも驚くほどに冷静だった。
(手を延ばせば、今なら……届く!)
ゼルゼレイの腕に捕まれ、吊り上げられたまま――
シヴィルは右腕を、ゼルゼレイの肋骨の隙間から、その中の臓物へと突き入れた。
ずぶずぶと指先が沈む不快な感触。
肋骨の中の臓物をまさぐる、そのおぞましささえも、今のシヴィルを躊躇わせることはなかった。
そして、その掌が、ゼルゼレイの体内に封じられた神剣の柄を、とうとう掴みとる!
祈りを込めて、シヴィルは叫んだ。
「――リドリス神よ、我に御加護を!」
その祈りに反応して、神剣が眩く光を放ち――
「遍く全てを光と為せ!
――『光輝の絶剣』!!」
ゼルゼレイの体内で、光が爆ぜた!
いかに最高位のアンデッドとはいえ――
魔王をも滅ぼすその光の奔流を、その身体の深奥から受けてはひとたまりもない。
穢れた骨と蠢く臓物、そのおぞましい肉体は、内側からの光に飲まれて爆散し、一瞬にして消滅した!
「馬鹿なッ、こんな、こんなことが……」
離れた床に転がった、ゼルゼレイの頭蓋骨が呆然と呟く。
――カッ!
その眼前に、シヴィルの脚が踏み下ろされた。
冷たく見下ろすその瞳は、シヴィルであって、シヴィルのそれではなかった。
「久しいな。ゼルゼレイ」
「……何だ?
先ほどまでと違う。
小娘、貴様は一体――」
「かつての主の見分けもつかぬか。
相変わらず愚昧な奴め」
「主……だと?
まさか、貴様が、そんな――」
その頭蓋骨を、シヴィルの脚が無造作に踏みつける。
「誰に向かって口を利いているのだ。
分を弁えよ、『異端者』ゼルゼレイ」
少女の姿をした、かつての主を名乗る相手に、ぐりぐりと弄ぶように踏みつけられ。
屈辱にゼルゼレイはガチガチと歯を鳴らした。
「ググッ、グガッ、貴様が、陛下、だとォッ…
そんな、はずは、ないッ……!」
「ならば、我を思い出せるよう、昔話をしてやろう。
あれは、そう、四百と余年前だ――」
「当時、貴様は双面神ユーマリルを崇める教団の高位聖職者、司教の一人だった。
しかし、己が不治の病で余命いくばくもないことを知ると――
死を――いや、己の存在が消滅することを恐れた貴様は、人間を捨て、不死の存在となることを望んだ」
その存在こそ、暗黒魔法の使い手が禁呪を用いることで転化する、最高位のアンデッド、『リッチ』。
「その目的のため、表では清廉な聖職者を装いながら、貴様は裏で暗黒魔法に手を染め、禁呪の封印を解くために、数多の無辜の命を生贄として犠牲にし続けた。
だが、やがてその悪事は、明らかとなり――
貴様は、その咎で教団を破門され、忌むべき『異端者』となり果てた。
そして、邪悪な存在を尽く滅ぼすことを教義とするユーマリル教団は、貴様を処断するべく『粛清官』――
すなわち、教団内の異端を始末する殺し屋を差し向けた」
「追われる身となり、行き場を失った貴様は、我が居城・ダセスに逃げ込んだ。
そんな哀れな貴様に、魔軍七将の一人として、居場所を与え――
『リッチ』となるための禁呪や、死骸兵を生み出す『屍操術』の奥義までも伝授したのは誰だ?
そう、この我――魔王ダムサダールだ」
「……そう、だ……。
だが、貴様が陛下であるはずがない……
あるはずがないのだッ……!」
誰にも語ったことのない、生前の恥である、己の過去を詳らかにされてさえも。
なお頑なに、魔王をかつての主だと認めないゼルゼレイ。
「貴様らが蘇らせようとしている『魔王』は我ではない。我こそがダムサダールなのだからな。
貴様らを、帝国を操り、蘇ろうとしているそやつは、何者なのだ?」
「……くどい!
あの方こそがダムサダール陛下よ!
陛下を名乗る貴様こそ、何者なのだ!」
(……埒が明かんな。愚物めが)
「もう良い。
貴様に訊かずとも、我が直接そやつの元に出向いてやれば済む話だ」
そして、ゼルゼレイを踏みつけた脚に、容赦なく力をかける。
「ガヒッ、止めッ……」
「生者亡者に関わらず、愚者に等しく価値はない。
貴様は結局愚かなるまま、この世に長く在りすぎたのだ。
――甘んじて、滅びを受け入れよ」
それはゼルゼレイにとって、死神の宣告にも似た、冷ややかな最後の言葉。
そして、シヴィルの足元で、頭蓋骨の砕け散る無惨な音が響きわたった。
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