いかに『リッチ』となった者同士とはいえ――
相対するゼルゼレイは強大な暗黒の術を修めた、四百年以上この世に存在し続けている死霊術師。
まともに戦って勝てる相手ではないことは承知の上だ。
(勝機は、そう、ただ一点!)
ゼルゼレイの体内にある神剣!
その柄に、手をかけることさえできれば!
ゼルゼレイに武器はない。
戦いとなれば、主としてとってくる戦術は遠距離からの暗黒魔法による攻撃であろう。
その際、本来であれば、下僕である死骸兵に自分の身を護らせ、接近戦に対する盾としているに違いない。
しかし今、ゼルゼレイに従う死骸兵は一体としていない。
(……となれば、接近戦を狙うしか!)
シヴィルは短剣を眼前に構えると、その刃に左手を添えて、呪文を詠唱する。
すると、短剣が清らかな光を放ちはじめた。
『浄化の光』の魔法の応用だ。
浄化の光を宿らせることで、短剣に暗黒魔法を祓う力を与えたのだ。
「そのような短剣で、私を滅ぼすつもりか?
どこまでも愚かしい小娘よ!」
嘲笑し、ゼルゼレイが指先で呪印を結ぶ。
どす黒い闇の濁流が放たれ、シヴィルへと迫る!
(そうじゃない。
この短剣は武器ではなく、盾!)
光輝く短剣を一薙ぎすると、その光の軌跡が濁流を瞬く間に消失させる。
「――何だとッ!?」
驚愕し、立て続けに術を放つゼルゼレイ。
襲い来る闇の魔力を振り払い、弾きながら、シヴィルはゼルゼレイとの距離を詰めていく。
(これなら!)
その時不意に、声が響いた。
《――後ろだ!》
突如脳裏に響いた声に、一瞬の驚きこそあれ、シヴィルに躊躇はなかった。
声に従い、振り向きざま、まさに背後から迫り来ようとしていた闇の濁流を薙ぎ祓い、消滅させる。
その向こうには、先ほどまで正面――今は背後だが――にいたはずの、ゼルゼレイの姿。
(いつの間に、背後に回られていた!?)
一方、先ほどまでの位置にいたゼルゼレイの姿は闇に溶けるように消失していた。
(もしかして、幻影……!?)
《――そうだ。
お前が必死で奴の放つ闇を斬り祓っている隙に、咄嗟に幻影魔法で分身体を生み出し、そこにいるように見せかけたのだ。
そして本体である奴自身はお前の背後に回り、騙し討つ――
奴が好む姑息な手だ》
紛れもなく、その声はシヴィルの中で眠っていたはずの、魔王のものだった。
《御使い様!?》
《脆弱非力なお前が、我に頼ることもなく、己の力でよく戦ったものだ。
褒美に、一ついいことを教えてやろう》
《目に頼らず、感覚を研ぎ澄ませ。
奴の放つ、澱んだ魔力を感知するのだ。
『リッチ』となった今のお前ならば容易い事だ》
《――はい!》
魔王の言葉通り、瞳を閉じて、視るのではなく、全身の感覚を動員して、『感じる』。
すると視覚以上に正確に、周囲の状況が把握できることに気づいて、シヴィルは驚いた。
《上出来だ。
あとは、自分で出来るな?》
かつての配下と相対しているにも関わらず、魔王の声はどこか上機嫌だった。
「クッ、この手を見切っただと!
たかが貴様ごとき小娘が、どうやって――」
「観念なさい、ゼルゼレイ。
その、私ごとき小娘の手で、お前は滅ぶのです」
自身に備わっていた『魔力感知』の潜在能力の存在を自覚したシヴィルにとって。
いかに幻術を併用すれど、結局は暗黒魔法の攻撃に頼るしかないゼルゼレイは、もはや恐れる相手ではなかった。
魔力を放てば、その軌道が、位置が手に取るようにわかる。
となれば、短剣により祓い、無力化することも容易だ。
「グヌゥ、おのれ、おのれッ!」
立て続けに放つ闇の濁流を尽く斬り祓われ、もはや幻術による攪乱さえ通用せず。
悠然と近づいてくる少女に、ゼルゼレイは冷静さを失っていた。
間合いを詰められ、気がつけば、完全に追い詰められていることに気づき、驚愕する。
「よせ、来るな、止めろッ!」
制止の声は悲鳴に近く。
間合いに入ったシヴィルは、浄化の光を帯びた短剣を逆手に持ち替え、一閃した。
「――ガはッ!」
黄金の閃光がゼルゼレイの喉笛をなぞった刹那、その頭蓋骨は胴から斬り飛ばされていた。
「終わりです!」
そして、続けざま――
シヴィルの短剣が、ゼルゼレイのアバラ骨―― 心臓に当たる位置を、正確に貫いた!
断末魔のごとく、首のない骨の身体はしばらくガタガタとけたたましく震えた後、動きを止めた。
「斃し……た……?」
恐ろしい相手に、ようやく勝利したことに安堵して。
短剣の柄から手を放し、肩を落として深いため息をつくシヴィル。
しかし――
「巫女様! まだです!」
離れた位置から、その戦いを見守っていた、アレアが叫んだ。
刹那。
シヴィルの喉元を、硬く歪つな骨の掌に鷲掴みにされる衝撃が襲う!
「――!?」
首のないゼルゼレイの腕に首を掴まれ、吊り上げられるシヴィル!
(そんな!
これでも――まだ、動けるの!?)
離れた床に転がった、ゼルゼレイの首からの哄笑が響く。
「……カカカカッ! 油断したな、小娘ェ!
我が『塵化』の術で、貴様も塵となるがいい!」
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