「鉄鼠ですか……」
「しかし、金の矢を弾く硬さとはね……」
暗がりの川沿いを歩く泉と基が話す。
「……まあ、物の怪の発生源を考えてみれば納得出来なくもありません」
「ほう、それはどういうことだい?」
泉の呟きに基が興味を示す。
「あくまでも仮説の域を出ませんが……」
「構わないよ」
基が右手を左右に軽く振り、泉に話の続きを促す。
「鉄鼠とは人の深い怨念がねずみの怨霊と結びついて具現化されたものです」
「ふむ……」
「古より、ねずみは人に害をなす獣として考えられてきました」
「ああ……」
「ねずみのことを人は表層的には忌避し、また潜在的には恐れているのです」
「うむ……」
「人の深い怨念というのもまた侮りがたいものです」
「つまり……互いに強烈な負の感情が強く結びついたことによって……」
「ええ、常識外れの――もっとも、物の怪や妖を常識に当てはめることがおかしい話ではあるのですが――硬さを生み出したのではないかと……」
「なるほどね……」
基が腕を組んで頷く。
「繰り返しになりますが、あくまでも仮説です」
「いや、なかなか興味深い話ではあったよ……」
基が泉に対して、微笑みを浮かべる。
「……話は終わった?」
二人のやや後ろを歩いていた焔が尋ねる。
「ああ」
「そう、それならさ、石を投げて水切り遊びでもしない? 栞ちゃんに言われてから、久々にやりたくなったんだよね~」
「いいや、生憎そういう気分じゃない……」
「ほ、焔さま、只今出動中ですから……」
「良いじゃん泉ちゃん、緊張してばっかりじゃ保たないよ? ……それっ!」
「ファア!」
「えっ⁉」
焔が小石を川に向かって投げると、頭に皿を乗せた、全身緑色で、口には短い嘴がついた、背中には亀のような甲羅を背負った者が姿を現す。
「ファアア!」
「あ、あれは⁉」
「河童だ!」
「かっぱ⁉」
焔が基の方に声を向ける。
「話を聞いたことはないかい? 水の妖さ……」
「な、なんとなくは……」
「ファアアア!」
河童が唸り声を上げる。
「な、なんだか、お怒りのようだけど……」
焔が戸惑う。
「それも無理はないかもしれません……」
「どういうこと、泉ちゃん?」
「焔さんが投げた石が頭のお皿に当たったのでしょう……」
「そ、それがどうかしたの?」
「河童は頭の皿を割られると力を失うそうですから……」
「ええっ⁉」
泉の言葉に焔が驚く。
「ぼくは皿が乾くとマズいと聞いたな……」
「えええっ⁉」
基の言葉に焔がさらに驚く。
「ファア‼」
河童が焔たちの方に向かってくる。
「ど、どうしよう⁉ 激怒しているけど⁉」
焔が困惑する。
「……迎え撃つしかありません」
泉が身構える。
「だ、だけど……! この場合、喧嘩を売ったのはこっちの方じゃ……」
「ふっ、焔は優しい子だね……」
基が笑みを浮かべる。
「い、いや、笑っている場合じゃなくてさ!」
「旭と朧がぼくらに対して、ここら辺に出動を指定したということは、あの河童が人に仇なす悪い妖ということだろう……」
「そ、そうか……」
焔が顎をさすりながら頷く。
「納得してくれたようだね」
「ファアア‼」
河童がもの凄い勢いで迫ってくる。焔が焦る。
「は、速い!」
「なんの! 『水流』!」
「!」
泉が印を結び、凄まじい量の水を発生させる。水の流れが河童に当たり、その突進をまさに水際で食い止める。面食らった様子の河童が水かきのついた両手で川の水をすくう。
「ファ……ファア!」
「くっ⁉ 水を押し戻してきた⁉」
泉が困惑する。基が声をかける。
「泉、もうしばらくこらえてくれ! ……『土弓』!」
「ファアアア‼」
基が印を結び、土の弓を発生させて、矢を放つ。矢は鋭く飛び、河童の体に突き立つが、河童は動きを止めない。基が困惑する。
「そ、そんな⁉ 『土克水』では⁉」
「並の河童ではないということです!」
泉が声を上げる。基が舌打ち交じりに呟く。
「ちっ、どうすれば……」
「焔さま! 基さまにご助力を!」
「! 分かった! 基、なにか術を!」
「あ、ああ! 『土斧』!」
基が土の斧を発生させる。
「よし! 『燃』!」
焔が右手をかざし、手のひらから火を出す。火が、基の持つ土の斧にまとわりつく。
「! はああっ‼」
基が河童に接近し、斧を振り下ろす。
「ファアアア⁉」
斧は河童の皿を叩き割るだけでなく、燃えたことによって出た灰で皿を汚す。力を一気に失った河童はその場に仰向けに倒れて、霧消する。
「『火生土』……物が燃えれば、後には灰が残ります」
「皿を汚すのも効果的だとはね~勉強になったよ……それじゃあ帰ろうか?」
「いいえ、その前に川のお掃除です」
「あ、ああ、それもそうだね……」
泉の言葉に焔が頷く。
「大事なことだよね」
基が優しい笑みを浮かべる。
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