魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
風祭史紀

【2】死の軍勢

公開日時: 2021年10月16日(土) 18:54
文字数:1,550

《み、御使い様っ!》

『ウェルドナン……だと!?』

  魔王の中のシヴィル本人と、死霊が驚きの声を上げたのは同時だった。


《どうして私の名前を名乗っちゃったんですか!》

《別に困るものでもあるまい?

 そもそもこの身体はお前のものであろう》

《……そ、それはそうですが!

 『正義のために戦う英雄の末裔』とか、『死を統べる不死の主』とか……

 そういうのを自分で名乗るのはちょっと……恥ずかしいです!》

《……そういうものか……?》

 箔をつけて自分を格上に見せるのは、他者を屈服させる上での基本であろうに。

 小娘の感覚はわからぬ。


 一方、死霊の方の反応は――

『ウェルドナンの末裔が、ウェルドナンの築いた帝国と戦うというのか。

 そんな馬鹿げた話を信じると思うか!』

 こちらはこちらで、素直に跪くつもりはないらしい。


「ならば、我のこの姿を見るがいい。

 我もお前たちと同じく、『死』に属する側だ」

『――確かに、その肉体は――アンデッド。

 それも高位の――もしや、リッチか!』

「我も帝国により命を喪い、このような身へと転化した者。

 ゆえに、お前たちに近い存在だ」



『ならば、貴様がどれほどの存在か、試してやろう。

 我らが憎悪に耐えきれるかどうかをな!』


 石堂より現れた死霊は、陽光の下においても、憎悪の念に凝り固まった悪意の塊のように、どす黒く禍々しい姿だった。

 それがさらに、巨大なものに、膨らんでいく!


「大人しく従う気にはならぬか。

 ――ならば、力でねじ伏せるまで!」



 魔王はコートを脱ぎ捨て、リドリスの神剣を抜き放った。


 死霊の放つ邪気の塊による攻撃を難なく躱し、黒鴉の如く宙に舞うと、魔王は神剣を一閃させた。

『クハハハ、我が身を形作るは、死の瘴気と憎悪の念!

 そのようななまくら如きで、傷つけられると思うてか!』

 哄笑するその幽体を、銀の輝きが薙ぎ払う。

 次の瞬間、死霊は驚愕した。

『――馬鹿な!

 我が霊体が……憎悪が……悪意が――

 霧散する……だと!?』


 本来、実体のない死霊には、普通の武器など通用しない。

 しかし戦女神の祝福を受けた神聖なる剣は、邪悪な霊体にとってこの上ない脅威だった。


(かつて我の肉体を滅ぼし、さらには依り代とする羽目になった忌々しきリドリスの剣――

 だが、手札とするなら流石の威力よ)


  呟き、魔王は右腕をかざした。

「このまま貴様を散らせても良いが、それではつまらぬ」



「我が暗黒の魔術、死者すら苛む苦痛の檻ケージオブペインにて、我に逆らった報いを噛みしめるがいい!」

 掌から放たれた光が、死霊を覆い、痛覚などもはやないはずの霊体を、想像を絶する激痛が襲う。

『――ゴァァァッ!』

 光の檻の中、悶え苦しむ死霊に、もはや歯向かう術はなかった。


 しばらくの間、その姿を見つめてから、魔王は冷ややかに言った。

「さあ、死する魂ども、貴様らの意志で選ぶがいい。

 我に従うか、否かを。

 従うならば、術を解いてやろう」

『ぐ……おぉォォ……

 従う、従おう……

 御身が力あるものと、重々に承知した…』

 魔王はふん、と退屈そうな顔をすると、腕を振り払い、死霊を戒める術を解除した。




『シヴィル様。

 御身が我らの無念を晴らして下さるならば、我ら死の軍勢の一員として、御身に従い、忠誠を誓いまする』

 死霊――この地に転がる骸たちの怨念の集合体は、恭しく頭を下げた。

「うむ。お前たちの期待に、必ずや応えよう。

 お前たちの骸、我が兵として使わせてもらうぞ」


 魔王が墓地に転がる無数の亡骸に向けて『屍操術ネクロマンシー』の呪文を詠唱する。

 あちこちでカタカタと乾いた骨の動き出す音がして、人の形に戻った骨組みの兵士たちが、次々と立ち上がる。



 彼らこそ、かつて四百年前の戦では、魔王の軍の主力にして恐怖の象徴として、敵軍に恐れられた、死骸兵コープストルーパー

 こうして墓地に立ち並ぶその数は、百を下るまい。


《見るがいい、シヴィル。

 これがお前に従う、最初の兵士たちだ》

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート