ゲートを通り、魔王は再び、現世へ――
見上げると、空は夕暮れ時ながら、薄闇に慣れた目には眩しい。
墓地を改めて見回すと、地面を覆いつくすほどだった無数の骸は、そのほぼ全てが死骸兵となったため、すっかり消え去り、まるで異なる場所のような様変わりだ。
《御使い様、お疲れみたいですね》
《さすがに、戦いや禁呪の詠唱に力を使いすぎた。
少し休息が必要だな》
《……どうしましょう?》
《このような墓地があるのならば、近くに村や街もあろう。
まずはそこへ向かい、宿をとるとしよう》
帝国の目もある、あまり人の多い場所より小さな村がいいだろう。
街道を進み、ほどなくして村が見えてきた。
規模はさほど大きくないが、村の周囲を丸太で築かれた外壁が覆い、ちょっとした砦のような趣だ。
《御使い様……あの……》
《……どうした?》
《ここから先は、この格好では、ちょっと…》
シヴィルの言葉に、魔王は失念に気づいた。
漆黒の装いは、明らかに真っ当な旅人のそれではない。
魔王は自らに変化の呪文を唱え、旅の女剣士らしい装いに変えた。
《これなら文句はなかろう?》
《はい。
この姿なら、村の人たちにも旅人を名乗れますね》
《まあそれでも、余所者として警戒はされるであろうがな。
帝国が各地の村々を襲撃しているというのであれば、なおさらだ》
《なぜ帝国は……
ゼノヴィスは、そんなことを……?》
《さあな。
ひとまずは、村で休めるところを探すとしよう。
すんなりと、入れてくれればいいが》
魔王の懸念通り、村の入口に近づくと、門番らしい屈強な男たちが、その行く手を阻んだ。
「娘、この村に何の用があって来た?」
《御使い様、私が話してみます》
《頼む。我は人間と話すのに慣れておらぬからな》
交代すると、シヴィルは丁寧に、門番の男たちに、一夜の宿を求めて立ち寄ったことを説明した。
しかし――
「女の身であっても、余所者を村に入れるわけにはいかん。その辺りで野宿でもすることだな」
男たちの態度はあくまで冷淡だった。
《埒が明かんな。魅了の呪文を使って通るか?》
《いえ……
それだと、後々面倒なことになりそうな気がします》
《むぅ……》
その時、門の内側、男たちの背後から凛とした声が響いた。
「貴方たち、何をしているのです」
「これは、アレアお嬢さん!」
男たちが振り向いて、背後にいた女性に、慌てて頭を垂れる。
アレアと呼ばれた女性は、一見して、さほど特別な身分のようには見えない、質素な身なりだった。
歳の頃は、二十代半ば、というところか。
「陽も落ちかけたこの時間に、若い女性を追い払おうなど、貴方たちには人の情がないのですか」
「し、しかし……」
「私から父に話します。その方を入れて差し上げて」
その言葉に男たちは引き下がった。
アレアの取り計らいで、村の中へと入ることができ、シヴィルは安堵した。
「嫌な思いをさせてごめんなさい。
皆、帝国のせいで少し用心深くなりすぎているの」
「こちらこそ感謝の言葉もありません。
アレアさんがいて下さらなければ、外で野宿する羽目になっていました」
シヴィルの丁寧な言葉使いに、アレアもただの旅人ではないと気づいた様子だ。
「貴女は――?」
「私は、訳あって諸国を旅しております、シヴィルと申します」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!