橋羽高校の文化祭……
通称、孔雀祭。
生徒やその関係者だけでなく、地域の方々や中学生、OBやOGも集まる我が高校随一の目玉。
それが、孔雀祭だ。
学園の敷地内は3日間の開催中常に人でごった返し、外には食べ物や運動部のパフォーマンス。
校舎内に入れば文化部の展示と各クラスの考えた個性豊かな出し物が参加者を待っている。
さらに、体育館で行われる演劇部の劇や軽音のライブなどのイベントものも、
孔雀祭の目玉の一つと言っていいだろう。
「……ってとこだな」
俺は凪に一通り文化祭の解説をし終え、「なにか質問はあるか?」と聞いた。
「そう、そうだなぁ……なんで『孔雀祭』って名前で呼ばれてるの?」
「……わからん。そういえばそうだな」
うーむ。折角妹に兄らしく文化祭の説明をしようとしていたのに、
これではただの一般生徒より詳しくない人になってしまう。
そうだな……知ってそうな清志――清えもんに聞くか。
「清志、なんで文化祭が孔雀祭って呼ばれてるか知ってるか?」
「そんなの決まってるだろ~!」
清志はそう自信たっぷりに言い放つと、さわやかな笑みで言い切った。
「孔雀みたいにきれいな女の子がたくさん来るからだ!」
清えもん、壊れちゃった。
いや、元々こいつはいろいろ抜けてる所があるから初期不良か。
というかきれいな孔雀は全部オスなんだが、そこはどうなってるんだ。
まあいい。清志がダメなら理沙先輩に聞けばいいだけだ。
「理沙先輩、なんで文化祭を孔雀祭って呼ぶか知ってます?」
「決まってるじゃない」
あ、なんか嫌な予感がする。
「あたしみたいな可愛い子がたくさんいるからよ」
「アッ……ハイ」
もうだめだろこの部活。
俺は天を仰ぐと、「結局どうだった?」と聞く凪に渋々真実を話した。
「……誰もわからないそうだ」
「あ、そうなんだ」
「期待させてすまんな、俺の知識が足りてなかった」
俺がそう謝ると、凪は首を横に振った。
少し長めの黒髪が揺れる。
「う、ううん、兄さん。ありがとう」
緊張しながらも、凪はかわいくはにかんだ。
久しぶりかもしれない。こんな他愛もない会話をしたのは。
「あれ?もう五時半じゃ~ん!」
先輩の声でふと時計を確認すると、たしかにもう下校時刻になっている。
「じゃ、今日は解散だね」
「うっす。今日もありがとうございましたっす!」
「了解、お疲れさまです。」
三人でお互いにいつもの挨拶をして、荷物をまとめ始める。
ギターをケースに入れていると、先輩が凪に近寄っていくのが見えた。
「凪ちゃんで、あってる?」
「は、はい!」
緊張で声が裏返ってるな。間に入った方がいいかもしれん。
だが、俺の心配をよそに、凪はしっかり先輩に自分から挨拶して見せた。
「きょ、今日はありがとうございました!」
「うんうん。そんな緊張しなくていいよ~。今日はお疲れ」
「はい。失礼、します」
「おつ~」
凪は先輩に頭を下げ、こちらに小走りで向かってきた。
顔から察するに……やっぱり、結構緊張してたんだな。
「凪」
「ど、どうしたの兄さん」
「えらいぞ。ちゃんと挨拶できたな」
「あ……うん!」
凪は一瞬自分でもびっくりしたような顔を見せた後、
ぱあっと満開の笑顔になった。
俺もつられて微笑んでしまう。
まったくこれだから、やっぱり兄は役得だな。
「じゃあ、一緒に帰るか」
「う、うん!」
*
学校を出てしばらく歩くと、やっと家が見えてきた。
だいたい学校から家までは、徒歩25分というところだろうか。
まったく、うちの父親はスパルタ教育過ぎる。
ずっと引きこもっていて体力の無い凪が、こんな長い道のりを歩くのは
なかなかつらいだろう。
実際緊張していた疲れもあって、凪は疲れてぐったりとした様子で横を歩いている。
顔色も、今にも倒れそうな具合だ。無理をしすぎたんだろう。
「凪。肩、貸そうか?」
「いいの?」
「兄貴なんだから当然だろ」
俺はそういうと、肩を貸して凪を支えてやった。
「に、兄さん」
「ん?」
「顔、近い……」
声のほうを向くと、確かに赤面した凪の顔が目の前にあった。
近くにあるせいで、目が合って少しドキッとしてしまう。
まずい。この距離感はまずいって!
「ご、ごめん凪!」
「う、うん」
なんか目が合ったことで気まずくなってしまった。
何か言って場を持たせなければ。
「凪」
「なに?」
「あの、今日はどうだった?やっぱりキツかったか?」
俺がそう問うと、凪は一瞬考え、やがてこちらを向いた。
「すごい大変で、不安なことも多かったけど……
兄さんのおかげで何とかなった」
「そ、そうか。それはよかった」
ここまで妹に頼ってもらえると、素直に嬉しいし、照れるな。
俺は凪に微笑むと、今日ずっと言いたかったことを口にした。
「凪、よく一日頑張ったな」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!