馬鹿どもに捧ぐ歌~妹を幸せにする高校生バンドマンの兄の話~

青春!ロック!かわいい妹!
兄原 雨石
兄原 雨石

ビッチ先輩と愉快な仲間たち

公開日時: 2020年9月4日(金) 01:25
文字数:2,663

「童貞くんなにしてんの?」

「童貞じゃなくて幸一です。その呼び方いい加減直してください、ビッチ先輩」

「あいわかった、童貞くん」


マジで人の話聞かないなこの人。いつもだけども。

呆れた俺はニヤニヤしている先輩を無視しようと、手持ちの楽譜に目を落とした。


「まったくお堅いねえ。そんなんだと女の子にモテないよ?私にも」

「ビッチ先輩みたいな子はタイプじゃないんで大丈夫っす」

「はいはい童貞童貞」

「セクハラやめてください」


軽音楽部の机の上にどかっと足を組んで座り、セクハラまがいのちょっかいを

かけて来るこの先輩の名前は、門内かどない理沙りさ

高二だから、高一の俺の一個上にあたる。


特徴的なのはツインテールになった紫の髪と目つきの悪い三白眼。

あとはゴムで留めて極端に短くなった制服のスカート。

笑う時に見える鋭い犬歯も一応・・・・チャームポイントではある。


男なら誰彼かまわずアプローチをかける事から、軽音部の中では


「ビッチ先輩」


と呼ばれているものの、本人もまんざらでもないようで


「あたしビッチ!こっちは相棒のミニスカと化粧道具!ニヒ!」


などとふざけたりしている。

頼むから毎回「彼女できた?」と聞くのはそろそろやめてくれ、先輩よ。


俺は大きく伸びをすると、ぐいぐい来る理沙先輩を適当にあしらいつつ

いつもの様にギターの練習を始めた。



私立橋羽高校。

生徒数約600名の、これといって特徴のない普通の中高一貫校である。

男女比は至って面白みの無い1;1。


中高一貫である以外は至って「普通」そのものなので退屈な奴は退屈かもしれないが、

俺は結構今の現状に満足している。

普通をこよなく愛する俺にとっては、なかなか楽で居心地がいいのだ。

家から歩いて徒歩2,3分なのも素晴らしい。


もっとも、理沙先輩や他の軽音部員はそうではないかもしれない。

軽音学部、俺以外変人揃いだし。


俺がそんな事を考えていると、


「うおっ!?」


突然目の前にあった部室のドアが勢いよく開かれたかと思うと、

一人の男が息を切らしながら部室に入ってきた。


「大変だ!号外だぞ!女子が、女子が!」

「おっ、新聞くんじゃーん。今日もいい走りっぷりだねぇ」


その「新聞くん」は理沙先輩に「うす!」と軽く挨拶すると、俺のほうにまっすぐ向かってきた。


「なあ幸一、やばいネタだ!やばいんだよ!」

「落ち着け、清志。女子がどうした」


俺は新聞くん改め、新聞部兼軽音部員である加次かじ清志きよしを手で制し、

まずは席に座って話すよう促した。


清志は席に座ると、肩を上下させ息を切らしながらも、

興奮冷めやらぬ様子でこちらに話しかけてくる。


「おい幸一!聞いたか、あの噂!」

「何の噂だよ。主語を言え、主語を」

「あれだよ、あれ!あれ!」


お前は喋るウサギさん人形か何かなのか?それともわざとやってる?


俺は深くため息をついた。ビッチ先輩も変人だし、こいつも中々に「ガチ」だ。

どうしてこう、軽音ウチには変人奇人が集まるのだろうか。


俺は「普通」をこんなに愛してるのに。LOVE普通なのに。

普通の毎日は一向にこちらを振り向いてくれません。悲しい。


俺は半ば諦めて清志に「どんな噂なんだ?」と話を振った。

普段いろんなゴシップを取り扱ってるこいつが急いで持ってきた噂だし、

女子の話題とくればやはり……転入生とか?


「いやあ、聞いてくれよ、幸一、ビッチ先輩!中等部の三年に、すっごいかわいい子が転入してきたって噂なんだよ!」

「ホヘ~ソウナンダ、スッゴイネエ~」

「ソウデスネエ、センパイ」

「なんだその炭酸の抜けたコーラみたいな返事は」

「スプライトだよ?」

「知らないっすよ!っていうか、ここからが本題なんだって!」


予想は当たっていたようだ。だが、まだ噂は終わっていないらしい。

清志は俺の机に手をつき、身を乗り出してきた。


「俺の極秘情報によると、実はその子」

「どうしたの?腕が四本あって足が八つの美少女なの?」

「化け物でも土地神でもねえって!実は、軽音に入りたいらしいんだよ」

「ほなまともな人間とちゃうなあ」

「せやなあ」

「なんでやねん!もう先輩は黙っとけ!お前もだ、幸一!」


清志は見事なツッコミを披露した後、一拍おき、少し真剣そうなトーンで再び話し出した。


「俺も、チラっとだけ顔見たんだけどさ、……すっげえ美人でさ。

なんつうの、透明感?なんか別格の美人だったぜありゃ」


普段たくさんの人間を取材している清志の言うことだ。美人というのは本当なのだろう。

だが、そうなるとさらに謎が深まる。

「透明感のある美人」とやらが、なぜ数ある部の中からウチを選んだのか。

それを考えるとなんだか嫌な予感がして、俺は少し身震いした。


だが俺とは対照的に、普段男にしか興味のない理沙先輩は

その子にかなり興味があるようで、


「その子って身長どんくらい?」

「声は?かわいい?」


と矢継ぎ早に清志に対し質問を投げかけていく。


「声は、聴いてないからわかんないっすけど……

身長は小さくておとなしめの子ぽかったっす。

「いいねぇ~。そういや中三の子で体験入部来てたな。その子かも?」


先輩はそう言って机に置いてあったバッグを漁ると、一通の封筒を取り出した。


「これだこれ、その書類」

「まじっすか!見せてくださいよ」

「君の貞操を私がもらうのとと引き換えならいいよ」


ところどころに際どいのをぶっこんでくる。流石ビッチ先輩。

ネタなのか、本気なのか。

まったく、いわれているこっちの身にもなってほしいものだ。


だが清志はそれに動じず即答した。


「それは嫌っす」

「ひどい!フラれた!」


しょうがねえだろ。


「でも見せてください!」

「ええ……君いい性格してるよね」


いや、先輩には言われたくないです。


「まあいいよ、ほい」

「あざっす!」


清志が封筒を受け取り、中身を出そうとする。

その時だった。


コンコン。


部室のドアが、控えめにノックされた。全員の視線がドアに集まる。

だが入ってくる気配はない。体験入部の子だろうか。


見かねた理沙先輩が、俺に指示する。


「おっ、体験の子かな?童貞くん、開けてあげて」

「了解です」

「じゃあ私たちは封筒でも確認しますかね。名前覚えなきゃだし」

「うす」


二人がごそごそとやっているのを背にし、俺はドアを開ける。


「ようこそ、軽音部へ……え?」


目の前で信じられないことが起きているのを見て、俺の体が硬直する。


と同時に、後ろから先輩の声が聞こえてきた。


「体験入部で来た一ノ瀬 凪さんであってるかな?」

「あ、はい。いつも、お世話になってます」

「えっ?」


先輩もとっさの事で声が出ていない。当たり前かもしれない。


ドアを開けたそこにいたのは、なんと俺の、妹だったのだ。


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