アデュラがそう叫んだ次の瞬間――
シヴィルの神剣の切っ先が、その喉元に突き付けられていた。
「な――!?」
いつの間に、間合いに入られた!?
驚愕に目を見開き、凍りつくアデュラ。
「誰が誰の敵じゃないと?」
眼前に立つ少女――の姿をした魔王が、冷たい笑みを浮かべる。
「――くッ!」
アデュラが大剣を横薙ぎに払う。
魔王はそれを易々と避け、
「相手の力も見極められぬか、未熟者」
そして、攻勢に転じた。
その剣先から次々と繰り出される刺突に、大剣をかざして防ごうとするものの――
その恐るべき速さ、巧みさに、まるで対応できないアデュラ。
「うっ、ぐっ、くぁッ!」
アデュラの全身を覆う重装鎧は、機敏さを著しく制限する代わりに、いかなる剣や槍をも弾く、鉄壁の防御を誇る。
しかし、可動部にあたる関節部位は、装甲にほんの僅かな隙間があり、それこそが弱点といえた。
それでも、そこを狙っての精確な攻撃など、常人にはできようはずもない――。
そう、今シヴィルの身体を操っている、魔王その人でもなければ。
右腕、左腕、右脚、左脚。
装甲に覆われた四肢の、いずれの関節をも精確に狙って来る連撃に、幾度も貫かれ。
「あぐッ!」
とうとう全く反撃することもできず、アデュラは固い床の上に倒れ伏した。
四肢を穿つ激痛の上、重い鎧が仇となり、もはや満足に身動きをとることもできない。
(こいつがッ……
こんなに腕が立つはずがッ……!)
這いつくばるその眼前に、神剣の鋭い切っ先が突きつけられた。
「畜生ッ……!」
冷ややかに自分を見下ろす少女を睨みつけるアデュラ。
「殺すならさっさと殺せよ。
じゃねェと、次に会った時にアタシがアンタを殺す」
「貴様には無理だ」
魔王の告げる言葉はどこまでも冷徹で――
「貴様を殺すのは容易い。
だが、命乞いせぬ気位の高さは認めてやろう」
それでいて、どこか愉しげでもあった。
「それに、ただの小娘と侮っていた相手に、手も足も出ず敗北し、そうして生き恥を晒す方が貴様には辛かろう?」
魔王の言う通りであった。
己の戦闘能力に絶対の自信を持ち、『龍角』の二つ名を誇りとしていたアデュラにとって、この敗北はこの上ない恥辱。
そして、思い上がっていた己の未熟さをようやく痛感し、血が出るほどに唇を噛みしめた。
「クソッ……!
殺さないというのなら、アタシをどうするつもりだッ……!」
「貴様には訊きたいことがある。
大人しく話すなら、手下の兵ともども、村の外へと放逐するのみで、手打ちとしてやろう」
魔王の言葉に、アデュラはこの期に及んで、不敵な笑みを浮かべた。
「そんな話を飲むと思うか?
アタシらは陛下の命で、嫌でもゼルゼレイの野郎を護衛しなきゃならねェんだ」
「そのゼルゼレイはもう死んだぞ。
いや、滅んだと言うべきか。
奴はすでにこの世の者ではなかったからな」
思いもよらぬ言葉に、アデュラの笑みが消えた。
「なんだと?」
「奴の正体は『リッチ』――
すなわち、アンデッドだ」
「ハッ、そんな馬鹿な話が――」
予想通り、アデュラはその事実を、全く知らなかった様子だ。
まさか自分たちが護衛を命ぜられた死霊術師が、人間などではなく、
最高位のアンデッド、この世ならぬ魔物であったなどと――
しかし、その眼前に、魔王が放り投げたもの。
ゼルゼレイが被っていた、黒い帽子を目の当たりにして、ようやくその言葉が真実と悟り、顔色を変えた。
「アンタが、あのゼルゼレイを……?
しかし、奴がそんな化物だったってンなら――
なぜ陛下は、あんな奴らを、側に仕えさせている……?」
アデュラが口走ったその言葉を、魔王は聴き逃さなかった。
「――『奴ら』?
ゼルゼレイのような者が、他にもいるというのか」
「ああ。ゼノヴィス陛下が皇帝に即位されて間もなく、皇宮に現れた四人の奴らだ」
自らの中に生まれた疑念に、もはや口を閉ざすのも諦めたか、アデュラは素直に答えた。
「連中は西の地より来た魔導士の一団を名乗り、かつて魔王ダムサダールが遺した叡智と秘儀を、
真に世界の覇者となるに相応しい者に授けるべく、旅をしていると言った」
(西の地、か……
かつての我が居城、ダセスのある方角だな)
「その四人組の一人が、ゼルゼレイというわけか」
「……ああ。
連中が陛下に何を吹き込んだかは知らねェ。
だがそれ以来、陛下は絶対の忠誠を誓うアタシら聖騎士団より、あの胡散臭い連中を傍に置いて重用するようになった」
苦々しげに呟くアデュラ。
(なるほどな。
聡明な皇子だったゼノヴィスが、奇妙な野心を持ち始め、暴君に成り果てたのもその頃、というわけだ)
「その四人――
ゼルゼレイ以外の、あとの三人は、どのような連中だ?」
「長身の、やたら綺麗な顔をした男と、仮面で顔を隠した女――
そして、子供だ」
「――子供?」
「ああ。アタシは直接口を利いたことはないけどな。
遠目には、十にも満たないようなガキに見えた。
だが、驚いたことに、四人の中では、そのガキが一番、序列が上らしい」
つまり、見た目通りの『子供』ではありえない、ということだろう。
それに、もし、その三人もかつての七将であるなら――
いずれも、その正体は人ならざる存在であり、ゼルゼレイ同様、変化の術で人間の容姿を装っているに過ぎない。
(とはいえ、あれから四百年も経っている。
七将のうち何人がまだ健在でいるのか、連中が現在、どのような姿をしているのか――
……見当もつかんな)
「そやつらの名は、なんという?」
「優男は、ロレルナン。
仮面の女は、ダミアと名乗っていた」
(知らぬ名だな。
人に紛れる為に、名を変えている可能性もあるが)
「で、ガキの方は――
アインフェルド様、とか呼ばれていたな」
「アインフェルド……!?」
魔王はその名を聴いて、初めて顔色を変えた。
その名前は――
魔王にとって、唯一にして無二の。
親友であった者の、名であった。
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