魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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4章 巫女と皇子の睡夢譚

【1】休息を求めて

公開日時: 2021年10月20日(水) 19:30
文字数:1,309

 ゲートを通り、魔王は再び、現世アインファへ――


 見上げると、空は夕暮れ時ながら、薄闇に慣れた目には眩しい。

 墓地を改めて見回すと、地面を覆いつくすほどだった無数の骸は、そのほぼ全てが死骸兵コープストルーパーとなったため、すっかり消え去り、まるで異なる場所のような様変わりだ。


《御使い様、お疲れみたいですね》

《さすがに、戦いや禁呪の詠唱に力を使いすぎた。

 少し休息が必要だな》

《……どうしましょう?》

《このような墓地があるのならば、近くに村や街もあろう。

 まずはそこへ向かい、宿をとるとしよう》


 帝国の目もある、あまり人の多い場所より小さな村がいいだろう。




 街道を進み、ほどなくして村が見えてきた。

 規模はさほど大きくないが、村の周囲を丸太で築かれた外壁が覆い、ちょっとした砦のようなおもむきだ。


《御使い様……あの……》

《……どうした?》

《ここから先は、この格好では、ちょっと…》

 

 シヴィルの言葉に、魔王は失念に気づいた。

 漆黒の装いは、明らかに真っ当な旅人のそれではない。



 魔王は自らに変化の呪文を唱え、旅の女剣士らしい装いに変えた。

《これなら文句はなかろう?》

《はい。

 この姿なら、村の人たちにも旅人を名乗れますね》

《まあそれでも、余所者として警戒はされるであろうがな。

 帝国が各地の村々を襲撃しているというのであれば、なおさらだ》

《なぜ帝国は……

 ゼノヴィスは、そんなことを……?》

《さあな。

 ひとまずは、村で休めるところを探すとしよう。

 すんなりと、入れてくれればいいが》


 魔王の懸念通り、村の入口に近づくと、門番らしい屈強な男たちが、その行く手を阻んだ。

「娘、この村に何の用があって来た?」


《御使い様、私が話してみます》

《頼む。我は人間と話すのに慣れておらぬからな》



 交代すると、シヴィルは丁寧に、門番の男たちに、一夜の宿を求めて立ち寄ったことを説明した。

 しかし――


「女の身であっても、余所者を村に入れるわけにはいかん。その辺りで野宿でもすることだな」

 男たちの態度はあくまで冷淡だった。


《埒が明かんな。魅了の呪文を使って通るか?》

《いえ……

 それだと、後々面倒なことになりそうな気がします》

《むぅ……》


 その時、門の内側、男たちの背後から凛とした声が響いた。


「貴方たち、何をしているのです」

「これは、アレアお嬢さん!」


 男たちが振り向いて、背後にいた女性に、慌てて頭を垂れる。

 アレアと呼ばれた女性は、一見して、さほど特別な身分のようには見えない、質素な身なりだった。

 歳の頃は、二十代半ば、というところか。


「陽も落ちかけたこの時間に、若い女性を追い払おうなど、貴方たちには人の情がないのですか」

「し、しかし……」

「私から父に話します。その方を入れて差し上げて」

 その言葉に男たちは引き下がった。



 アレアの取り計らいで、村の中へと入ることができ、シヴィルは安堵した。


「嫌な思いをさせてごめんなさい。

 皆、帝国のせいで少し用心深くなりすぎているの」

「こちらこそ感謝の言葉もありません。

 アレアさんがいて下さらなければ、外で野宿する羽目になっていました」

 シヴィルの丁寧な言葉使いに、アレアもただの旅人ではないと気づいた様子だ。


「貴女は――?」

「私は、訳あって諸国を旅しております、シヴィルと申します」

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