魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【2】アデュラへの尋問

公開日時: 2021年12月12日(日) 19:18
更新日時: 2021年12月13日(月) 06:46
文字数:2,346

 アデュラがそう叫んだ次の瞬間――


 シヴィルの神剣の切っ先が、その喉元に突き付けられていた。



「な――!?」


 いつの間に、間合いに入られた!?

 驚愕に目を見開き、凍りつくアデュラ。


「誰が誰の敵じゃないと?」


 眼前に立つ少女――の姿をした魔王が、冷たい笑みを浮かべる。


「――くッ!」


 アデュラが大剣を横薙ぎに払う。


 魔王はそれを易々と避け、


「相手の力も見極められぬか、未熟者」


 そして、攻勢に転じた。



 その剣先から次々と繰り出される刺突に、大剣をかざして防ごうとするものの――

 その恐るべき速さ、巧みさに、まるで対応できないアデュラ。


「うっ、ぐっ、くぁッ!」


 アデュラの全身を覆う重装鎧ヘビーアーマーは、機敏さを著しく制限する代わりに、いかなる剣や槍をも弾く、鉄壁の防御を誇る。

 しかし、可動部にあたる関節部位は、装甲にほんの僅かな隙間があり、それこそが弱点といえた。


 それでも、そこを狙っての精確な攻撃など、常人にはできようはずもない――。


 そう、今シヴィルの身体を操っている、魔王その人でもなければ。


 右腕、左腕、右脚、左脚。


 装甲に覆われた四肢の、いずれの関節をも精確に狙って来る連撃に、幾度も貫かれ。


「あぐッ!」


 とうとう全く反撃することもできず、アデュラは固い床の上に倒れ伏した。

 四肢を穿つ激痛の上、重い鎧が仇となり、もはや満足に身動きをとることもできない。


(こいつがッ……

 こんなに腕が立つはずがッ……!)


 這いつくばるその眼前に、神剣の鋭い切っ先が突きつけられた。



「畜生ッ……!」


 冷ややかに自分を見下ろす少女を睨みつけるアデュラ。


「殺すならさっさと殺せよ。

 じゃねェと、次に会った時にアタシがアンタを殺す」



「貴様には無理だ」


 魔王の告げる言葉はどこまでも冷徹で――


「貴様を殺すのは容易い。

 だが、命乞いせぬ気位の高さは認めてやろう」


 それでいて、どこか愉しげでもあった。


「それに、ただの小娘と侮っていた相手に、手も足も出ず敗北し、そうして生き恥を晒す方が貴様には辛かろう?」


 魔王の言う通りであった。

 己の戦闘能力に絶対の自信を持ち、『龍角』の二つ名を誇りとしていたアデュラにとって、この敗北はこの上ない恥辱。

 そして、思い上がっていた己の未熟さをようやく痛感し、血が出るほどに唇を噛みしめた。


「クソッ……!

 殺さないというのなら、アタシをどうするつもりだッ……!」


「貴様には訊きたいことがある。

 大人しく話すなら、手下の兵ともども、村の外へと放逐するのみで、手打ちとしてやろう」


 魔王の言葉に、アデュラはこの期に及んで、不敵な笑みを浮かべた。


「そんな話を飲むと思うか?

 アタシらは陛下の命で、嫌でもゼルゼレイの野郎を護衛しなきゃならねェんだ」




「そのゼルゼレイはもう死んだぞ。

 いや、滅んだと言うべきか。

 奴はすでにこの世の者ではなかったからな」


 思いもよらぬ言葉に、アデュラの笑みが消えた。


「なんだと?」


「奴の正体は『リッチ』――

 すなわち、アンデッドだ」


「ハッ、そんな馬鹿な話が――」


 予想通り、アデュラはその事実を、全く知らなかった様子だ。

 まさか自分たちが護衛を命ぜられた死霊術師が、人間などではなく、

 最高位のアンデッド、この世ならぬ魔物であったなどと――




 しかし、その眼前に、魔王が放り投げたもの。


 ゼルゼレイが被っていた、黒い帽子を目の当たりにして、ようやくその言葉が真実と悟り、顔色を変えた。


「アンタが、あのゼルゼレイを……?

 しかし、奴がそんな化物だったってンなら――

 なぜ陛下は、あんな奴らを、側に仕えさせている……?」


 アデュラが口走ったその言葉を、魔王は聴き逃さなかった。


「――『奴ら』?

 ゼルゼレイのような者が、他にもいるというのか」


「ああ。ゼノヴィス陛下が皇帝に即位されて間もなく、皇宮に現れた四人の奴らだ」


 自らの中に生まれた疑念に、もはや口を閉ざすのも諦めたか、アデュラは素直に答えた。


「連中は西の地より来た魔導士の一団を名乗り、かつて魔王ダムサダールが遺した叡智と秘儀を、

 真に世界の覇者となるに相応しい者に授けるべく、旅をしていると言った」


(西の地、か……

 かつての我が居城、ダセスのある方角だな)


「その四人組の一人が、ゼルゼレイというわけか」


「……ああ。

 連中が陛下に何を吹き込んだかは知らねェ。

 だがそれ以来、陛下は絶対の忠誠を誓うアタシら聖騎士団より、あの胡散臭い連中を傍に置いて重用するようになった」


 苦々しげに呟くアデュラ。


(なるほどな。

 聡明な皇子だったゼノヴィスが、奇妙な野心を持ち始め、暴君に成り果てたのもその頃、というわけだ)


「その四人――

 ゼルゼレイ以外の、あとの三人は、どのような連中だ?」


「長身の、やたら綺麗な顔をした男と、仮面で顔を隠した女――

 そして、子供だ」


「――子供?」


「ああ。アタシは直接口を利いたことはないけどな。

 遠目には、十にも満たないようなガキに見えた。

 だが、驚いたことに、四人の中では、そのガキが一番、序列が上らしい」


 つまり、見た目通りの『子供』ではありえない、ということだろう。


 それに、もし、その三人もかつての七将であるなら――

 いずれも、その正体は人ならざる存在であり、ゼルゼレイ同様、変化の術で人間の容姿を装っているに過ぎない。



(とはいえ、あれから四百年も経っている。

 七将のうち何人がまだ健在でいるのか、連中が現在、どのような姿をしているのか――

 ……見当もつかんな)


「そやつらの名は、なんという?」


「優男は、ロレルナン。

 仮面の女は、ダミアと名乗っていた」


(知らぬ名だな。

 人に紛れる為に、名を変えている可能性もあるが)


「で、ガキの方は――

 アインフェルド様、とか呼ばれていたな」


「アインフェルド……!?」


 魔王はその名を聴いて、初めて顔色を変えた。


 その名前は――


 魔王にとって、唯一にして無二の。

 親友であった者の、名であった。

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