《み、御使い様っ!》
『ウェルドナン……だと!?』
魔王の中のシヴィル本人と、死霊が驚きの声を上げたのは同時だった。
《どうして私の名前を名乗っちゃったんですか!》
《別に困るものでもあるまい?
そもそもこの身体はお前のものであろう》
《……そ、それはそうですが!
『正義のために戦う英雄の末裔』とか、『死を統べる不死の主』とか……
そういうのを自分で名乗るのはちょっと……恥ずかしいです!》
《……そういうものか……?》
箔をつけて自分を格上に見せるのは、他者を屈服させる上での基本であろうに。
小娘の感覚はわからぬ。
一方、死霊の方の反応は――
『ウェルドナンの末裔が、ウェルドナンの築いた帝国と戦うというのか。
そんな馬鹿げた話を信じると思うか!』
こちらはこちらで、素直に跪くつもりはないらしい。
「ならば、我のこの姿を見るがいい。
我もお前たちと同じく、『死』に属する側だ」
『――確かに、その肉体は――アンデッド。
それも高位の――もしや、リッチか!』
「我も帝国により命を喪い、このような身へと転化した者。
ゆえに、お前たちに近い存在だ」
『ならば、貴様がどれほどの存在か、試してやろう。
我らが憎悪に耐えきれるかどうかをな!』
石堂より現れた死霊は、陽光の下においても、憎悪の念に凝り固まった悪意の塊のように、どす黒く禍々しい姿だった。
それがさらに、巨大なものに、膨らんでいく!
「大人しく従う気にはならぬか。
――ならば、力でねじ伏せるまで!」
魔王はコートを脱ぎ捨て、リドリスの神剣を抜き放った。
死霊の放つ邪気の塊による攻撃を難なく躱し、黒鴉の如く宙に舞うと、魔王は神剣を一閃させた。
『クハハハ、我が身を形作るは、死の瘴気と憎悪の念!
そのようななまくら如きで、傷つけられると思うてか!』
哄笑するその幽体を、銀の輝きが薙ぎ払う。
次の瞬間、死霊は驚愕した。
『――馬鹿な!
我が霊体が……憎悪が……悪意が――
霧散する……だと!?』
本来、実体のない死霊には、普通の武器など通用しない。
しかし戦女神の祝福を受けた神聖なる剣は、邪悪な霊体にとってこの上ない脅威だった。
(かつて我の肉体を滅ぼし、さらには依り代とする羽目になった忌々しきリドリスの剣――
だが、手札とするなら流石の威力よ)
呟き、魔王は右腕をかざした。
「このまま貴様を散らせても良いが、それではつまらぬ」
「我が暗黒の魔術、死者すら苛む苦痛の檻にて、我に逆らった報いを噛みしめるがいい!」
掌から放たれた光が、死霊を覆い、痛覚などもはやないはずの霊体を、想像を絶する激痛が襲う。
『――ゴァァァッ!』
光の檻の中、悶え苦しむ死霊に、もはや歯向かう術はなかった。
しばらくの間、その姿を見つめてから、魔王は冷ややかに言った。
「さあ、死する魂ども、貴様らの意志で選ぶがいい。
我に従うか、否かを。
従うならば、術を解いてやろう」
『ぐ……おぉォォ……
従う、従おう……
御身が力あるものと、重々に承知した…』
魔王はふん、と退屈そうな顔をすると、腕を振り払い、死霊を戒める術を解除した。
『シヴィル様。
御身が我らの無念を晴らして下さるならば、我ら死の軍勢の一員として、御身に従い、忠誠を誓いまする』
死霊――この地に転がる骸たちの怨念の集合体は、恭しく頭を下げた。
「うむ。お前たちの期待に、必ずや応えよう。
お前たちの骸、我が兵として使わせてもらうぞ」
魔王が墓地に転がる無数の亡骸に向けて『屍操術』の呪文を詠唱する。
あちこちでカタカタと乾いた骨の動き出す音がして、人の形に戻った骨組みの兵士たちが、次々と立ち上がる。
彼らこそ、かつて四百年前の戦では、魔王の軍の主力にして恐怖の象徴として、敵軍に恐れられた、死骸兵。
こうして墓地に立ち並ぶその数は、百を下るまい。
《見るがいい、シヴィル。
これがお前に従う、最初の兵士たちだ》
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