魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【9】悔いて、刃をその手に

公開日時: 2021年11月19日(金) 23:56
文字数:1,797

「帝都の地下にて、ダムサダール陛下は眠っておられる。

 だが貴様がおらずとも、人間どもを殺し尽くし、血と絶望を捧げれば――

 僅かながらも糧となり、いずれ陛下は目覚めよう」


 ゼルゼレイは白骨の指先を動かし、印を結んだ。


「我が主の贄になれずとも、貴様らの運命はここで尽き果てるのみ!

 ――さあ、動き出せ、我が下僕、死骸兵コープストルーパーども!」



 それは、魔王が墓地で死骸兵を作り出した時と同じ、『屍操術ネクロマンシー』の詠唱と呪印。


 ゼルゼレイは室内に転がる数多くの遺体に、シヴィルたちを始末させるつもりだった。

 しかし――


「――なぜだ、なぜ、動かぬ!?」


 シヴィルの祈りによって浄化された遺体たちが、その術に応えることはなかった。




「我が術が発動せぬだと、そんな馬鹿なッ…!」


 狼狽するゼルゼレイだったが、


「まあ良い、ならばこやつを使うまで!」


 その肉のない掌を、背後に控えていた死骸兵コープストルーパー――

 エセリオの亡骸へと向け、印を結んだ。


「最愛の妻とリドリスの巫女を、貴様のその手で始末せよ!」


 しかし――


 既に『屍操術ネクロマンシー』の影響下にあったはずの、エセリオの遺骸さえもが、ゼルゼレイの術に抵抗するかのように。

 ギギギギ、と関節を軋ませながらも、動き出すことを拒んだ。


「ええい、貴様もかッ!

 どいつもこいつも、使えぬ木偶デクどもがッ!」


 その罵倒に、突如として応えるように――



 主であるゼルゼレイに、エセリオが手にした剣を一閃した!


「――なにッ!?」


 飛び退ったゼルゼレイが、驚愕の声を上げる。

 エセリオの遺骸を覆うように、仄かな光が集まり――

 幽体となって、エセリオを操っている!


「死人どもの魂…だと!?

 まさか、こやつら、使役されているでもなく、

 己が意思で、巫女を守ろうというのか!」



「巫女様……

 エセリオに、何が……?」


 突如争い始めたゼルゼレイとエセリオの様子に、唖然としてアレアが訊ねてきた。


(彼女には、魂たちが見えていないのだわ)


 シヴィルははっと気づいて、


「彼は私たちを守ろうとしてくれているのです」


「あんな姿になっても……?

 エセリオ、貴方は、まだ……」



(今のうちに、神剣を見つけなければ。

 でも、この部屋に、隠せそうな場所は――)


 その時、ふとシヴィルは閃いた。

 『聖物鑑定ホーリーアプライズ』の魔法を使えば!


 儀式用の聖具が穢れていないかを判定するために、神殿では日常的に用いられていた魔法だが……

 対象となる範囲が広く、範囲内にある物品の中でも、聖なる力が強いものほどより強く光り輝く。


 もしこの部屋に神剣があるならば――

 何よりも強く、光輝いて見えるはず!


 シヴィルは瞳を閉じて念じ、詠唱する。

 そして――



 ――視えた!


 神剣が輝きを放つ、その在処は――

 驚くべきことに、ゼルゼレイの、体内であった!


(リドリスの神剣を、自分の体内に取り込み、隠していたなんて……!)



「ええい、邪魔をするな、木偶デクがッ!」


 果敢に立ち向かってくるエセリオの頭蓋骨を、ゼルゼレイは左腕で掴むと、呪文を詠唱した。


「――塵と為せディスインテグレイト!」


 ボッ、と何かが蒸発するような音がして。

 エセリオの遺骸は、纏っていた外套だけを残して跡形もなく消滅していた。


「――エセリオ! そんな、エセリオ!!」


 最愛の者の亡骸さえも消滅させられたアレアの悲鳴に、ゼルゼレイはさも愉快そうに嗤った。


「案ずるな。すぐに貴様も夫の後を追わせてやる。

 もっとも、その身体は飽きるまで、私の実験道具に使わせてもらうがな!」


「よくも、よくも……

 許さないッ、ゼルゼレイ!」


 怒りと悲嘆に震える手で、アレアが短剣を構え、絶叫する。



「――アレアさん!」


 いまにもゼルゼレイに突きかかろうと身構えていたアレアを、シヴィルが押しとどめた。

 そして、アレアがその手に握りしめた短剣を、すっと奪い取ると、彼女を護るように、その前に立つ。


「下がっていてください。

 あの者は、私がたおします」



「非力な貴様ごときが、この私を斃すだと?」


 ゼルゼレイの、カカカッ、という耳障りな哄笑。


「英雄の血、女神の血。

 いかにその血を引こうとも、貴様は所詮ただの小娘。

 魔王陛下が蘇りし時、滅ぼす使命を帯びながら、争いを嫌うあまり、戦う術すら学んでこなかった愚かな貴様が!」



「お前の言う通り。

 私は今、後悔しています。

 守るべき時に、守りたい人達を、守ることすらできぬ力のない自分を。

 それを良しと、守られる立場に甘えてきた自分を」


 短剣を構え、シヴィルは決意を込めて宣言した。


「故に私は、リドリスの巫女として――

 この身に換えても、お前を滅ぼします!」

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