魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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3章 巫女と冥龍の友誼譚

【1】魔幻結界

公開日時: 2021年10月17日(日) 11:01
更新日時: 2021年10月17日(日) 11:29
文字数:1,306

《御使い様――》

 ずらりと立ち並ぶ死骸兵コープストルーパーの軍勢を目の当たりにして、シヴィルが訊ねたのは、率直な疑問であった。

《この数の死骸兵を、連れて歩くのですか?》


 もう少し驚き慄く反応を期待していた魔王は、拍子抜けした気分になったが、すぐに気を取り直して、

《いや。こやつらは魔幻結界内に送り、そこで待機させる。そして必要に応じて、現世に召喚するのだ》

《魔幻結界…?》

現世アインファとは異なる場所――いわゆる異空間、というやつだ。

 ちょうどいい、転移門ゲートを開いて、お前にも見せてやろう》



 次元を穿ち、異界と現世を繋ぐポータル――

 ゲートの向こうに広がっていたのは、薄闇と、魔力の霧が渦巻く空間だった。

《本来、ここは虚無の世界。

 そこに広範囲の結界を張ることにより、その内部で物質が安定して存在できるようにしているのだ》

《すごい……!》

《人間が住むには、あまり適しているとは言えんがな》



《海のように、霧が渦巻いて……》

《あれがこの結界を維持する魔力だ。だが生あるものには猛毒でもある。

 お前も人のままであったなら、ここに数秒とて立ってはいられまいよ》

《こんなに、美しいのに…》


(この景色が美しい、とはな。

 小娘め、アンデッドの感覚に馴染んできたのではないか?)

 予想外に状況への適応が早いシヴィルに、少し呆れながら――


 ふとその時、魔王は重要なことを失念していたことに気がついた。

 否、忘れようとしていたことを思い出してしまった、と言うべきか。


《そう言えば、ここには『あいつ』がいたな……》

《あいつ……?》

《ああ、うっかりしていた。

 出くわすと面倒くさいことになる。

 さあ、さっさと現世アインファに戻り、次の目的地へ向かうとしよう》


 死骸兵コープストルーパーたちが全て魔幻結界内に入ったのを確認し、魔王自身もゲートに戻ろうとした、その時――



『――待て』


 重々しい声が轟き、霧の渦の中から、巨大なものが姿を現す。

『四百年間、訪れる者も絶えたこの地に、再びゲートを開く者がいるとは。何者だ?』


 それは闇よりもなお黒い、ドラゴンの姿だった。


「冥龍、ヴァルグリンド……」

 魔王がその名を呟くと、巨龍は咆哮した。


 ――グオォォォォォ!!


 空間が、それを満たす魔力さえもが、びりびりと震える。

 冥龍は、この閉じた世界で最も力あるものであり、まさしくこの地の主なのだった。


《み、御使い様…!》

《案ずるな。

 ……やれやれ、気は進まぬが、話してみるしかあるまい》

 魔王は嘆息して、



「久しいな、ヴァルグリンド。

 我を忘れたわけではあるまい?」

『貴様のような小娘など知らぬわ。

 人の身でよくもこの地に――

 いや、その身体、生ける屍か?』

 冥龍は、知己である魔王を、彼本人だと認識できていない様子だ。


(なるほど、シヴィルの姿では、流石に気づかぬか。

 待て、我だと知れば、こやつは……

 これはむしろ、好都合ではないか?)

 魔王の脳裏に、名案が浮かんだ。

(……よし、このまま我であることは気取られぬように、振る舞うとするか……)


「そ、そういえば、そなたとは初対面であったな。

 我はシヴィル、この魔幻結界の新たな所有者となった者だ」


『……何だと?』

 冥龍の瞳が剣呑に輝く。

 途端に、魔力の霧がその姿を覆い隠すと――



 再び霧の中から現れた姿は、小柄な少女に変貌していた。

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