「た、助かりましたわ、泉さん、お手を煩わせてしまって……」
「い、いいえ、どうぞお気になさらず……」
泉が静かに首を左右に振る。
「しかし、あの噛みつきの強さ……」
「ええ、接近しての戦いは避けた方が良いかと思います」
「では……」
「離れた距離からの攻撃です」
「そうなりますわね」
金が体勢を立て直し、泉と並んで立つ。
「よろしいですか?」
「はい」
泉の呼びかけに金が頷く。
「それでは……参りますよ?」
「いつでもどうぞ」
「『水の矢』!」
「『金の矢』!」
泉と金が印を結び、揃って、矢を放つ。
「! バウッ⁉」
二人の放った矢は黒い犬に突き刺さった。
「やった!」
「いえ、まだです!」
泉は金に警戒を促す。
「バウ! バウ!」
黒い犬が吠える。金が舌打ちする。
「ちぃっ! 当たったのに!」
「二の矢、三の矢と射かけましょう!」
「ええ!」
泉の声に応じ、金も再び矢を放つ。
「えいっ!」
「それっ!」
「!」
黒い犬が身を翻して、泉たちの矢をかわす。
「! か、かわされた⁉ 素早い動き……!」
「金さん、今度は少し間合いと方向をずらして射かけましょう!」
「! 間合いと方向を……分かりました!」
泉の指示を金はすぐさま理解する。
「ええいっ!」
泉が水の矢を放つ、
「‼」
黒い犬がそれを跳んでかわす。金が笑みを浮かべる。
「よくかわしましたわね……ただ……無防備!」
「⁉」
金の放った金の矢が黒い犬の片目を射抜いた。
「どうです⁉」
「……バウウウウ!」
黒い犬が逆上する。
「逆上している! 金さん、ご注意ください!」
「ええ! 分かっていますわ!」
「バウウ!」
黒い犬が先ほどまでよりも素早い動きで、金と泉に接近する。
「むっ⁉」
「は、速い⁉」
金と泉が揃って面食らう。
「バウ!」
「『金の盾』!」
「バウ⁉」
金が再び金の盾を発生させて、黒い犬の突撃を阻止する。
「先ほどの反省を生かして、強度を格段に増しております! そう簡単には噛み砕けませんわよ! 泉さん! わたくしの後方にお下がりになって!」
「バウウウ!」
「なっ⁉」
黒い犬が金の盾に噛みついたかと思うと、歯の間から熱風が吹きつけ、金の盾をあっという間に半分ほど溶かしてしまう。熱風をいくらか浴びた金はその場に膝をつく。
「こ、金さん⁉」
「ま、まさか……熱気で金を溶かすとは……」
金が苦笑交じりに呟く。
「バウ! バウ! バウ!」
黒い犬が残った金の盾をどんどんと噛み砕いていく。金が振り返って泉に告げる。
「い、泉さん! 貴女だけでも距離を取ってください! このままでは巻き添えを食らってしまいますわよ!」
「え、ええっ……」
泉が困惑する。
「お困りのようだね……」
「あっ⁉」
泉が驚く。自らの側に、手のひらほどの大きさの人の形をした紙がひらひらと舞って、それから晴明の声がしたのだ。泉が呟く。
「お師匠さまの式神……ご覧になっていらっしゃるのですね?」
「ああ、その人形の紙を通してね……」
「……お言葉ですが……随分とまた暇そうですね」
「雅趣に富んだ休日を過ごしていると言ってくれないか」
「それは結構ですが……なんでしょうか、冷やかしでしょうか?」
「違うよ。その黒い犬の対処法を教えてあげようかなと思ってさ」
「……いえ、それには及びません」
「ええっ⁉」
式神が驚きのあまり、自らをヒラヒラとさせる。
「一瞬戸惑いましたが、見当はつきました……私の術が有効なのでしょう?」
泉が問いかける。
「あ、ああ、そうだ……一応説明だけはさせてもらおうか……おほん、あれは火の属性だ……ということは泉、水の術を扱える君なら克つことが出来る……! 『水克火』だ!」
「……今はそのご説明を聞いている時間すらも惜しいです」
「あ、そ、そうかい……」
「ご助言については感謝します。ただ、もっと早く教えて頂ければ、余計な被害は出なかったかと思いますが……その辺についてのお説教は後でたっぷりと……」
「う、うむ……」
「さてと……」
泉が前に歩き出し、黒い犬に近づく。金が慌てる。
「い、泉さん、危ないですわよ⁉」
「いえ、大丈夫です……」
「え?」
「『滝流れ』!」
「⁉ バウウ⁉」
泉が印を結ぶと、滝のような激しい強い水の流れが発生する。泉はそれを操って、黒い犬の大きく開いた口目がけて流し込む。大量の水を飲み込むようになった黒い犬は溺れた形になり、それに耐えきれずしばらくして霧消する。
「ふう……」
「いいぞ、泉。見事だ……どうだろう、説教の件は水に流してはもらえないかな?」
「水で濡らしてしまいましょうかしら……」
泉が紙の式神を睨みながら小声で呟く。
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