「帝都の地下にて、ダムサダール陛下は眠っておられる。
だが貴様がおらずとも、人間どもを殺し尽くし、血と絶望を捧げれば――
僅かながらも糧となり、いずれ陛下は目覚めよう」
ゼルゼレイは白骨の指先を動かし、印を結んだ。
「我が主の贄になれずとも、貴様らの運命はここで尽き果てるのみ!
――さあ、動き出せ、我が下僕、死骸兵ども!」
それは、魔王が墓地で死骸兵を作り出した時と同じ、『屍操術』の詠唱と呪印。
ゼルゼレイは室内に転がる数多くの遺体に、シヴィルたちを始末させるつもりだった。
しかし――
「――なぜだ、なぜ、動かぬ!?」
シヴィルの祈りによって浄化された遺体たちが、その術に応えることはなかった。
「我が術が発動せぬだと、そんな馬鹿なッ…!」
狼狽するゼルゼレイだったが、
「まあ良い、ならばこやつを使うまで!」
その肉のない掌を、背後に控えていた死骸兵――
エセリオの亡骸へと向け、印を結んだ。
「最愛の妻とリドリスの巫女を、貴様のその手で始末せよ!」
しかし――
既に『屍操術』の影響下にあったはずの、エセリオの遺骸さえもが、ゼルゼレイの術に抵抗するかのように。
ギギギギ、と関節を軋ませながらも、動き出すことを拒んだ。
「ええい、貴様もかッ!
どいつもこいつも、使えぬ木偶どもがッ!」
その罵倒に、突如として応えるように――
主であるゼルゼレイに、エセリオが手にした剣を一閃した!
「――なにッ!?」
飛び退ったゼルゼレイが、驚愕の声を上げる。
エセリオの遺骸を覆うように、仄かな光が集まり――
幽体となって、エセリオを操っている!
「死人どもの魂…だと!?
まさか、こやつら、使役されているでもなく、
己が意思で、巫女を守ろうというのか!」
「巫女様……
エセリオに、何が……?」
突如争い始めたゼルゼレイとエセリオの様子に、唖然としてアレアが訊ねてきた。
(彼女には、魂たちが見えていないのだわ)
シヴィルははっと気づいて、
「彼は私たちを守ろうとしてくれているのです」
「あんな姿になっても……?
エセリオ、貴方は、まだ……」
(今のうちに、神剣を見つけなければ。
でも、この部屋に、隠せそうな場所は――)
その時、ふとシヴィルは閃いた。
『聖物鑑定』の魔法を使えば!
儀式用の聖具が穢れていないかを判定するために、神殿では日常的に用いられていた魔法だが……
対象となる範囲が広く、範囲内にある物品の中でも、聖なる力が強いものほどより強く光り輝く。
もしこの部屋に神剣があるならば――
何よりも強く、光輝いて見えるはず!
シヴィルは瞳を閉じて念じ、詠唱する。
そして――
――視えた!
神剣が輝きを放つ、その在処は――
驚くべきことに、ゼルゼレイの、体内であった!
(リドリスの神剣を、自分の体内に取り込み、隠していたなんて……!)
「ええい、邪魔をするな、木偶がッ!」
果敢に立ち向かってくるエセリオの頭蓋骨を、ゼルゼレイは左腕で掴むと、呪文を詠唱した。
「――塵と為せ!」
ボッ、と何かが蒸発するような音がして。
エセリオの遺骸は、纏っていた外套だけを残して跡形もなく消滅していた。
「――エセリオ! そんな、エセリオ!!」
最愛の者の亡骸さえも消滅させられたアレアの悲鳴に、ゼルゼレイはさも愉快そうに嗤った。
「案ずるな。すぐに貴様も夫の後を追わせてやる。
もっとも、その身体は飽きるまで、私の実験道具に使わせてもらうがな!」
「よくも、よくも……
許さないッ、ゼルゼレイ!」
怒りと悲嘆に震える手で、アレアが短剣を構え、絶叫する。
「――アレアさん!」
いまにもゼルゼレイに突きかかろうと身構えていたアレアを、シヴィルが押しとどめた。
そして、アレアがその手に握りしめた短剣を、すっと奪い取ると、彼女を護るように、その前に立つ。
「下がっていてください。
あの者は、私が斃します」
「非力な貴様ごときが、この私を斃すだと?」
ゼルゼレイの、カカカッ、という耳障りな哄笑。
「英雄の血、女神の血。
いかにその血を引こうとも、貴様は所詮ただの小娘。
魔王陛下が蘇りし時、滅ぼす使命を帯びながら、争いを嫌うあまり、戦う術すら学んでこなかった愚かな貴様が!」
「お前の言う通り。
私は今、後悔しています。
守るべき時に、守りたい人達を、守ることすらできぬ力のない自分を。
それを良しと、守られる立場に甘えてきた自分を」
短剣を構え、シヴィルは決意を込めて宣言した。
「故に私は、リドリスの巫女として――
この身に換えても、お前を滅ぼします!」
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