食事を御馳走になっただけでも申し訳ないのに、この上泊まらせてもらうなどとは。
シヴィルは慌てて、
「いえ、さすがに、それは申し訳なく……!」
一方、アレアは小さく笑って、
「ご遠慮なさらず。
むしろ、寂しい一人暮らしの家ですもの、泊っていって下さると嬉しいわ」
そう言われては、さすがに断るのも忍びない。
「そ、それでは、お言葉に甘えて…」
《……やれやれ……》
その様子に、魔王が呆れて呟いた。
夕餉の時間が終わり。
居間で寛ぎながら、食事の後片付けをしているアレアの様子を見ていると、魔王が語りかけてきた。
《あのアレアという女、妙だとは思わぬか?》
《……そうでしょうか?》
《知り合ったばかりの旅人に、家に招待するばかりか寝泊まりまでさせるとは》
《確かに、とても親切な方だとは思いますが……》
《お前は人を疑うということを知らぬのだな。いったいどういう環境で育ったのだ?
……まあいい。くれぐれも用心を怠るな。
我は少しの間、眠らせてもらう》
《御使い様も、お休みになるのですか?》
《本来、我には眠りなど必要ないのだがな。どうやらお前と融合した影響らしい。
お前と出会ってから、色々ありすぎて、力も消耗しすぎたようだ。
少しの間、代わってはやれぬが、大丈夫か?》
《はい。ゆっくりお休みください》
魔王の意識が眠りに溶けていく。
その時、ちょうど、片付けを終えたアレアがやってきて、シヴィルを隣室に案内した。
「お疲れになったでしょう。どうぞ、こちらへ」
そこは狭い部屋の殆どを占める、ベッドの置かれた寝室だった。
「今夜はここを使って下さいね」
「こんな立派なベッドで……よろしいのですか?」
「どうぞ、ごゆっくりお休みになって。
私は、別室で休ませてもらいますから」
微笑むアレアの好意に感謝して、シヴィルは休ませてもらうことにした。
(本当はお風呂に入りたい……
せめて、ゆっくりできる服に着替えられたらと思うけど……)
シヴィルは『用心を怠るな』という魔王の言葉を思い返した。
その魔王にも今は頼れない。
いざという時に動ける格好でいなければ。
結局、旅姿のままシヴィルはベッドに身を預けた。
(御使い様が、本当に……
魔王ダムサダールだったなんて……)
魔幻結界での、リンディとのやり取りを思い返して、シヴィルは改めて、自らが『リドリス神の御使い』と信じていた存在のことを思い返した。
(でも、話に聞いていた冷酷無慈悲な魔王ダムサダールと、あの方は違う気がする。
確かに、冷徹なところはあるけれど……)
シヴィルは、帝都の外れにある、リドリス神殿で生まれ育った。
英雄ウェルドナンの末裔、リドリス神から魔王を滅ぼす者としての使命を授かった巫女として。
なのに今は、その魔王と自分は一心同体なのだ。
(もし御使い様が――
魔王ダムサダールが、本当に邪悪な存在だとしたら……
私は、どうすべきなの……?)
しばらく考え込んだが、答えは出なかった。
彼女の知る『御使い様』は、けっして滅ぼすべき存在とは思えなかったからだ。
(そうね、今、結論を出すことはできない。
もう少し、御使い様のことを見極めてから決めよう)
そう考えると、気持ちも楽になってきて、今度はどっと疲れが押し寄せてきた。
(アンデッドは眠らないって聞いてたけど……
『リッチ』になってしまった私でも、眠気は来るのね……)
シヴィルには知る由もなかったが――
それは人間の眠りとは根本的に異なる。
アンデッドは眠るのではなく、一時的に『死ぬ』のだ。
『死』の世界に繋がることで、その瘴気を取り込み、己の消耗した力を回復させる……
それこそがアンデッドにとっての『眠り』であった。
では、その眠りに夢はあるのか。
術により操られ、自我を失っているゾンビやスケルトンとは異なり、リッチやヴァンパイアなど、高い知性を持ち、生前の記憶を保っている高位のアンデッドは、『眠り』の中で夢を見る。
そう、シヴィルもまた、死の眠りの中で、夢を見るのだった。
そして、この夜、シヴィルの見た夢とは――
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