「いや~どうしてなかなか大変な相手だったね~」
夜の通りで戦った翌日、晴明の屋敷の一室で焔が額を軽く抱える。
「火男か……最近はあまり遭遇しなかったよね?」
基が泉に尋ねる。泉が頷く。
「え、ええ、正直面喰らってしまいました……」
「へえ、冷静な泉を焦らせるとは、隅に置けねえなあ、その火男も」
栞がニヤリとしながら呟く。金が目を細める。
「なんですの、その言い方……」
「それにしても……金……」
「? どうかしましたか、栞さん?」
「大きな金の玉を作ったって言うじゃねえか……?」
「た、たまって……言い方!」
「他に言い様がねえだろう?」
栞がニヤニヤとする。
「た、たまたまですわ! たまになったのはたまたま……! あ~」
金が赤くなった顔を覆う。
「ドツボにハマっているね~」
焔が笑みを浮かべる。基が調子を変える。
「……まあ、それはともかくとして……それほどの大きさを生成出来るとはね……」
「……別にその火男はそこまでの大きさではありませんでしたから……」
「いや、それにしても大したものだよ、謙遜するのもまた君らしいが。今後も大いに頼りにさせてもらうとするよ、ねえ、泉?」
「え、ええ、まったくその通りです」
「ふ、ふふん、どうぞ大船に乗ったつもりでいて下さいな!」
「おいおい、もう立ち直ったぞ……」
栞が焔に視線を向けて苦笑する。焔が両手をついて後ろに体重をかける。
「まあ、その単純さ、もとい、純粋さが金ちゃんの良い所だから……」
「ご歓談のところ、申し訳ありません……」
旭と朧が焔の背後に現れる。焔が驚く。
「うおっ⁉ び、びっくりさせないでよ~旭ちゃん」
「ワレは朧です。旭はこちら……」
朧が旭を指し示す。焔が謝る。
「あ、ご、ごめんね……う~ん、今回は当たったと思ったんだけど……」
「物の怪らしきものが現れたという報告がありました。今宵も出動をお願いします」
「!」
旭の言葉を受け、五人の顔に緊張が走る。
「……というわけで廃寺に来たわけだ……」
栞が呟く。
「正確に言うと、後継者問題で揉めているそうで、現在は裁定待ちの――その裁定が長引いている――ため、誰も寄りつかなくなってしまったそうです」
泉が訂正する。焔が両手で後頭部を抱えながら頷く。
「ふ~ん、色々とあるんだね~」
「お気楽なのは貴女と栞さんくらいのものですわ」
「おい、ちょっと待てよ、金……」
栞が金を睨む。
「なんですの?」
金がわざとらしく首を傾げる。栞と焔が金に近づく。
「聞き捨てならねえなあ……」
「そうだよ、アタシの天衣無縫ぶりと栞ちゃんのお気楽を一緒にしてもらっちゃあ困るよ」
「なっ⁉ 自分だけ良いように言うなよ!」
栞が焔に視線を向ける。
「ははは」
焔が悪戯っぽく笑う。泉が困惑気味に呟く。
「み、皆さん、もう少し緊張感を……」
「いやいや、頼もしいね」
「え?」
泉が基を見る。泉が両手を広げる。
「ぼくたち五人が揃って出動だなんてなかなかないことじゃないか」
「え、ええ……」
「それでも、あの三人はいつもと変わらない調子だ」
基が栞たちを指し示す。
「ま、まあ……」
「少しくらい緊張したりするのはぼくら二人だけで間に合っているさ」
「……」
「ん? どうかしたかい?」
「基さまも緊張とかされるのですね……とりあえず涼し気な顔だけされているのかと……」
「ど、どういう印象を抱いていたんだい?」
「……!」
泉がハッとする。
「来たようだね……」
基の言葉と同時に、他の四人も寺の一角に視線を向ける。
「………」
寺の一角から、やせ細った、赤い体色の、頭に二本の角を生やし、手足の爪を尖らせたものがそろそろと現れる。大きなギョロっとした目と、口から飛び出した牙を光らせている。
「こいつは……?」
基が泉を横目で見ながら尋ねる。
「推測で物を申したくはありませんが、恐らくは……鬼かと」
「恐らくってか、十中八九、そうだろうよ」
「ええ、あの二本の角、真っ赤な体……鬼で間違いありませんわ」
栞の言葉に金が同調する。
「鬼か~久々の遭遇だな~」
焔が右腕をぐるぐると回しながら、鬼らしきものに近づく。
「ほ、焔さま、気をつけてください! 鬼は強力、他の妖とは一味も二味も違うと、お師匠さまも口酸っぱくおっしゃっていたではありませんか!」
「ああ、耳にタコが出来るくらい聞いたよ」
「ならば!」
「何度か退治したことだってあるじゃないのさ」
「そ、それはお師匠さまと一緒だったから……!」
「オレら五人が揃っているんだから大丈夫だっての……」
「し、栞さま! 五人で出動せよということはそれなりの相手だと……!」
「お言葉ではありますが……そこまで手ごわそうには見えませんわ……」
「こ、金さま!」
「先手必勝という言葉もあります……」
金が髪を優雅にかき上げながら、鬼らしきものに近づく。
「ふむ、良いことを言うね、その通りだ」
基の反応に泉が慌てる。
「も、基さままで!」
「あのやせ細り方……弱っているのだろう、今の内に叩くのが上策だよ」
基が泉に向かって笑いかける。
「ウ、ウウ……」
鬼らしきものが小さくうめき声をもらす。それを見て、栞が鼻で笑う。
「なんだあ? もう虫の息だってか? さっさと決めてやるぜ……『木の枝』!」
栞が印を結び、鋭く尖った木の枝を発生させる。
「!」
木の枝が鬼らしきものの体を簡単に貫く。栞がさらに笑う。
「へっ、大したもんじゃねえ……なっ⁉」
「⁉」
鬼らしきものが伸ばした手が栞の腹の側部を貫く。四人が驚く。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!