傷が深い……!
この娘を死なせるわけにはゆかぬ。
信じがたいことだったが……
魔王は、この状況に我知らず焦りを抱いていた。
憑依している魔王自身には痛覚はない。
だが、この身体の本来の持ち主であるシヴィルにとって、その苦痛は想像を絶するものであるはずだった。
「良いのです、御使い様…
私はこうなる…運命だったのかも…しれません…」
《黙っていろ、我が救ってやる!》
しかし、魔王には人を傷つけ殺す術には長けても、人を癒す術などない。
己の無力を感じたのは、これが初めてだった。
《――否。
救ってやれる方法はある――》
それは、かつて魔王が己の力を高めるために習得した、数々の忌まわしき高位暗黒魔法――
『禁呪』と呼ばれ、歴史の闇に葬られたはずの術の一端。
《我とこの娘が完全に同化し、一体となれば……!》
それは、一時的な憑依とは異なる。
完全にシヴィルが魔王、魔王がシヴィルとなり、二人の意識が混ざりあい、別の存在となるということでもある。
先ほどまで見ず知らずだった少女を救うために、下せる決断ではない。
はずだった。
そして、同化するため、魔王の魔力を受け入れられる器とするには、シヴィルの身体は脆弱すぎる。
だがこの娘を、アンデッドに変えてやれば…!
刻一刻と命の火は消えていく。
もはや迷っている余地はなかった。
不死化と融合、二つの禁呪の詠唱が響き渡る。
そして、どれだけの時が過ぎたか。
夜の闇に覆われた空が、東の彼方から、仄かな明るい色が滲みはじめたころ。
かつて、人間であった、シヴィルという名の少女は――
強大な魔力を持つ『リッチ』へと変貌した。
その身に、かつてこの世界を震撼させた魔王・ダムサダールを宿して。
《どうやら、うまくいったな》
本来であれば、高位魔導士が様々な触媒や儀式道具を用い、数日の時をかけて行う禁呪。
それを何の準備もなく、短時間に二つ続けて成功させたのは、流石に魔王と呼ばれる者に相応しい離れ業といえた。
見れば、腹に開いた穴も完全にふさがっている。
魔王はシヴィルが来ていた白い装束を脱ぎ捨て、かつて自身が愛用していた漆黒のコートを虚空より取り出し、身につけた。
《やはり、この姿こそが我というものだ》
そう呟いて、ふと気づく。
シヴィルの意識は――どうなったのだ?
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