「野槌か~それほど大きいのは見かけたことが無いな~」
人々がすっかり寝静まった夜の通りを歩きながら、両手を頭の後ろに組んで、焔が呟く。
「あら、そうでしたかしら?」
金が振り返って焔に問う。
「うん、大きめの蛇くらいの奴なら何度か遭遇したことがあるけれど」
「そう言われるとそうかもしれませんわね」
「妖も日々成長しているのかな?」
焔が笑みを浮かべながら首を傾げる。
「焔さん……その場合、決して笑いごとではありませんわ……」
金が表情を険しくさせる。
「そうかな?」
「そうですわ」
「獲物は大きいに越したことはないでしょ?」
「獲物って……まさか獲って食べるおつもりですか?」
「場合によっては」
「場合によってはって……」
焔の即答に金は言葉を失う。その様子を見て、焔は悪戯っぽく笑う。
「シシシッ……嫌だなあ金ちゃん、冗談だってば」
「貴女の場合、冗談ではなさそうなのですわ……」
「え?」
金が焔をじっと見つめて、口を開く。
「その内、本当にお食べになってしまいそうですもの……」
「そんな、栞ちゃんじゃあるまいし」
「ああ、あの方もお食べになりそうですわね……ご飯のおかずだとかおっしゃって……」
「いいや、主食にすると思うね」
焔が想像して笑みを浮かべる。
「やりかねませんわね、貴女も」
「……金ちゃんさあ」
「はい」
「……アタシのこと、馬鹿だと思っていない?」
「……阿保だと思っていますわ」
「酷っ! 栞ちゃんと同じ扱い⁉」
「同じではありません、きちんと別物として扱っています」
「物扱いじゃないのさ……」
金の答えに焔は頬をぷくっと膨らませる。
「ふふふ……」
「……」
微笑む金を、隣を歩く泉が無言で見つめている。金がそれに気付く。
「なにかしら、泉さん?」
「あ、い、いいえ、なんでもありません……」
泉はサッと目を逸らす。金が問いを重ねる。
「いや、なんでもなくはないでしょう」
「本当になんでもありません……」
「嘘おっしゃい」
「いいえ……」
「なにか思ったことがあったのでしょう?」
「そ、それは……」
「図星ですわね」
「む……」
「さあ、存念をおっしゃってごらんなさいな」
金が両手を大きく広げる。
「………」
「どうぞ、遠慮なさらずに」
「……野槌は結局、金さまが退治なさったのですよね?」
「ええ、このわたくしが」
金が自分の胸に右手を添える。
「えっと……ぎ、ぎんこうせきで?」
「ちんこうせき」
「は、はい?」
「珍鉱石、珍しい鉱石ですわ」
「あ、ああ……」
泉が色白の顔を少し赤らめる。
「その珍鉱石を以て……野槌をガン!と殴りつけたのですわ」
金が身振り手振りで再現する。
「へ、へえ……」
「それがなにか?」
「い、いえ……」
「なんですの?」
「退治のやり方とか、珍鉱石だとか、金ちゃんも馬鹿阿保と並ぶ間抜けだって、泉ちゃんは思ったんじゃない?」
「はあっ⁉」
金が焔の方に目線をやる。泉が慌てる。
「ほ、焔さま、本当のことをおっしゃらないで下さい!」
「本当なんですの⁉」
金が泉に視線を移す。泉が口元を抑える。
「えっと……こ、金さま、これは……」
「ふっ、他ならぬ貴女の評価ですもの、甘んじて受け入れますわ……」
金が苦笑交じりでうんうんと頷く。
「そ、そんな……はっ⁉」
小柄な体格をした者が、口から火を吐き出しながら、泉たちに襲いかかる。泉たちはすんでのところでそれをかわす。焔が顎をさすりながら呟く。
「火男か……」
「…………」
火男が体勢を直して、金たちにゆっくりと近づいてくる。金が声を上げる。
「……来ますわ!」
「!」
火男が再び火を吐き出す。泉が金と焔の前に出て、両手で印を結ぶ。
「『水流』!」
「……!」
泉が水を発するが、火男は吐き出す火の勢いを強め、その水を押し返す。
「なっ⁉ 『水克火』では⁉」
泉が動揺する。焔が両手で印を結び、叫ぶ。
「『狐火』!」
「‼ ……」
焔が大きな火を発生させ、火男を火で包み込むが、効果はない。焔は舌打ちする。
「ちっ、火の大きさで凌駕すればと思ったけど、そんなに甘くはないか!」
「『金玉』!」
金が両手で印を結び、大きな玉を発生させて、火男にぶつける。泉が困惑する。
「え、ええっ⁉」
「泉さん、そのぎょくに向かって、水の術を!」
「あ、ああ、ぎょく……そ、そうですよね! 『水塊』!」
「⁉」
泉が大きな水の塊を発生させ、火男を包むと、火男は消失する。
「『金生水』……金属の表面には凝結によって水が生じますわ……その凝結の力で以って火を消失させる……まったくお見事な手際ですわ、泉さん」
「い、いえ……」
「間抜けっていうのもあながち間違ってないかも……」
焔が髪をかき上げる金を見つめて小声で呟く。
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