魔王と巫女の重奏譚(アンサンブル)

魔王と巫女、一つの身体を共有する二人が、英雄の築いた帝国に立ち向かう。
風祭史紀
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【3】少女は不死者に転化する

公開日時: 2021年10月13日(水) 11:39
文字数:922

傷が深い……!

この娘を死なせるわけにはゆかぬ。


信じがたいことだったが……

魔王は、この状況に我知らず焦りを抱いていた。


憑依している魔王自身には痛覚はない。

だが、この身体の本来の持ち主であるシヴィルにとって、その苦痛は想像を絶するものであるはずだった。



「良いのです、御使い様…

 私はこうなる…運命だったのかも…しれません…」

《黙っていろ、我が救ってやる!》


 しかし、魔王には人を傷つけ殺す術には長けても、人を癒す術などない。

 己の無力を感じたのは、これが初めてだった。


《――否。

 救ってやれる方法はある――》


 それは、かつて魔王が己の力を高めるために習得した、数々の忌まわしき高位暗黒魔法――

 『禁呪』と呼ばれ、歴史の闇に葬られたはずの術の一端。


《我とこの娘が完全に同化し、一体となれば……!》

 それは、一時的な憑依とは異なる。

 完全にシヴィルが魔王、魔王がシヴィルとなり、二人の意識が混ざりあい、別の存在となるということでもある。


 先ほどまで見ず知らずだった少女を救うために、下せる決断ではない。

 はずだった。



 そして、同化するため、魔王の魔力を受け入れられる器とするには、シヴィルの身体は脆弱すぎる。

 だがこの娘を、アンデッドに変えてやれば…!


 刻一刻と命の火は消えていく。

 もはや迷っている余地はなかった。


 不死化と融合、二つの禁呪の詠唱が響き渡る。


 そして、どれだけの時が過ぎたか。

 夜の闇に覆われた空が、東の彼方から、仄かな明るい色が滲みはじめたころ。


 かつて、人間であった、シヴィルという名の少女は――

 強大な魔力を持つ『リッチ』へと変貌した。

 その身に、かつてこの世界を震撼させた魔王・ダムサダールを宿して。


《どうやら、うまくいったな》

 本来であれば、高位魔導士が様々な触媒や儀式道具を用い、数日の時をかけて行う禁呪。

 それを何の準備もなく、短時間に二つ続けて成功させたのは、流石に魔王と呼ばれる者に相応しい離れ業といえた。



見れば、腹に開いた穴も完全にふさがっている。

魔王はシヴィルが来ていた白い装束を脱ぎ捨て、かつて自身が愛用していた漆黒のコートを虚空より取り出し、身につけた。

《やはり、この姿こそが我というものだ》


そう呟いて、ふと気づく。

シヴィルの意識は――どうなったのだ?

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