魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【5】業火

公開日時: 2021年10月24日(日) 18:58
更新日時: 2021年10月24日(日) 20:27
文字数:1,079

 ――熱い。

 何かが勢いよく燃え上がり、激しく爆ぜる音。



  熱気に目が覚めると、周囲は一面火の海だった。

「これは…いったい、何が!?」


 慌ててベッドから身を起こし、傍らに置いたリドリスの神剣を掴むと、シヴィルは寝室を飛び出した。

「アレアさん! ご無事ですか!」



 居間も、激しい火の手に覆われていた。

 しかし、どこにもアレアの姿は見当たらない。


(ひとまず、ここから出なくては!)


 しかし玄関の扉は、まるで外から塞がれてでもいるかのように開かない。


『あのアレアという女、妙だとは思わぬか?』

 シヴィルの脳裏に、魔王の言葉が蘇った。


(まさか、アレアさんが、そんな――

 いや、そんなことは後!)

 熱風と煙に咳き込みながら、シヴィルは周囲を見回した。

(どうにかして、この窮地を脱しなくては……!

 まだ眠っている御使い様のためにも、こんなところで火に包まれて滅ぶわけにはいかない!)



 そしてシヴィルは――リドリスの剣を掲げて、女神に祈りを捧げた。


「戦女神リドリス様。

 我が祈りをお聞き届け下さい……」


 その祈りに呼応するかのように、本来はリドリス神が携えしものである、神剣が光を放ち始める。


「この一剣に大いなる加護を。

 万難を打ち払い、全ての災禍を薙ぎはらう、

 その御力みちからを、我に授けたまえ――」



 それは、リドリスの巫女として、シヴィルが授かった女神からの恩寵。

 本来は、魔王を滅ぼすための奥の手として―― シヴィルがリドリスの神剣を手にした時だけ放つことができる、必殺の一閃。


あまねく全てを光と為せ!

 『光輝の絶剣ル・アン・サーク』!!」


 轟くような、光の奔流。


 神剣に宿った光はまさしく閃光となり、周囲を舐め尽くす紅蓮の炎を、ことごとく飲み込み吹き飛ばす。

 燃え盛っていたアレアの家は壁一面を吹き飛ばされ――

 瓦礫となって崩れ落ちる寸前、シヴィルは辛うじて外へ脱出した。



 崩れ落ちる家屋、黒煙と粉塵の中を、石畳に転がるように飛び出したシヴィルは、身を起こしながらこれまでの自分とは思えない身の軽さに、内心驚いていた。

(そういえば、『リッチ』に転化してから、身体が軽いと感じてはいたけど……

 ここまで、思うように動けるなんて……!)



「――驚いたな。

 当代のリドリスの巫女は剣もろくに使えぬと聞いていたが」


 ガシャリ、と 石畳を踏みしめる金属音。

 その音に顔を上げると、眼前に立っていたのは、全身を重装の鎧ヘビーアーマーに包んだ騎士だった。


(帝国の聖騎士!

 なぜこの村に!?)

 驚愕するシヴィルを見下ろして、


「とんだじゃじゃ馬じゃないか。

 陛下が欲しがるわけが、少しわかったよ」


 張りのある若い女の声に、険はあるものの整った美貌を併せ持ったその騎士は、冷たい笑みに口元を歪めた。

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