馬鹿どもに捧ぐ歌~妹を幸せにする高校生バンドマンの兄の話~

青春!ロック!かわいい妹!
兄原 雨石
兄原 雨石

人見知りのロック・シスター

公開日時: 2020年9月4日(金) 07:37
文字数:2,071

俺は唖然としていた。


「人間は、いきなり不測の事態が起きると思考が停止する」


なにかでそう聞いたことはあった。

なんでも、事態を把握するために脳が手間取るらしい。

まさに今俺はその状態だった。


(なぜ凪がここに?)


16年間生きてきてこれほどびっくりさせられたことはない。

いきなり予告もなしに、引きこもりの妹が自分の高校の部活動に来るなんて、

そんな馬鹿げた話、天と地がカバディを始めるレベルでそうそう経験しないだろう。


大事な事なのでもう一度言おう。なんで……


「なんで幸一の妹さんがここにいるんだ!?」

「おい清志、それは俺のセリフだ」


俺がそういうと、清志は戸惑ったような顔でこっちを見た。


「えっ?お前も聞かされてなかったのか?」


まあ、当然の反応だろう。

中学生の妹が兄の高校に転入するんだから、本来は俺に連絡があってしかるべきだ。

だが。


「俺は何も聞いてないんだ。妹から」

「マジかよ」


その問いに対し俺は無言で頷くと、今一番話を聞かなきゃいけない相手ーー

凪に向き直った。

凪は久しぶりの外だということや、学校という苦手な場であることもあって

服の裾をつかみ、ひどく緊張しているようだ。


俺はそんな凪にやさしく話しかけた。


「凪、なんでここに来たんだ?教えてくれるか」

「え、えっと、父さんが引きこもってないで学校にいきなさいって……

転校の書類は準備するからって言われて」

「それで?」

「どうせなら兄さんのいる学校にいきなさいって言われて。

一応来れたんだけど、でも周りは知らない子ばっかりで心細くて」

「だからここに来たのか」

「う、うん」


なるほど。あのクソオヤジめ、無理に凪を学校に行かせようとしたな。

しかも俺には相談どころか話もなしと来た。

俺は心の中で悪態をついた。


あいつに言ってやりたいことはたくさん浮かんだが、

今は凪を落ち着かせ、先輩たちに事情をうまく説明するのが先決だろう。


俺は凪を適当な席に座らせると、事態をうまく飲み込めていない先輩たちの近くに座った。


「先輩、幸一」

「おう。どうした。というかどうなってる?」

「詳しくは後日説明するんだが、とりあえず今日は妹と仲良くしてやってほしいです。

転校初日でちょっと緊張してるんだ。」

「お、おう。了解」

「おっけー。にしてもさ」

「なんですか?」


先輩はニヤリと笑うと、こちらに近寄りひそひそ声で話してきた。


(あの子結構かわいいじゃん。童貞くん見直しちゃった)


確かに凪はかわいいが、そろそろ俺を童貞と呼ぶのやめてもらっていいですか?

俺がそう言いたげにじっと理沙先輩を見ていると、先輩はこちらに視線を合わせてきた。


(どうした?あたしの顔が近くにあって惚れちゃいそう?)

(いえ、邪魔だなぁと)


あえて辛辣に返すも、先輩は(ひっでえなあ、乙女に向かって)と笑顔を崩さなかった。


まったく。

こんな魔境に純粋な凪を連れ込みたくはないのだが、いきさつがいきさつなので仕方がない。


俺はため息をつきながら、緊張して固まっている凪に話しかけた。


「凪」

「うん」

「今日は初日だし、俺の隣で見学するか?」

「う、うん。それでいいなら、お願い兄さん」

「わかった」


凪の了承はとった。部活なので、一応先輩たちにも確認をする。


「先輩、それでいいですよね?清志も」

「大丈夫だよ~」

「俺も大丈夫だ。今日は初日だし、いきなりってのもアレだからな」


よし。二人ともうまくこっちの意図に気が付いてくれたみたいだ。


すかさず時計を見る。

今が午後4時30分で、部活動終了が5時30分だから……


あと一時間だな。


あと一時間、とりあえず凪が無事に過ごしてくれればそれだけでいい。

なにせ今まで不登校でしばらく引きこもってたんだ。外に出るだけでもつらいはず。

その上年上の高校生たちに囲まれてるこの状況で、精神的にきついはずだからな。


にしても、まったくとんでもない事になったもんだ。


胃の痛い俺をよそに、理沙先輩の(久しぶりに)しゃんとした声が響いた。


「じゃ、文化祭も近いし練習再開しよっか。凪ちゃんは見ててね」

「は、はい」


俺は自分の机を凪の座っている机の横に移動させると、凪のそばで

ゆっくりギターを弾き始めた。


他の二人もそれぞれ自分の楽器を持って個人で練習し始める。

理沙先輩はドラム、清志はベースだ。


意外と二人とも楽器の練習だけは真面目にやるタイプなのだ。

よく言えばメリハリがある、とも言えるだろう


二人の軽快な音を聞きながら、俺がギターを弾いていると、

興味しんしんな様子で凪がこちらを見てきた。


「ギターに興味あるか?」


そう問いかけると、凪は「そこまでじゃないんだけど」といいつつ、

「兄さんたちは文化祭に出るの?」と聞いてきた。

どうやら先輩が言った、我が橋羽高校の文化祭に興味があるらしい。


「ああ、出るよ」

「すごい。やっぱり文化祭だし、盛り上がるの?」

「うん、まあそうだな。折角だから文化祭全体について聞きたいなら

ざっと解説するぞ」

「うん。ちょっと……聞いてみたい」


凪がそう言ってこちらを見つめてくる。

俺は少し話す内容を考えると、凪に体を向けゆっくりと話し出した。


「いいか、凪。橋羽高校の文化祭はな……」


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